子どもたちの笑顔を、穢させはいたしませんわ。(後編)
夜風が、血と焦げた油の匂いを運んでまいりました。
孤児院の玄関扉が破られ、黒衣の者たちが次々と中へ押し寄せてまいります。
その目に宿るのは理性ではなく、金と権力に溺れた欲の光。
「クラウス、子どもたちは?」
「既に地下室へ避難させました、セシリア様。
ですが、外にも数名、待ち伏せしている模様でございます。」
「まあ。では、この場を“清め”なければなりませんわね。」
わたくしはゆっくりと紅のリボンを解き、髪をひとつに束ねました。
その仕草ひとつで、昼の顔――貴族セシリアは消え、
代わりに“白薔薇の君”が姿を現しますの。
「貴様が、白薔薇の君か……!」
前に出た男が叫びました。
その声に、わたくしは優雅に微笑んで応じます。
「ええ、そう呼ばれておりますわ。
けれど、本来のわたくしは――ただ、子どもたちに穏やかな眠りを与えたいだけですのよ。」
瞬間、銀の針が宙を舞い、灯りを裂きました。
閃光とともに男の短剣が弾かれ、次の刹那には静寂。
わたくしの周囲だけが、まるで時間が止まったかのように静かでした。
「下品な暴力で笑う者たちに、美しさを語る資格はございませんわ。」
最後のひとりが逃げようとした瞬間、
クラウスが無言で踏み込み、その首筋にナイフを当てました。
「申し訳ございませんが、これ以上はお通しいたしかねます。」
その声は低く、冷ややかでありながら、どこか慈悲を帯びておりました。
まるで主の罪を、共に背負う覚悟のように。
戦いが終わると、わたくしは崩れ落ちた机の上に一輪の白薔薇を置きました。
「汚れた場所ほど、美しく咲かせる価値があるのですわ。」
クラウスがわたくしに外套を掛けてくれます。
「お怪我はございませんか、セシリア様。」
「ええ、ありがとう、クラウス。
けれど、少し……胸が痛みますの。」
「……ルカ様のこと、でございますか。」
わたくしは小さく頷き、崩れた壁の向こう、月を見上げました。
「ええ。もし彼が生きていたら、きっとこの子たちを守る側にいたでしょうね。
けれど現実は、いつだって不器用で……残酷ですわ。」
「それでも、貴女様は歩みを止められない。」
「止められませんわ。
だって――それが、わたくしの“優雅なる死のマナー”ですもの。」
夜風が髪を撫で、遠くで教会の鐘が鳴りました。
わたくしはそっと瞳を閉じ、祈りのように呟きます。
「この白薔薇が、誰かの未来を照らしますように。」
――その夜、王都の片隅で咲いた白薔薇の花は、
血ではなく、涙を吸って淡く光っておりました。




