表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/47

子どもたちの笑顔を、穢させはいたしませんわ。(後編)

夜風が、血と焦げた油の匂いを運んでまいりました。

 孤児院の玄関扉が破られ、黒衣の者たちが次々と中へ押し寄せてまいります。

 その目に宿るのは理性ではなく、金と権力に溺れた欲の光。


 「クラウス、子どもたちは?」

 「既に地下室へ避難させました、セシリア様。

  ですが、外にも数名、待ち伏せしている模様でございます。」

 「まあ。では、この場を“清め”なければなりませんわね。」


 わたくしはゆっくりと紅のリボンを解き、髪をひとつに束ねました。

 その仕草ひとつで、昼の顔――貴族セシリアは消え、

 代わりに“白薔薇の君”が姿を現しますの。


 「貴様が、白薔薇の君か……!」

 前に出た男が叫びました。

 その声に、わたくしは優雅に微笑んで応じます。


 「ええ、そう呼ばれておりますわ。

  けれど、本来のわたくしは――ただ、子どもたちに穏やかな眠りを与えたいだけですのよ。」


 瞬間、銀の針が宙を舞い、灯りを裂きました。

 閃光とともに男の短剣が弾かれ、次の刹那には静寂。

 わたくしの周囲だけが、まるで時間が止まったかのように静かでした。


 「下品な暴力で笑う者たちに、美しさを語る資格はございませんわ。」


 最後のひとりが逃げようとした瞬間、

 クラウスが無言で踏み込み、その首筋にナイフを当てました。

 「申し訳ございませんが、これ以上はお通しいたしかねます。」


 その声は低く、冷ややかでありながら、どこか慈悲を帯びておりました。

 まるで主の罪を、共に背負う覚悟のように。


 戦いが終わると、わたくしは崩れ落ちた机の上に一輪の白薔薇を置きました。

 「汚れた場所ほど、美しく咲かせる価値があるのですわ。」


 クラウスがわたくしに外套を掛けてくれます。

 「お怪我はございませんか、セシリア様。」

 「ええ、ありがとう、クラウス。

  けれど、少し……胸が痛みますの。」


 「……ルカ様のこと、でございますか。」

 わたくしは小さく頷き、崩れた壁の向こう、月を見上げました。


 「ええ。もし彼が生きていたら、きっとこの子たちを守る側にいたでしょうね。

  けれど現実は、いつだって不器用で……残酷ですわ。」

 「それでも、貴女様は歩みを止められない。」

 「止められませんわ。

  だって――それが、わたくしの“優雅なる死のマナー”ですもの。」


 夜風が髪を撫で、遠くで教会の鐘が鳴りました。

 わたくしはそっと瞳を閉じ、祈りのように呟きます。


 「この白薔薇が、誰かの未来を照らしますように。」


 ――その夜、王都の片隅で咲いた白薔薇の花は、

 血ではなく、涙を吸って淡く光っておりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ