子どもたちの笑顔を、穢させはいたしませんわ。(前編)
孤児院の子どもたちが、わたくしのスカートの裾にしがみつきながら笑っておりましたの。
絵本を読み聞かせ、焼き立てのパンを分け合い、歌を唄う――そんなひとときは、まるで陽だまりのようでございますわね。
けれど、ときおり胸の奥が疼きますの。
あの子の笑顔を、二度と見ることができないと知っているから。
――ルカ。
わたくしが幼き日に、よく遊びに参っておりましたこの孤児院で、弟のように可愛がっていた少年。
誰よりも優しく、誰よりも人を信じる子でございました。
ですが、あの戦乱の年。
村が焼かれ、彼は“魔”の力に手を伸ばしてしまったのです。
「もう二度と、誰にも奪われたくない」と。
そしてその願いが、彼を怪物へと変えてしまいました。
わたくしの手で、その命を止めざるを得なかった夜を――忘れられるはずがございませんの。
「……だからこそ、今のわたくしは孤児院を守り続けておりますのよ。
あの子のように、二度と誰も“絶望”に呑まれませんように。」
「……セシリア様。」
背後から、クラウスの静かな声がいたしました。
「そのようにお心を痛めながらも、微笑みを絶やされぬ貴女様を、わたくしは心より尊敬しております。」
「おや、クラウス。感傷的なことを申されますのね?」
「いえ、事実を申し上げたまでにございます。」
「ふふ……そういうところが、貴方らしいですわ。」
わたくしは窓の外に目をやりました。
夜が、静かに降りてまいります。
――そのとき。
遠くで、何かが割れるような音がいたしました。
クラウスが即座に身を翻し、音の方向へと視線を向けます。
「……不審な気配がございます、セシリア様。」
「まさか、孤児院にまで手を伸ばす者がいるなんて。」
「外の見張りも沈黙しております。どうやら本格的な襲撃のようでございます。」
わたくしは静かに立ち上がり、白手袋の指先を整えました。
「愚かですわね。よりによって、わたくしの庭に踏み入るなど。」
「お供いたします、セシリア様。」
「ええ、クラウス。子どもたちを――絶対に泣かせてはなりませんわ。」
わたくしたちは並んで扉を開け、夜の冷気を迎え入れました。
月明かりが白薔薇を照らし、その花弁が風に舞います。
「——あの子たちを守るためなら、わたくしはいくらでも“優雅”に戦ってみせますわ。」
白薔薇の香りが夜に散り、静寂の中で刃が光を放つ。
その姿こそ、かつて絶望を見た少女が選んだ“祈りの形”でございました。




