紅茶は貴族の嗜みでしてよ。
今回は裏の白薔薇の君ではなく、セシリアとしての表の顔を描いております。
紅茶をいただいたり、孤児院に伺ったり……少し穏やかな日常です。
午後の陽光が、サロンのカーテンを透かしておりましたの。
金糸のような光がテーブルクロスに踊り、銀のティーセットを柔らかく照らします。
今宵の刃も、血の匂いも、すべてが遠い夢のように思えますわ。
「セシリア様、本日も慈善会へのご寄付を、とのお手紙が届いております。」
「えぇ、クラウス。どうぞお返事を。
“喜んで”──ただし、寄付金は孤児院の新しい教師のためにお使いくださいと添えて。」
クラウスが一礼し、筆を走らせる。
その筆音が、紅茶の湯気とともに、午後の静寂に溶けていきました。
「お嬢様、王都の方々の間では“白薔薇の君”なる人物の噂が広まっております。」
「まぁ……そんな方がいらっしゃいますの? きっと恐ろしい方なのでしょうね。」
「ふふ……さようでございますな。」
わたくしは微笑みながら、ティーカップを傾けました。
紅茶の香りに混じる、ほんのわずかな鉄の匂い──
それは、昨夜の余韻。わたくしの罪の香り。
「ねぇ、クラウス。もし“白薔薇の君”が本当に存在するとしたら……
彼女は、どんな気持ちで夜を生きていると思いますの?」
「おそらく……誰かの代わりに、罪を背負っているのでは。」
「罪を……代わりに、ですの?」
「はい。誰かの手を汚させぬために、自らの手を染める。
そういう生き方もございます。」
窓の外では、孤児院の子どもたちの笑い声が遠くに響いておりました。
わたくしはカップを置き、ふと微笑む。
「クラウス。午後の予定を少し、変えましょうか。」
「お出かけでございますか?」
「えぇ。少し……罪滅ぼしを、いたしましょう。」
孤児院の門をくぐると、乾いた風が頬を撫でました。
石造りの小さな建物。古びた木の扉。
しかし、その中には子どもたちの笑い声が満ちております。
「セシリアおねえさま!」
駆け寄ってくる小さな影。
泥だらけの手でスカートを掴まれ、わたくしはそっとしゃがみ込みました。
「まぁ、そんなに走って。お行儀が悪いですわよ?」
「だって、おねえさまが来てくれるって聞いたから!」
「ふふ……それなら、少しだけ許してあげますわ。」
子どもたちの瞳は澄んでいて、まるで夜を知らぬ星のよう。
その光を見ていると、胸の奥が痛むのです。
わたくしが守ろうとしているこの街は──
同時に、わたくしが血で染めている場所でもありますもの。
「セシリア様、こちらを。」
クラウスが差し出した籠の中には、焼きたてのパンと、手編みの小さなぬいぐるみ。
「まぁ……これを子どもたちが作ったのですの?」
「はい。お嬢様への贈り物だそうで。」
「まぁ、なんて……」
わたくしは胸に抱きしめ、そっと微笑みました。
その小さな温もりが、まるで赦しのようでございました。
「セシリア様、今宵は孤児院の修繕資金も整いそうです。」
「えぇ……これで少しは、冬が優しくなりますわね。」
扉の外で、陽が傾きかけておりました。
空が淡く紅く染まり、風に白薔薇の香りが混じる。
「ねぇ、クラウス。」
「はい、お嬢様。」
「もしわたくしが──この優しい子たちの笑顔を守るために罪を重ねているのだとしたら……
神は、笑ってくださるかしら?」
「……神ではなく、子どもたちが笑ってくだされば、それで十分かと。」
「ふふ、あなたは時々、残酷なくらい正しいことをおっしゃいますのね。」
わたくしは小さく笑い、孤児院の門を振り返りました。
夕陽がその影を長く伸ばし、光の縁に白い花弁がひとひら、風に舞う。
その花の名を、彼らはまだ知らない。
けれどきっと──
いつの日か、夜を歩く“白薔薇の君”も、この光に救われる日が来るのでしょう。




