王都の影に咲く薔薇もまた、夜を愛でますの。
王都の地下には、もうひとつの街がございますの。
日光の届かぬその迷路は、“影の市場”と呼ばれ、法の目を逃れた者たちが蠢く場所。
血の匂いと金の音が交わる、まるで腐敗した楽園。
──そして今宵、わたくしはそこへ足を踏み入れましたの。
「お嬢様、闇ギルドの本拠はこの先でございます。」
「まぁ……地下ですのに、ずいぶんと賑やかですこと。まるで夜の舞踏会のよう。」
クラウスがランタンの灯を落とし、静かに頷く。
通りを行く者たちは皆、顔を覆い、刃を隠し、嘘を纏っております。
けれど、わたくしにとってはどれも仮面のようなもの。
優雅に笑えば、誰もがその奥の毒に気づきませんの。
「“白薔薇の君”──お噂はかねがね。」
低く響く声が、闇の奥から聞こえました。
姿を現したのは、闇ギルドを束ねる男──名をヴァルド。
その瞳は、深い夜そのもののようでしたわ。
「あなたが、わたくしを知っているとは光栄ですわ。」
「王都の闇を渡る者なら、皆知っておりますとも。
白薔薇の君──殺すより美しく、裁くより冷たい。」
気づかれぬよう慎重に咲く薔薇ほど、香りは深く、棘は鋭いものですわ。
「して……わたくしを呼び出した目的は何ですの?」
「取引だ。王都の秩序を二分しよう。貴女が夜を支配し、我らが地を支配する。
互いに干渉せず、共に利益を得ようではないか。」
「まぁ、魅力的なお話ですこと。ですが──」
わたくしは扇を軽く開き、唇に笑みを浮かべました。
「美しくないわ。」
「……なんだと?」
「わたくしの信条は常にひとつ。
“罪を許すことは、優雅さの放棄”ですの。」
その瞬間、空気が張り詰めました。
ヴァルドの周囲に黒い影が集い、刃を抜いた者たちが現れます。
十、二十、三十……数えるのも退屈になるほどの数ですわ。
「お嬢様、いかがなさいます?」
「ええ──少しばかり、夜風に踊ってみましょうか。」
銀の針が月光のように走り、闇を切り裂く。
叫びも、呻きも、やがて音楽のように消えてゆく。
ヴァルドの影が迫るたび、わたくしのドレスがひらりと舞い、紅の軌跡を描きました。
「なぜ……貴女のような者が、こんな世界に──」
彼の問いに、わたくしは静かに答えました。
「この街の美しさを、穢させたくないだけですわ。
──たとえそのために、わたくし自身が最も穢れるとしても。」
最後の一閃が、闇を裂いた。
静寂のあと、ヴァルドの影は崩れ落ち、白薔薇の香りだけが残りました。
クラウスがそっと歩み寄り、ランタンを掲げます。
「お嬢様、これで王都の闇はひとつ消えました。」
「ええ……ですが、闇は形を変えてまた咲くものですわ。
薔薇と同じようにね。」
わたくしは白薔薇をひとひら、彼の亡骸の上に落としました。
その香りは、まるで鎮魂の祈りのように夜に溶けてゆく。
「ねぇ、クラウス。」
「はい、お嬢様。」
「わたくしたちは、いったいどこまで“優雅”でいられるのでしょうね。」
「……お嬢様が微笑まれる限り、この世はまだ、美しいかと。」
「まぁ……お上手ですこと。」
わたくしは小さく笑い、夜空を仰ぎました。
闇の中にひとつだけ、白く輝く星。
その光はまるで、散った薔薇の魂のようでございました。




