表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

王都の影に咲く薔薇もまた、夜を愛でますの。

王都の地下には、もうひとつの街がございますの。

 日光の届かぬその迷路は、“影の市場”と呼ばれ、法の目を逃れた者たちが蠢く場所。

 血の匂いと金の音が交わる、まるで腐敗した楽園。

 ──そして今宵、わたくしはそこへ足を踏み入れましたの。


 「お嬢様、闇ギルドの本拠はこの先でございます。」

 「まぁ……地下ですのに、ずいぶんと賑やかですこと。まるで夜の舞踏会のよう。」


 クラウスがランタンの灯を落とし、静かに頷く。

 通りを行く者たちは皆、顔を覆い、刃を隠し、嘘を纏っております。

 けれど、わたくしにとってはどれも仮面のようなもの。

 優雅に笑えば、誰もがその奥の毒に気づきませんの。


 「“白薔薇の君”──お噂はかねがね。」

 低く響く声が、闇の奥から聞こえました。

 姿を現したのは、闇ギルドを束ねる男──名をヴァルド。

 その瞳は、深い夜そのもののようでしたわ。


 「あなたが、わたくしを知っているとは光栄ですわ。」

 「王都の闇を渡る者なら、皆知っておりますとも。

  白薔薇の君──殺すより美しく、裁くより冷たい。」


 気づかれぬよう慎重に咲く薔薇ほど、香りは深く、棘は鋭いものですわ。


 「して……わたくしを呼び出した目的は何ですの?」

 「取引だ。王都の秩序を二分しよう。貴女が夜を支配し、我らが地を支配する。

  互いに干渉せず、共に利益を得ようではないか。」


 「まぁ、魅力的なお話ですこと。ですが──」

 わたくしは扇を軽く開き、唇に笑みを浮かべました。

 「美しくないわ。」


 「……なんだと?」

 「わたくしの信条は常にひとつ。

  “罪を許すことは、優雅さの放棄”ですの。」


 その瞬間、空気が張り詰めました。

 ヴァルドの周囲に黒い影が集い、刃を抜いた者たちが現れます。

 十、二十、三十……数えるのも退屈になるほどの数ですわ。


 「お嬢様、いかがなさいます?」

 「ええ──少しばかり、夜風に踊ってみましょうか。」


 銀の針が月光のように走り、闇を切り裂く。

 叫びも、呻きも、やがて音楽のように消えてゆく。

 ヴァルドの影が迫るたび、わたくしのドレスがひらりと舞い、紅の軌跡を描きました。


 「なぜ……貴女のような者が、こんな世界に──」

 彼の問いに、わたくしは静かに答えました。


 「この街の美しさを、穢させたくないだけですわ。

  ──たとえそのために、わたくし自身が最も穢れるとしても。」


 最後の一閃が、闇を裂いた。

 静寂のあと、ヴァルドの影は崩れ落ち、白薔薇の香りだけが残りました。


 クラウスがそっと歩み寄り、ランタンを掲げます。

 「お嬢様、これで王都の闇はひとつ消えました。」

 「ええ……ですが、闇は形を変えてまた咲くものですわ。

  薔薇と同じようにね。」


 わたくしは白薔薇をひとひら、彼の亡骸の上に落としました。

 その香りは、まるで鎮魂の祈りのように夜に溶けてゆく。


 「ねぇ、クラウス。」

 「はい、お嬢様。」

 「わたくしたちは、いったいどこまで“優雅”でいられるのでしょうね。」

 「……お嬢様が微笑まれる限り、この世はまだ、美しいかと。」


 「まぁ……お上手ですこと。」

 わたくしは小さく笑い、夜空を仰ぎました。

 闇の中にひとつだけ、白く輝く星。

 その光はまるで、散った薔薇の魂のようでございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ