表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

クラウスの告白

お嬢様に、初めてお会いした日のことを、今でもはっきりと思い出せます。

 あの裏道で、冷たい石の上に蹲っていた私を、差し伸べられたその手が――すべてを変えたのです。


 あの時、わたしは人を信じることをやめておりました。

 街の片隅で生きるただの影。

 誰も名を呼んでくれず、誰も温もりをくれなかった。

 けれど――あの人は違った。

 「大丈夫ですわ」と言って、まるで当たり前のように、わたしを抱き上げてくださった。


 その腕の温もりを、わたしは一度たりとも忘れたことがありません。


 お嬢様、セシリア・フォン・アルバーン。

 王都に生まれ、気品と知性、そして誰よりも優しさを持つお方。

 貴女の傍らで仕えること、それがわたしのすべてでした。


 剣を学び、礼を学び、護衛の技を磨いたのも――

 ただ、貴女を護るためだけのこと。


 けれど、いつからでしょうか。

 護ることが“義務”ではなく、“願い”になっていたのは。

 その微笑みを誰よりも近くで見たくて、紅茶を淹れる手が震えるほどに、胸が締めつけられた日がありました。


 お嬢様はいつも、わたしに「ありがとう」と言ってくださった。

 それだけで、どんな傷も癒えるような気がしたのです。

 それほどに、貴女の言葉は、あたたかく、強かった。


 ――戦の中でも、笑っておられた。

 ――氷の国でも、炎の谷でも、いつだって誰かの心を照らしておられた。


 わたしは、その背中を追うしかできなかった。

 けれど、追い続けるうちに、気づいたのです。

 この想いは、忠義の形をしていながら、決して忠義だけではないと。


 お嬢様。

 どうして、あの日、わたしを拾ってくださったのですか。

 どうして、その笑みを、わたしにだけ向けてくださったのですか。


 お嬢様の歩む道は、いつも美しく、そして孤独でした。

 その孤独を、わたしは埋めたかった。

 影としてではなく――ひとりの男として。


 けれど、それは許されぬこと。

 貴女は“白薔薇の君”。

 わたしは、ただの影。


 貴女が命を賭して魔王へ挑んだあの時。

 転移の光に包まれ、引き離される瞬間、

 わたしは確かに、貴女の唇の動きを見ました。

 あれは――“ありがとう”と、そう言っておられたのでしょうか。


 貴女がいなくなった空を見上げ、何度も叫びました。

 けれど、声は届かない。

 あの夜の月だけが、貴女の瞳のように静かに輝いていた。


 今もなお、わたしの胸には、あの香りが残っております。

 紅茶と白薔薇の香り、そして、貴女の微笑み。


 ――もし、もう一度だけ逢えるなら。

 わたしはただ、一言申し上げたい。


 「お嬢様。わたしは、貴女に仕え、貴女を愛しました。

  それこそが、わたしの誇りであり、生きた証でございます」


 その言葉を胸に、わたしは今日も、貴女の名を守り続けております。

 白薔薇の君の影として、永遠に。


クラウス・ルーベン

少年は、かつて誰も信じなかった。

裏路地に打ち捨てられ、名もなく、夢もなく、

ただ飢えと寒さの中で息をしていた。


そんな彼に、手を差し伸べた者がいた。

雪のように白い指と、穏やかな声をもって――

「さあ、もう震えなくてもよろしいですわ」


その瞬間、彼の世界は変わった。

彼女の傍らに立つことこそが、生きる意味となった。

たとえそれが影の道であっても、

その影が、光を映すのならば構わない。


クラウス・ルーベン。

白薔薇の君に仕えし最後の執事にして、

彼女の遺志をこの世に残した唯一の証人。


彼の語る“主への想い”こそ、

この物語の真なる余韻である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ