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後編:【キングオーガの国】--炎の誇りも、温もりに触れれば柔らかくなるですわ。

朝焼けの光が荒野を染める頃、グラニスの国にはまだ熱気が残っておりました。

 火山の噴煙は赤く揺れ、岩の割れ目からは蒸気が立ち上る。

 しかし、前日までの怒涛の戦の痕は、徐々に静寂に変わりつつありました。


 「お嬢様、王の鎖が……消えました」

 クラウスの声に、セシリアは微笑を浮かべる。

 「ええ、炎の誇りも、温もりに触れれば柔らかくなるものですわ」


 グラハム・レッドハンドは、玉座の前で膝をつき、荒野の空を見上げていた。

 灰色の岩肌に赤く映える血の傷跡――それは戦いの証であると同時に、彼自身の誇りの象徴でもあった。


 「……忠義の鎖。それは、我が誇りと民を縛るものだったのだな」

 「はい、王。鎖の力は、怒りや恐怖を封じるものではございますわ。

  真の誇りは、心の温度によって導かれるものですの」


 その言葉に、グラハムは微かに目を細める。

 「……温度か。冷たく、熱く、どちらも誇りの証ではあるが、やはり熱を失えば滅ぶのだな」

 「ええ。王の誇りも、民を守るためにこそ輝くものですわ」


 クラウスがそっとポットを差し出す。

 「お嬢様、紅茶を」

 「ありがとう、クラウス。王にも一杯どうぞ」

 グラハムは頷き、紅茶の温もりを掌に受ける。

 その手の震えは、怒りの鎖が解けた証でございました。


 ――しかし、静寂は長くは続きませんでした。

 荒野の彼方、火山の裂け目から暗黒の影が忍び寄る。

 それは古より、オーガ族を脅かしてきた〈黒焔の魔獣〉――

 かつてグラハムの先祖たちが封じた災厄でございます。


 「王よ、敵ですわ!」

 セシリアは杖を掲げ、紅の光を渦巻かせる。

 「この荒野で、怒りに任せて戦うのではなく、礼儀をもって鎮めさせていただきます」


 魔獣は地を這い、炎を撒き散らしながら襲い来る。

 その巨躯は岩のように硬く、尾は溶岩の流れを思わせる。

 しかし、王の瞳が光った。

 「……これもまた、誇りを試す試練か」


 グラハムは力強く立ち上がる。

 鎖の縛りがなくとも、彼の腕には戦士としての威厳が満ち溢れている。

 炎の剣を抜き、魔獣へ向かって駆ける。

 セシリアもまた、杖を掲げ、紅の魔紋を展開する。


 「王の力と、わたくしの魔を合わせれば、必ず災厄を鎮められますわ」


 轟音が荒野に響き渡る。

 炎と光、怒りと信念――二つの意志が交錯し、空に巨大な光輪が生まれた。

 その光の中で、魔獣の咆哮は徐々に弱まり、やがて膝を折る。


 「……我が誇りを、試す者め」

 グラハムは低く呟く。

 「ええ、試練もまた、誇りを磨くものですわ」


 魔獣は光の中で消え、荒野は静寂を取り戻す。

 グラハムは深く息をつき、セシリアに向き直る。

 「お前、荒野の嵐をも制するか……白薔薇の君よ」

 「ええ。暴れ狂う力も、温もりと知恵があれば導けますの」


 クラウスがほっと息をつく。

 「お嬢様、王の心も鎮まったようです」

 「ええ。怒りも誇りも、温もりで導くのが、わたくしのやり方ですもの」


 荒野に降る夕陽の光は、炎と岩を柔らかく染める。

 白薔薇が一輪、赤い砂の上に咲いた。

 それは怒りの化身でもなく、力の象徴でもなく――ただ、静かに美しい光でございました。


 「王よ、この国にも春を――いや、温もりをもたらして差し上げますわ」

 グラハムは頷き、岩肌に反射する夕陽を見つめた。

 「……分かった、白薔薇の君。誇りとは、導くものなのだな」


 荒野の空に、赤と金の光が交差する。

 炎の国にも、白薔薇が咲く。

 その花は――戦でも怒りでもなく、ただ美しい光でございました。

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