それでも人は、値札をつけたがりますの
夜の街角は、昼間の喧騒を忘れたように静まり返っておりましたの。
わたくしの前に現れたのは、王都で最も暗い噂を持つ者たち――奴隷商会《灰の手》の幹部たち。
そして中央に座る、肥えた男。
この国で最も多くの「人間を商品に変える」権利を握る者、デュモン卿。
「……まさか、“白薔薇の君”がここへ来るとはな。」
そう、わたくしは裏の世界で白薔薇の君と呼ばれておりますの。
昼の王都の薔薇、上品なる令嬢の顔は隠したまま――夜の街では、この呼び名ひとつで相手に恐怖を与えるのですわ。
「あら、ご存じでして? 光栄ですわ。とはいえ、“白薔薇”などという呼び名――
血の跡が乾いた後の比喩としては、少々趣味が悪うございますけれど。」
男の笑い声が、豚の鳴き声のように室内を満たします。
金の装飾が施された指輪が、汗と油に光る。
壁には鎖、そして床には跪く奴隷たち。
彼らの瞳には、恐怖と諦めが同居しておりましたの。
「世話になったのう、“白薔薇の君”。商談のつもりで呼んだのだが、どうやら場違いだったか?」
「まぁ、商談でございますわ。ですが、わたくしが扱うのは“魂”でしてよ。」
静かに香炉の煙を揺らすと、その色が淡く変わります。
毒を忍ばせた煙が、空気を支配し、男の瞳から光を奪いましたの。
「貴方の商売は、魂の価値を金で量る。けれど、魂の価値は誰にも測れませんわ。」
デュモン卿が叫ぶより早く、黒い鎖が床から伸び、男の体を絡め取りましたの。
悲鳴ではなく、金属が擦れる音だけが響きます。
わたくしは紅茶を一口啜り、動じずに微笑を浮かべましたの。
「さぁ――これで奴隷たちの鎖は解けますわね、クラウス。」
「承知いたしました、お嬢様。」
床に跪く子供たちの目に、希望の光が少しだけ戻ります。
ひとりの少女が、震える声でわたくしに問いましたの。
「……どうして、助けてくれたの?」
「助けたのではございませんわ。ただ、取引の相手を変えただけですの。
あなたの“自由”という品を、わたくしが買い取ったに過ぎません。」
外に出ると、夜風が髪を揺らしましたの。
クラウスがランタンを掲げ、静かに一礼。
「お嬢様、今宵も見事でございました。」
「ふふ、そうですわね。貴方がご覧になるとおり、“白薔薇”はただ静かに舞うだけですの。」
石畳を踏むたび、ヒールの音が夜の静寂を飾ります。
月明かりがドレスの裾に触れ、銀糸のように輝きました。
「ねぇ、クラウス。世の中には二種類の取引がございますの。」
「と申しますと?」
「命に値段をつける取引と、命を自由にする取引ですわ。」
クラウスが微笑を堪えながら答えました。
「お嬢様は、どちらでございますか?」
「わたくし? ふふ……どちらでもございませんわ。取引など、紅茶と同じ。冷めぬうちに楽しむものですの。」
ふたりの笑い声が夜の闇に溶けてゆきます。
闇の中、白薔薇が静かに咲き誇り、銀の香とともに夜を飾る。
今宵もまた、わたくしは上品に、そして優雅に――
世界の汚れを舞い流すのでしたわ。




