教育とは、美しくも残酷な刃ですの。
王都アーデルハイト学園──それは、貴族子弟の教育と未来を担う最高峰の学び舎。
けれど、どれほど白い大理石の壁で飾っても、人の心までは清らかにできませんの。
「お嬢様、今回の件は、学園内で不審な“幻術”が多発しているとのことです」
クラウスの報告に、わたくしは紅茶を置きました。
「幻術……ですの? まあ、学問の場に似つかわしくないお遊びですこと」
「はい。しかし、被害に遭った生徒の数は十名を超えております。
“幻の声に導かれ、屋上から飛び降りようとした”と」
「……まぁ。これは“遊び”などではございませんわね」
その夜、わたくしは王都の教育庁より密命を受け、
“特別講師”として学園に潜入いたしました。
白薔薇の君ではなく、セシリア・フォン・アルバーンとして。
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「皆さん、ごきげんよう。今日から歴史学をお教えいたしますわ」
講義室に柔らかく響く声。
けれど、その瞳は、ひとりひとりの動きを静かに観察しておりましたの。
教室の隅に──気になる生徒。
煤けた髪に、どこか冷えた眼差しを持つ少年。
彼の机の上にだけ、見えぬ“歪み”が漂っておりました。
「クラウス、聞こえまして?」
「はい、お嬢様。魔力の反応を確認。闇属性……かなりの熟練者の仕業です」
「まさか、生徒を実験台に……」
夜。
学園が静まり返る頃、わたくしはローブを纏い、裏庭の礼拝堂へと足を運びました。
そこに、淡い光をまとった魔法陣──
中心にはあの少年が、うつろな瞳で立っておりましたの。
「まぁ……こんな時間にお祈りとは、殊勝ですこと」
「……来ると思ってました、“白薔薇の君”」
その言葉に、わたくしは扇子を軽く閉じ、微笑む。
「その名をご存じとは。では──悪夢の授業、終わりにいたしましょうか」
空気が裂け、黒い靄が少年の身体から溢れ出す。
それは生徒の精神を喰らう幻術の核、操っていたのは背後の“教師”でした。
「子どもの心ほど、扱いやすいものはない……そうは思いませんか?」
「まぁ、教育者の口から出る言葉としては、聞き捨てなりませんわね」
わたくしは指を鳴らす。瞬間、教壇の燭台がひとつ、二つと揺れ──光が彼を囲む。
「教え導くのが教師の務め。堕とすなど、論外ですわ」
「貴様のような偽善者に何がわかる!」
男の腕が闇に変わり、魔法陣を走る。
わたくしは静かに微笑み──一歩踏み出す。
「わたくしの信じる教育は、薔薇と同じですの。
美しく咲くためには、棘が必要なのですわ」
刹那、白い光が奔り、闇が弾けた。
男の幻術は崩壊し、少年の身体から影が抜け落ちる。
彼は泣きながら崩れ落ち、わたくしはその頭をそっと撫でました。
「もう大丈夫ですわ。貴方の“声”は、貴方自身のものでございます」
夜明けとともに、事件は幕を閉じました。
幻術の残滓を焼き払いながら、クラウスが静かに言う。
「お嬢様、今回の件も、完全に解決かと」
「ええ。けれど……心に巣くう影は、学問では払えませんのね」
「それでも、貴女が光を差す限り、人は救われます」
「まぁ……お上手ですこと、クラウス」
そして、朝の鐘が鳴り響く。
学園の中庭に白い薔薇が咲き、夜の名残を香らせていました。
──白薔薇の君、知の庭にて影を狩る。
誰にも知られぬままに。




