毒は、わたくしの嗜みですの。
王都において「毒殺」という言葉ほど、上品な響きを持つものはございませんわ。
──ただし、それを仕掛ける側にとっては、の話ですけれど。
今宵、社交界では春を祝う夜会が催されておりました。
貴族たちは絹と宝石を纏い、笑顔と嘘を交わし合う。
わたくし、セシリア・フォン・アルバーンも、そのひとりとして出席しておりましたの。
ですが、目的は社交ではございません。
この夜会に、“毒”が潜んでいるとの報せを受けていたのですわ。
「お嬢様、毒が仕込まれた杯がございます」
クラウスが静かに囁く。
「おそらく、標的は……宰相閣下でございます」
「まぁ……宰相閣下ほどの御方を狙うとは、大胆ですこと」
わたくしは紅茶を傾け、微笑みながら周囲の視線を掠め取る。
そのとき、ひときわ華やかな笑い声が響きました。
白いドレスを纏い、髪に翡翠の簪を挿した若い令嬢。
名を──エレノア・グランディーヌ。
笑顔の裏で、まるで蛇のように細い瞳が、宰相の杯へと向けられておりましたの。
「……あの方、ですのね」
「間違いありません。すでに二件の毒殺と手口が一致しております」
「まぁ、王都の花壇に毒草を混ぜるなんて……趣味が悪うございますこと」
舞踏の音が流れる中、わたくしはゆるやかに立ち上がり、エレノアのもとへと歩み寄りました。
白薔薇の刺繍が揺れ、彼女のドレスの裾を踏むほどに近づく。
「まあ、ごきげんよう、エレノア様。お噂はかねがね」
「……あら。セシリア嬢。貴女のような方が、わたくしに何の御用かしら?」
わたくしたちは微笑みを交わしながら、まるで刃を突き合わせるように視線を絡めました。
「少しお伺いしたくて。あなた、最近お庭に“ナイトシェード”を植えられたとか?」
「ええ。美しい紫の花ですわ。毒草だなんて、古い迷信でしょう?」
「迷信であれば、王都の墓地が増えたりはしませんのに……」
エレノアの瞳が一瞬、揺れました。
その瞬間、彼女の手がテーブル下で動く──
わたくしは微笑みを崩さず、扇子の先で彼女の手首を軽く押さえました。
「まぁ……舞踏の最中に、そんな危険なものをお持ちになるなんて。
マナー違反ですわよ?」
金属の音が小さく響く。
彼女の指先に握られていた、小瓶。
中には淡い緑の液体──毒。
「わたくしの毒は、美しく死を飾るもの。貴女のような野蛮な手段ではありませんの」
「……あなた、何者なの?」
「ただの淑女ですわ。けれど、悪意を摘み取ることには、少々心得がございますの」
クラウスが合図を送り、衛兵が密かに動き出す。
エレノアは最後まで笑っていましたわ。
「あなたも同じよ、セシリア嬢。綺麗な手で、人を裁くのだから」
その言葉に、わたくしは一瞬だけ沈黙しました。
──そう、彼女の言葉は間違いではないのかもしれません。
わたくしはいつも、正義と狂気の狭間で笑っている。
「ええ、確かに似ておりますわ。
けれどわたくしは、“香りで人を酔わせる”側でありたいのですの」
月が、窓越しに夜会の光を照らす。
白薔薇の花弁が、テーブルに一枚、ひらりと落ちた。
毒よりも深い沈黙が、会場を包みました。
──夜が明けるころ、王都には再び静寂が戻りました。
誰も知らぬところで、ひとりの毒が摘み取られたことも。
そして、白薔薇の君がまたひとつ、己の心に棘を増やしたことも。




