表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/44

毒は、わたくしの嗜みですの。

王都において「毒殺」という言葉ほど、上品な響きを持つものはございませんわ。

 ──ただし、それを仕掛ける側にとっては、の話ですけれど。


 今宵、社交界では春を祝う夜会が催されておりました。

 貴族たちは絹と宝石を纏い、笑顔と嘘を交わし合う。

 わたくし、セシリア・フォン・アルバーンも、そのひとりとして出席しておりましたの。

 ですが、目的は社交ではございません。

 この夜会に、“毒”が潜んでいるとの報せを受けていたのですわ。


 「お嬢様、毒が仕込まれた杯がございます」

 クラウスが静かに囁く。

 「おそらく、標的は……宰相閣下でございます」

 「まぁ……宰相閣下ほどの御方を狙うとは、大胆ですこと」

 わたくしは紅茶を傾け、微笑みながら周囲の視線を掠め取る。


 そのとき、ひときわ華やかな笑い声が響きました。

 白いドレスを纏い、髪に翡翠の簪を挿した若い令嬢。

 名を──エレノア・グランディーヌ。

 笑顔の裏で、まるで蛇のように細い瞳が、宰相の杯へと向けられておりましたの。


 「……あの方、ですのね」

 「間違いありません。すでに二件の毒殺と手口が一致しております」

 「まぁ、王都の花壇に毒草を混ぜるなんて……趣味が悪うございますこと」


 舞踏の音が流れる中、わたくしはゆるやかに立ち上がり、エレノアのもとへと歩み寄りました。

 白薔薇の刺繍が揺れ、彼女のドレスの裾を踏むほどに近づく。

 「まあ、ごきげんよう、エレノア様。お噂はかねがね」

 「……あら。セシリア嬢。貴女のような方が、わたくしに何の御用かしら?」


 わたくしたちは微笑みを交わしながら、まるで刃を突き合わせるように視線を絡めました。

 「少しお伺いしたくて。あなた、最近お庭に“ナイトシェード”を植えられたとか?」

 「ええ。美しい紫の花ですわ。毒草だなんて、古い迷信でしょう?」

 「迷信であれば、王都の墓地が増えたりはしませんのに……」


 エレノアの瞳が一瞬、揺れました。

 その瞬間、彼女の手がテーブル下で動く──

 わたくしは微笑みを崩さず、扇子の先で彼女の手首を軽く押さえました。


 「まぁ……舞踏の最中に、そんな危険なものをお持ちになるなんて。

  マナー違反ですわよ?」


 金属の音が小さく響く。

 彼女の指先に握られていた、小瓶。

 中には淡い緑の液体──毒。


 「わたくしの毒は、美しく死を飾るもの。貴女のような野蛮な手段ではありませんの」

 「……あなた、何者なの?」

 「ただの淑女ですわ。けれど、悪意を摘み取ることには、少々心得がございますの」


 クラウスが合図を送り、衛兵が密かに動き出す。

 エレノアは最後まで笑っていましたわ。

 「あなたも同じよ、セシリア嬢。綺麗な手で、人を裁くのだから」

 その言葉に、わたくしは一瞬だけ沈黙しました。


 ──そう、彼女の言葉は間違いではないのかもしれません。

 わたくしはいつも、正義と狂気の狭間で笑っている。

 「ええ、確かに似ておりますわ。

  けれどわたくしは、“香りで人を酔わせる”側でありたいのですの」


 月が、窓越しに夜会の光を照らす。

 白薔薇の花弁が、テーブルに一枚、ひらりと落ちた。

 毒よりも深い沈黙が、会場を包みました。


 ──夜が明けるころ、王都には再び静寂が戻りました。

 誰も知らぬところで、ひとりの毒が摘み取られたことも。

 そして、白薔薇の君がまたひとつ、己の心に棘を増やしたことも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ