わたくし、闇に香りを撒きますの。
王都の夜は、まるで絹のように滑らかに流れておりますの。
灯りの列が遠くまで続き、ガス灯が金糸を紡ぐように輝く。
──けれど、美しさの裏には必ず汚れが潜むもの。
その理を、わたくしは幾度となく見てまいりましたわ。
「お嬢様、今宵の標的は、王都へ禁制の品を持ち込む闇商人どもでございます」
「まぁ……王の許可なき富など、下品なものですこと」
わたくしはティーカップを傾け、ほのかに甘い香りを味わう。
紅茶の表面に月が揺らぎ、その揺らめきがわたくしの刃と同じく、静かに光を放ちましたの。
クラウスが深く一礼し、短く告げる。
「取引は、旧港の倉庫街にて。密輸船が今夜、入港する模様です」
「ふふ……海風に薔薇の香りを添えるのも、悪くありませんわね」
黒のドレスの裾が、夜風にふわりと舞う。
月明かりが波に反射し、静かな海を銀色に染める。
遠くの桟橋に、覆面の男たちが並び、木箱を運び出しているのが見えます。
「……見たところ、普通の交易品のように見せかけておりますわね」
「中身は“魂を溶かす薬”でございます。噂によれば、王都の貴族筋にも流れているとか」
「まぁ。毒を金で買うだなんて、なんと愚か……」
わたくしはため息を一つ吐き、扇子で口元を隠しました。
次の瞬間、海霧の中に銀光が閃く。
わたくしの指先から放たれた針が、ひとりの男の手を掠め、木箱が床に落ちた。
中からこぼれ出た瓶が月光を反射し、ぞっとするほど美しい。
それが毒であることを知らなければ、まるで宝石のようですわ。
「おや……白薔薇の君か」
闇商人の頭領らしき男が、冷笑を浮かべる。
「王都の闇に咲く花が、我らの商売に口を出すとはな」
「ふふ……花は香りで人を癒やすもの。毒を売る花など、醜くて見ていられませんわ」
言葉が終わるよりも早く、海風が鳴き、刃が走る。
クラウスが影のように動き、護衛たちを制圧。
わたくしは一歩進み出て、男の喉元へと銀の針を突きつけました。
「あなたのような方が、街を濁らせるのですわ。
──でもご安心なさいませ。わたくし、慈悲深く、痛みは最小限にして差し上げますわ」
ひと筋の閃光。
男は声を上げることもできず、倒れ伏す。
波がその音を飲み込み、夜は再び静寂を取り戻しました。
クラウスが控えめに問いかける。
「お嬢様……この薬、どのように処理いたしましょう?」
「そうですわね。陽の光に曝して、風と共に散らして差し上げましょう。
──夜の闇が、もうこれ以上、誰かの命を奪わぬように。」
港を離れる頃、東の空が淡く白み始めていました。
「クラウス。わたくし、思うのですの」
「はい、お嬢様」
「この王都には、まだまだ薔薇の香りが足りませんわ。
だからこそ、わたくしが咲き続けなければなりませんのね」
夜明けの風がドレスを揺らし、白薔薇の刺繍が淡く光る。
その姿は、闇を裂く月光のように美しく、そして儚げでした。
——白薔薇の君。
美しさを武器に、闇を断つ者。
今宵もまた、王都の夜に優雅なる死のマナーを刻むのでしたわ。




