これが、わたくしの美意識ですわ。
本作は、「優雅で上品なお嬢様」が裏社会で暗躍する、少し奇妙で、美しい夜の物語です。
どうぞ紅茶片手に、静かにお読みくださいませ。
夜の王都は、まるで宝石箱のように瞬いておりました。
ガス灯のひとつひとつが、金細工のような光を放ち、馬車の影が石畳を静かに滑っていく。
遠くでは舞踏会の楽団が、微かにワルツを奏でておりましたの。
ああ、なんて優雅な夜でしょう──まるで血の香りを隠すための仮面舞踏会のようですわ。
わたくしの名は、セシリア・フォン・アルバーン。
この国でもっとも古く、美しい家系に生まれた、いわゆる“王都の薔薇”と呼ばれておりますの。
けれどその花弁の裏には、棘がございますのよ。
わたくしがこの街で生き延びるためには、薔薇の香りだけでは足りませんの。
昼のわたくしは、舞踏会で笑い、貴族たちと穏やかに紅茶を交わす存在。
ですが、夜になると──
その微笑みの裏に、冷たい銀の刃を潜ませる者へと変わりますの。
「お嬢様、今宵の標的は……王都南区の商人ギルバートです。」
「まあ。先日、孤児院への寄付を滞納していた方でして?」
「ええ。しかし裏では人身取引を──」
「下品な言葉はおやめなさいな。罪の取引と申しましょう。」
執事のクラウスが、わたくしの前に紅茶を置く。
香りはダージリン。ほんのりと柑橘が混じる。
紅茶の表面に浮かぶ月が、刃のように揺らめいておりますの。
わたくしはグラスを軽く傾け、囁きました。
「人を裁くのは神ではなく、“美意識”ですのよ。」
王都の裏通りは、昼の光が届かぬ闇の迷路。
血と酒の混ざった空気の中を、わたくしは黒のドレスで歩きます。
スカートの裾が地を這い、靴音だけが静かに響く。
わたくしにとって、この夜は“礼儀”の時間ですの。
──彼の屋敷に忍び込むのは簡単でした。
守衛の足音、廊下の影、窓に映る月の角度。
どれも数え慣れた要素ばかりですわ。
殺意とは、音楽と同じ。調和と静寂の狭間にこそ、美しさが宿りますもの。
「誰だ……!」
「ごきげんよう、ギルバート卿。お久しぶりですわね。」
男の目が見開かれ、震える手が短剣を掴む。
その一瞬、蝋燭の炎が揺れ、影が壁を踊りました。
わたくしはため息を一つ。
「まあ、お下品な構え。貴族なら、まず挨拶をなさいませ。」
彼が動くより早く、銀の針が月光のように走りました。
音もなく頸動脈を掠め、赤い線が静かに滲む。
わたくしのドレスには、一滴の血も飛びません。
だって、汚れを残す殺しは未熟ですもの。
「これで孤児院には、また少し温かい毛布が届くでしょう。」
呟きながら、男の机の上に小さな白い薔薇を置きました。
花弁には毒。けれど美しいものほど、毒を秘めているのが世の理でございますわ。
外に出ると、クラウスがランタンを掲げておりました。
「お嬢様、今宵も見事な手並みで。」
「ありがとうございますわ。ですが、あの方の最期の表情……少し、悲しそうでしたの。」
「お情けを?」
「いえ、違いますわ。ただ──生きるという罪を、わたくしもまた背負っておりますもの。」
クラウスが黙って頷き、紅茶の入ったポットを差し出す。
夜の風が髪を揺らし、遠くで鐘が鳴りました。
わたくしは微笑み、月を見上げます。
「ねえ、クラウス。わたくしたち、罪深いですわね。」
「お嬢様、それでもなお──貴女は美しい。」
「まあ……困りますわ、そんなことをおっしゃって。」
紅茶を一口。温もりが唇を伝う。
わたくしは夜空に咲く白薔薇を思い浮かべながら、静かに囁きました。
「この世界は、不器用で汚くて、それでも……愛しいですわ。」
闇の中、銀の薔薇が再び咲く。
血の匂いを纏いながら、それでも誰よりも上品に。
今宵もまた、王都の夜は静かに更けてゆくのでした。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
お嬢様は夜を歩きながら、罪と美意識の境を探しているのです。
もし少しでも「美しい」と思っていただけましたら、評価やブックマークをしていただけますと大変嬉しく思います。




