第三話
「よし、着いたよ」
そういって立ち止まったのは、比較的綺麗な2階建てのアパートの前だった。
「ここって...」
「私の家だよ。一人暮らしだし、何にも気にしなくていいからゆっくり休んで」
「で、でも———」
「拒否権はないからね」
流石に申し訳なく感じたが、断らさせてくれない。
本当に俺のことは気にならないのだろう。
紬さんはそそくさと靴を脱いだあと、俺を半ば無理やり家に上がらせた。
「よし、じゃあまずはご飯食べよっか、今の体力じゃお風呂も厳しそうだしね。凛君は食べれないものはある?」
「アレルギーはないです」
「じゃあパパっと作るから待ってね」
そういって紬さんはキッチンへと向かった。
「はい、できたよ」
しばらく待っていると、紬さんがテーブルにとても美味しそうなご飯を運んできた。
とても色とりどりで、おいしそうだ。
約5年ぶりのちゃんとしたご飯を前に、涎が止まらない。
「ほら食べよ」
「...本当にいいんですか?」
「本当にいいんだよ。凛君は栄養が足りてないからいっぱい食べて」
「い、いただきます」
一口食べる。
「どう?」
向かい側に座っている紬さんが、少し心配しながら俺に聞いた。
「めちゃくちゃおいしいです」
そう答えると、紬さんはほっとした顔をする。
久しぶりの食事だからペースはゆっくりだが、箸は止まらなかった。
だが、食べてなかったせいで胃が小さくなっていたのかすぐにお腹いっぱいになってしまった。
「すみません、もうお腹いっぱいになっちゃって」
箸をおき、少ししか食べれなかったことに申し訳なく思いながらごちそうさまと伝えた。
「少し体力戻った?」
食べ終わった食器などの片付けを手伝っていると、紬さんはスキルを俺に使いながら聞いてきた。
「少しは戻った気がします」
「よかった。栄養失調も少し回復したってスキルも言ってるし大丈夫そうだね」
「本当にありがとうございます」
「良いの、私が勝手にしたことだから」
今まで受けたことがないほどのやさしさに、思わず泣きそうになった。
「凛くーん」
「はい、生きてます」
湯船につかりながら紬さんの呼びかけに返答する。
もうそろそろ二十回目くらいだろうか。
別にふざけてるわけじゃなく、こんなことをしてるのには理由がある。
——三十分前
「あの、ずっと汚いままで家に上がってるのもよくないのでお風呂を借りさせてもらえませんか?」
ご飯を食べ終わった後、家に上がってからずっと気になってたことを伝えた。
母のところにいたときは、風呂は一週間に一回しか入らせてもらえなかった。
今日は水曜日だからもう四日は風呂に入ってない。
「そうだね、さっぱりしようか」
「じゃあお風呂お借りします」
そういって風呂場へ向かおうとすると、紬さんに止められた。
「凛君ってお風呂どのくらいの頻度で入ってた?」
「えっと、一週間に一度くらいです」
「一週間か.....」
よくわからないが、紬さんは目の前の何もない空間を見つめながら考えている。
「一緒にお風呂入らない?」
「は?」
お風呂を、一緒に?
紬さんと?
急な言葉に驚き、紬さんの目を見た。
——改めてみると、紬さんはとても整った顔立ちをしている。
綺麗な茶髪と決してないとは言えないくらいには実ってるたわわ。
正直顔はめちゃくちゃタイプだ。
「凛くんはいや?」
「そ、そんなことないです!」
「じゃあ....」
「でもお風呂はダメでしょ!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。
紬さんが変なことを言い出すせいだ。
「そうだよねぇ、だめだよね」
「ていうか急にどうしたんですか」
「———お風呂ってさ、自分の思ってる以上に体力使うんだよね。凛君はまだ体力が戻ってるわけじゃないと思うからお風呂でまた倒れたりするかもしれないのが心配なんだよね」
「そういうことなら最初からそう言ってほしいです。びっくりしました」
変なこと考えた俺が恥ずかしい。
紬さんは俺のことを考えて言ってくれたのに。
...それでも急に「一緒にお風呂入らない?」はよくないでしょ。
「でも一人でお風呂に入れさせるのは怖いなぁ」
確かにそれもそうだ。
湯船につかってるときに意識を失ってしまったら誰も気が付けないだろう。
それなら———
というわけで俺たちはお風呂に入りながら一分に一度呼びかけあってたのだった。
お風呂から上がると、服が置いてあった。
下着は風呂に入る前にすぐ近くのコンビニで買ってきてもらった。
ジャージのサイズもぴったりだ。
...このジャージ多分紬さんが学生の時に使ってたやつだよな。
胸に三浦って書いてあるし。
なんか恥ずかしい。
「お風呂ありがとうございました」
着替えも終わったのでソファに座っていた紬さんに声をかける。
「お、きれいになったじゃん!」
「本当に紬さんのおかげです」
「そんな頭下げなくてもいいのに。私の自己満だし」
「それでも命の恩人なので」
倒れた人を助ける。
それを行動できる人はあんまりいないと思う。
「ほら、ここ座って」
紬さんは座ってた位置をずらして俺の座れるスペースを作ってくれた。
こんな近い距離で女性の隣に座るなんて初めてのことで、心臓が少し——いや、めちゃくちゃにうるさい。
ソファに座った後、少しの間他愛のない話をした。
そして、俺はこれまでのことを話した。
「そう、だったんだ。だから栄養失調に.....」
わかってはいたが、いやな空気になってしまった。
「家は、ここからどのくらいなの?」
「ここからはそこそこ遠いとは思います」
家を出た後、結構な時間家から離れるように歩いた。
俺もここら辺は来たことがない。
「じゃああんまり外出を多くしなければ道で出会ったりすることはなさそう?」
「そう、ですね」
俺もあいつにはもう会いたくない。
「凛君は16歳なんだよね?」
「はい、昨日16歳になりました」
昨日俺は誕生日を迎え、成人になった。
「じゃあしばらく私の家にいなよ」
「.....迷惑じゃないですか?」
「全然!一人じゃ寂しかったし私の話相手になってよ」
こうして、俺の居候生活が始まった。
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