敵将、感服いたした! ―両家顔合わせの陣―
あのキャンプから家に戻ると、郵便受けに一通の封筒が入っていた。
差出人は「真壁清司・柳川俊彦」。
……僕の父と、澪さんのお父さんの連名だ。
「お父さんたちからか。今回はどこへ一緒に行ったんだろう?」
「いやぁ、まさかあの顔合わせから、こんな仲になるとは思わなかったね」
僕たちは顔を見合わせ、あの日の“戦場”を思い出した――。
時は、プロポーズの少し前にさかのぼる。
入籍を前に、僕たちはそれぞれの両家への挨拶を済ませた。
どちらの両親も温かく迎えてくれた。
……しかし問題は、“両家の相性”である。
ホテルの個室。白いクロス、湯気の立つお茶。
僕と澪さんは向かい合って背筋を伸ばした。
「……緊張してきたね」
「うん。僕の父さん、真面目だから。時間には特にうるさい」
「うちの父は……うるさくない、けど、自由」
「それが一番怖いんだよな。どうか、平和に終わりますように…」
時計の針がチクタクと進み、5分過ぎる。
僕は不安を堪えきれなくなり口を開いた。
「澪さん。お父さんから連絡、あった?」
「事故とかでなければいいけど……」と、母も心配そうだ。
「ち、近くで迷ってるかもしれません。私、探してきます!」
澪さんが立ち上がったその瞬間――
バーンッ!
勢いよく扉が開き、息を弾ませた俊彦さん夫妻が登場した。
「いやぁ、お待たせしました! 駅前に“江戸期の石碑”がありましてね。あれは見過ごせなかった!」
「あなた!皆様を待たせてるのよ!」
「お父様、お母様! 本当に申し訳ございません!」
澪さんと母・美代子さんは深々と頭を下げる。
「いえいえ、事故じゃなくて安心したわ」と、僕の母がフォローした。
しかし父が腕を組み、低い声で言った。
「柳川さん。娘さんの大切なご挨拶より、石碑のほうが優先ですか」
「歴史小説家として見過ごせないものでしたからな。性分でして」
柳川さん、頼むから空気を読んでくれ!
創作力に全振りしてると、読解力が乏しくなってる!
「歴史は人が刻むものです。まずは娘さんの未来からでは?」
「なるほど、それはいいセリフだ」
(違う、そうじゃない…!)
その場に、短い沈黙が落ちた。
父がゆっくりと湯飲みを置く。
「柳川さん。あなたの身勝手な行動で謝ったり、傷つくのは澪さんと奥様なんですよ。あなたは……大切な娘さんを悪く思われたいのですか?」
俊彦さんはハッと目を見開いた。
そして、椅子から立ち上がるように深々と頭を下げる。
「――全く、あなたのおっしゃる通りです。
大切な機会に、私の身勝手な行動でご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
澪と妻は、私にはもったいないほどの人格者です。どうかよろしくお願いいたします」
父も、姿勢を正して頭を下げ返した。
「……こちらこそ、熱くなってしまいました。今後ともよろしくお願いいたします」
二人が顔を上げた瞬間、まるで時代劇の一幕のような静けさが流れた。
僕と澪さんは、息をひそめて見守るしかなかった。
一度戦を交えたもの同士だからか、食事中は歴史談議ですっかり意気投合した。
「そういえば、歴史小説を職業上距離を取っていたんですが、
たまたま読んだ“幻想水魔伝”には感銘を受けました。
史実の引用、建造物の描写……まさに職人技です」
父は教師モード全開で語っていたが、
俊彦さんの目が見開かれていった。
お父さん気づかないのか!?
作者本人が目の前にいるんですけど!?
「清司さん……それ、私の代表作なんです」
「……は?」
父はポケットから文庫を取り出し、作者名を見て固まった。
「柳川俊彦――!?」
その時父の目から一筋の涙が流れた。
「柳川さん、いや、先生!私は死ぬまでに必ず会いたい方が幻想水魔伝の作者様だったんです。
ただメディアには一切出られてなかったので顔など全然わかりませんでした。
まさか私の義理の家族になるとは…」
メディアに一切出ないのは…僕は俊彦さんの編集者・笠井さんの言葉を思い出した。
―――「これだけ放浪癖で皆様に迷惑をかけるので、時間を他の方と合わせるメディアは作品の評判を落としかねません。あの放浪癖の被害者を増やさないためなので、ご家族に紹介くらいなら大丈夫ですよ」
笠井さんはやっぱ有能な編集者だ。
俊彦さんは照れながら「あはは、あれは趣味の延長みたいなものでしたがね。そこを拗らせて思いついたら現地に行ってしまうので他の人には迷惑かけてしまって」
「いや、歴史伝承者の魂を感じました。なるほど、現地に積極的に行くからあんなに奥行きのある作品が書けるんですね」
――空気が和む中、俊彦さんがはっとした表情になった。
「あの、もしかして清司さんって、桜丘高校の真壁清司先生ですか?
実は私、あなたの公開授業に何度かお邪魔しておりまして」
「……まさか。最近“やる気満々のご老人”が最前列にいたと思ってたのですが、あなたでしたか!?」
嘘、神が私の講座を聞いてたの!?と推しに認知されたファンみたいな反応になっている父。
まさか厳格で物静かな父の意外過ぎる一面をここで見るとは…
「いやぁ、あの“信長は仕事が早い上司”論、感動しました。私も数々の公開講座は受けるのですがどれも知っていることばかりでして…ただあなたの綿密に調べた知識と解釈は私にない視点でしたし、気が付いたらずっと連続で受講しておりました」
「先生…私は社会科教師をずっと続けて本当に良かったと思います。また是非いらしてください」
二人は先程言い争っていたのが嘘のように楽しそうに握手を交わしていた。
「清司さん、あなたの意見も現地で是非聞きたいです。一緒に歴史建造物巡りに行きませんか?」
「もちろんです!私も是非同行したいです」
さらに母同士も別の方向で盛り上がっていた。
「えっ、奥さまも“歴舞”観るんですか!?」
「ええ、推しは伊達政宗様です!」
「まさか……私、真田幸村様推しなんです!」
「敵将、感服いたした!って感じですね」
二人は笑いながら、今度の千秋楽に一緒に行く約束を交わしていた。
父たちの歴史論争とは違う“華の戦”が、ここにも勃発していた。
「なんだか、両家挨拶っていうより…」
「3対3の合コンみたいだね…」
まあ、両家は仲良く過ごしていけることが分かり、僕と澪さんは一安心した。
―――そして目の前の手紙を開けてみると、
2人が史跡の前で肩を組み、満面の笑みでピースしている写真があった。
背後には「九州戦国史跡ツアー!」ののぼり。
裏面には俊彦の筆で、こう書かれていた。
「歴史は続く。君たちの未来もまた、歴史の一章に」
「……まさか、こんなに仲良くなるなんて」
「もう“義父たち”ってより、“同志”だよ……」
焚き火のように思わぬところで生まれた縁を感じながら、
二人はそっと写真を額に収めた。
その笑顔の向こうに、これからの歴史が続いていく気がした。




