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お嬢は幼馴染護衛を観察する


 朝。


 那知の起床時間は早い。多分、私より1時間は前に起きてる。私が起きた時には制服を着てるし、ご飯もお弁当もバッチリ出来上がってる。いつも作ってくれるお弁当は全部手作りだ。冷凍庫に市販のおかずが一切入ってないし、夕飯の残り物でもない。だから朝早くに起きてイチから作ってくれてるってことだ。


「…………」


「お嬢、どうしたの? 電車に遅れちゃうよ?」


 相変わらずゆっくり食べている那知を見つめていると不思議そうに首を傾げられた。私はもう食べ終わってる。


 サラサラとした金髪は肩の上くらいの長さ。目は大きいのにいつも眠たそうに半分くらい閉じられてるのは実際に眠いから。朝早いんだからそれはそうだろう。鼻筋はスッと通っていて、口は小さめ。薄い唇は血色もよく、桜色。むかつくくらい整った顔をしてる。


「お嬢?」


「一発殴らせて」


「突然理不尽すぎる」


 顔も良ければ声もいい。

 小3から微妙な距離感になってしまって風の噂程度にしか知らないけど、髪を染めた中2の夏までは男子にモテてたはずだ。突然金髪になってからは周りから遠ざけられてた。その前から私以外には塩対応だったけど、長くて綺麗な黒髪が深窓の令嬢然としていたのが一気に不良っぽくなっちゃったからね。高嶺の花から扱いづらい同級生になった。タレ目でかわいい顔なのに目つき悪いとか言われて――


「やっぱ殴らせて」


「お嬢、あたしでストレス発散はやめよ?」


 拳を掲げる私からのらりくらりと避ける那知を追いかけてたら、家を出る時間になっていた。那知はまだ朝食を食べ終えていない。


「早く食べなさいよ。また遅刻するわよ」


「わー、お嬢にだけは言われたくない」


 へらりと笑う那知を無視して家を出た。


 朝から那知のことを観察していたのには理由がある。

 私は那知のことを知らない。

 正確には最近の那知のことを知らない。

 

 一緒に暮らすようになってからの那知は、前と変わらないように見えた。でもあの時。ボーリング場で見た那知は私の知らない那知だった。


「……いつもみたいにふにゃふにゃ笑っていればいいのに」


 一番近くにいたはずで、でも今は一番遠いところにいる。

 私がそうしたはずなのにそれがなんだかおもしろくない。那知が何を考えているのかわからないのがもやもやした。だから朝から観察してみたんだけど。ただ食べるのが相変わらず遅いくらいしかわからなかった。


 とにかく今日は1日那知のことを観察してみることにした。もしかしたらもっと違う発見があるかもしれない。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 授業中。


 残念ながら私は1番前列にいるので座学の授業で那知を観察することはできない。できるとすれば体育くらい。幸いにも今日は3時間目に体育があった。

 

 ってかあいつ、しれっと遅刻してきたわね。朝のHRにはいなかったのに1時間目が始まる時には席に着いていた。

 那知はよく遅刻してくる。私より少し後の電車に乗ってるはずなのに、どこをどうしたら遅刻できるのか。昔っからのんびりしてたし、どうせ家でぼーっとしてて出る時間を間違えたり電車を乗り過ごしたりしてるんだろう。


 たまたま体育の先生が休みだったため、今日の授業は自分たちで決めた競技を時間中やっていていいということになっていた。一応、代打の先生がいるけどあまり口を出すつもりもないらしい。クラスのみんなが選んだのはバスケだったので、私は大人しく那知を観察しよう。


「和華、試合出ないの?」


「暴投していいなら」


「球技全般ダメなんだね」


「和華ちゃん、走るのは速いのにね」


 どうにも球技との相性が抜群に悪い私はボーリングに限らず全部の球技でノーコンっぷりを発揮してしまう。体を動かすのは好きなんだけどね。


 同じく球技に限らず運動全般が苦手な芽依ちゃんと私は張り切って試合に向かった麗奈を眺めていた。麗奈は全部上手い。そつなくこなしてしまう。中学は運動部に所属していたらしいけど、高校では何も部活に入っていない。曰く、バイトをしたいからだとか。

 

「麗奈ちゃん、すごいねぇ」


「ほんと。水を得た魚っていう感じね」


 比較的バスケ慣れをしているメンバーで組まれた1試合目はガチ試合だ。その中でコート内を縦横無尽に駆け回る麗奈。クラスに何人かいるバスケ部にも負けないくらいの動きでボールを自陣から敵陣へと運んでいる。


 ちらりと視線を他のメンバーにも向ける。

 

「……なんであいつが入ってるんだか」


 目まぐるしく動くコート内にはなぜか那知がいる。身長が高いからと抜擢されたんだろう。本人はやる気なさそうだけど。

 みんなから一歩も二歩も遅れてぽてぽてコートの中を移動してる。

 

 ゴールの縁に当たったボールが敵味方入り乱れる集団の手で弾かれてゴール下から離れていく。転がっていったのは那知の足元だった。


「小森さん、パス!」


 ボールを追う麗奈が手を出す。一方の那知は麗奈には目もくれず、全くやる気を感じられない動きでスッと膝を抜いた。そのまま流れるようにシュートした。

 放物線を描いたボールは今度は縁に触れることもなくゴールポストへと吸い込まれていった。

 

「…………」

 

「……小森さん、すごいね」

 

 …………幼馴染は運動神経がいい。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 昼休み。

 

 いつものように麗奈はパンを片手に、芽依ちゃんはかわいらしいサイズのお弁当を持って私たちは机を寄せて食事をする。


「和華ちゃんのお弁当、いっつも美味しそうだよね」


 見た目通り、ちまちまとご飯を食べながら芽依ちゃんが言った。彼女の視線の先は私のお弁当。那知が作ったお弁当だ。


「あ、それうちも思った。和華って一人暮らしだよね。自分で作ってるの?」


「あー……うん。まぁ」


「すごいね。わたしはお母さんに頼りっぱなしだから見習わないとなぁ」


 私も那知に頼りっぱなしだけれど。

 当の那知は教室にはいない。いつもどこで食べているのか、私は知らない。始業のチャイムに合わせて帰ってくる。


「ね、おかず1個ちょーだい」


「わ、わたしも交換、しない?」


 ふたりが目をキラキラさせながら私のお弁当を見ている。友だちとおかずの交換……それはすごく、したい。憧れのシチュエーションだ。同じものを分け合うのはとても友だちっぽくていい。


「いいわよ。好きなの、どうぞ」


「わーい!」


「ありがとう! 和華ちゃんも、好きなの取って」


 芽依ちゃんに促されて、私は芽依ちゃんのお弁当から卵焼きをもらった。私のお弁当に入ってる(那知が作った)甘い卵焼きとは違う塩っけの強い卵焼きだった。中に小ねぎが入ってる。


「ん、おいしー!」


「わっ、すっごい美味しい」


「芽依ちゃんのおうちの卵焼きも美味しいわ」


 麗奈はつくね、芽依ちゃんは卵焼きを食べながら目を見開いていた。


「和華、めちゃくちゃ料理上手いね! これ市販じゃないんでしょ?!」


「卵焼きもダシが効いてて、甘さもちょうどいい……高級なお店のものみたい……」

 

 ふたりがめちゃくちゃ褒めてくれる。私が作ったわけじゃないのでちょっといたたまれない。

 

 幼馴染は料理が上手い。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 夜。


「……お風呂、空いたわよ」


 リビングルーム横にある那知の部屋に声をかける。

 那知は毎日夕飯の準備から片付けまで家事を全てやってくれている。共有スペースの掃除だけは私がやっているけど、それ以外の家事はほとんど那知だ。気付けばそういうことになっていた。一応毎食後に食器洗いを買って出るのだけど、「あたし、食べるの遅いからさぁ。後片付けもやるからいいよ〜」と毎回断られる。

 そうするとお風呂に入る順番も毎回固定になっていた。


 タオルで髪を拭きながらソファーに座ってスマホを見ていると、那知が部屋から出てきた。ぱちっと目が合う。


「……お嬢、そんな薄着だと風邪ひくよ〜」


 今は4月下旬。まだ朝晩は寒いけど、私は暑がりだ。お風呂から上がったばかりということもあってショートパンツにキャミソール1枚。もちろんあとでTシャツを着るつもりだ。


「いっつもこれでしょ」


「だからいっつも言ってるんじゃんか」


 那知が珍しく呆れたような顔をしている。


「お風呂入ったばっかりで暑いんだもの」

 

「湯冷めしちゃうってば。ほら、これ着て」


 そう言いながら手近にあったパーカーを肩にかけられた。相変わらず暗い色のものを好む那知のパーカーは濃い紺色だった。身長差もあるからサイズも大きい。


「ちゃんと後で上、着なよ」


 それだけ言い残し、那知が洗面所へと消えていく。

 残された私は肩からかけられたパーカーの袖を摘んでみる。ふわりと甘い匂いがした。同じ洗剤で洗ってるはずなのに私の服からは香らない匂いだ。なんだか落ち着かない。


「…………でかすぎよ」


 幼馴染は世話焼きだ。



 

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