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幼馴染護衛はお嬢を追いかける


 わーちゃんに初めて会ったのは、わたしが4歳の時だった。


 両親の仕事の関係で新しく住むことになったその街に、父の古い友人がいた。ちょうど同い年の女の子がいるからと挨拶にわたしも連れて行かれた。

 ただでさえ知らない街で、しかも連れて行かれたおうちはなんだか怖い雰囲気だったから人見知りだったわたしは母のスカートをぎゅっと握りしめたまま両親に付いて歩いた。時折困ったように笑う母と、「絶対仲良くなれるよ」と励ましてくれる父の言葉を聞きながらも絶対に仲良くなれないんじゃないかって不安でいっぱいだった。だっておっきなおうちの子だもの。きっとわたしなんかと仲良くしなくたってたくさんの人に囲まれていて、お姫さまみたいな生活をしてるんだ。世界が違う。

 

 なのに目の前に現れた女の子は、とても人懐っこい笑顔でわたしに手を差し伸べてくれた。


「あいざわわかだよ、よろしくね」


 やっぱりその子はお姫さまだった。

 黒くてつやつやさらさらな髪と春色の着物がとてもきれいで、ちょうど桜が散り始めた頃だったからそれすらもその子の魅力を引き出しているように見えた。


 桜のお姫さま。


 4年しか生きてなくてもそれはわたしの人生の中で一番の衝撃で、そしてそれは正しく一目惚れだった。



「なっちゃん」


 とわーちゃんはわたしを呼ぶ。呼ばれるだけで胸の中がぽかぽかして、手を繋げば今度はドキドキする。ずっと一緒にいたい。わーちゃんの隣にいたい。

 そう思っていた。

 

「学校で話しかけてこないで」


 わーちゃんが泣きそうな顔でそう言ってきたのは小学校3年生の時だった。その頃はちょっといろいろあって、わたしも学校を休んでいたからわたしの部屋でそう言われた。休んでいる間に何かあったのはすぐにわかったし、「ちょっといろいろ」のことでわーちゃんがわたしの目を真っ直ぐ見てくれなくなってたからショックだった。ショックだったけど、わーちゃんがわたしのことを思って言っているんだってなんとなくわかったから追及はしなかった。だってわーちゃんは優しくて、いつも周りを気遣ってたから。今だってすごく悲しい顔してるもん。


「おうちでならお話してくれる?」


「……うん」


「じゃあ学校が終わったら、おうちでたくさんお話しようよ」


 わーちゃんの手を握ってそう言ったらわーちゃんはちょっとだけ元気になってくれた気がした。まだちゃんとこっちは見てくれないけど、それだっていつかは元通りになるはず。だからわたしは今まで通り、いつも通りにするだけだ。


 そうやって学校では話をせず、わーちゃんの家で一緒に遊ぶようになった。


 わーちゃんのおうちはちょっと特殊で、家族じゃないけどたくさん家族がいる。ちょっと見た目が怖いお兄さんたちだけど、わたしが遊びに行くと笑顔で迎え入れてくれる人たち。わーちゃんのことをとっても大切にしてくれる人たちだ。

 実はわーちゃんに内緒でわーちゃんのおじいちゃん――弥一郎(やいちろう)さんに武術を習いに行ってたんだけどね。その時だってわたしが「わーちゃんには内緒にして」って言ったらみんな、いたずらっ子みたいに笑いながら「那知の嬢ちゃんとの約束だな、任せろ!」と快く応じてくれた。


 そんなお兄さんたちだから、わーちゃんもみんなのことを大好きだったはずなんだ。


「……県外の、高校?」


「あぁ、やっぱり和華は那知に言ってなかったんだな」


 いつものようにわーちゃんには内緒で弥一郎さんに稽古をつけてもらっていた中学2年生の夏。稽古終わりに弥一郎さんに誘われて弥一郎さんの書斎で聞かされたのはわたしの知らない話だった。

 相変わらず学校ではわーちゃんと話せなかったし、最近はわーちゃんも何かと用事があると遊んでくれなくなっていた。だから弥一郎さんから聞いた話は寝耳に水で、衝撃的だった。


「え、でも……なんで……?」


「……和華はなぁ、優しすぎるからな」


 弥一郎さんは遠くを見るように庭へと目を向けた。


「ウチのことを気にしてたのは知ってたし、それで何かを言われて腫れ物扱いされてるのも知ってた。俺にできることなんざ何もねぇ。家族だってのに情けねぇことだがな」


「…………」


「だからなぁ、和華がそうすることでちっとでも楽になれるってんなら俺ぁ反対しねぇ。たが、それで和華が()()危険な目に遭うのだけは心配でな。だから、こうしてお前に話してんだ」


「わたしが、わーちゃんと同じ学校に行けるように?」


「あぁ。和華と同じ年のお前に頼むのは心苦しいが。頼む。那知。和華を守ってくれ」


 頼まれなくたって、そうするつもりだ。だってわーちゃんを守るためにこうして弥一郎さんに稽古をつけてもらってたし、喜助さんにだって教えてもらってたんだから。


 それからは一心不乱に勉強した。

 わーちゃんが志望していた学校はわたしの学力だとがんばらないと入れないところだったし、弥一郎さんや喜助さん、わーちゃんちのみんながいないところでわたしがわーちゃんを守らないといけない。勉強だけじゃなくて稽古だってやらなくちゃいけなくて――だから髪を染めた。


「うおっ! 那知、お前どうしたんだその頭!」


 脱色して金ピカになって、ついでに短くした髪でわーちゃんちに行ったら喜助さんにめちゃくちゃ驚かれた。


「えへへ、いいでしょ! 金髪! 強そうで!」


「いや、確かに弟にもいるけどなぁ……なんつーか、那知らしいっちゃ那知らしいな」


「ふふん、これからは「あたし」って言うことにもしたんだ。あとわーちゃんのことは「お嬢」って呼ぶ!」


「やっぱ那知だな」


 喜助さんに笑われた。ちなみに学校の先生にはしこたま怒られた。


 わたしは――あたしはなんとかわーちゃん――お嬢と同じ高校に合格することができて、喜助さんに協力してもらってお嬢と同じ家で暮らせるように手配してもらって、その頃には全く話してくれなくなっていたお嬢とまた過ごせるようになった。

 まだお嬢は前みたいに話してくれないし名前を呼んでくれないけど、でもこれからちょっとずつでも前の距離に近づいていくんだ。時間はたくさんある。


「ねぇ、おにーさん。ちょっといいかな」


 目の前にいるスーツの男に声をかけた。肩で息をしていた男はさっきまでの焦った表情から一変、こちらを値踏みするように歪んだ笑みを浮かべている。


「なんだよ、不良少女が俺に何の用?」


 じろじろとあたしのことを上から下まで見ている。制服の上から黒いパーカーを羽織っているからどこの学校かはわからないだろうけど、スカートを履いてるから女だってことはわかる。だからだろう。目の前に現れた女子高生がわざわざこんな薄暗い路地で声をかけてきたんだから、ちょうどいいとでも思ったんだろうな。


「何? 俺といいことする?」


「…………」


「でも俺、これから仕事なんだよね。あ、仕事終わりなら空いてるからさ。またここに夜にでも――」


 ――ダンッ。


 右足を男の足の間に思いっきり蹴り上げた。薄汚い呻き声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。てかほぼ素足で蹴り上げるもんじゃないね。ちょっと気持ち悪い感触がした。


「あのさ」


「……うぐぅ………………」


 体を丸めて股間を押さえながら呻いている男の横にしゃがみ込みながら、ついでにネクタイを引っ張って顔を上げさせる。あ、スカートの下にはちゃんとスパッツ履いてるから見えないよ。


「おにーさんが女子高生に欲情する変態なのはどうでもいいんだけどさ。それをあの子に向けるのはあたし、見過ごせないんだよねぇ」


 ぐりぐりと眉間に拳をねじ込みながら続ける。


「ね、おにーさん。あたしの目の届くところであんまり悪いこと続けるようならさ――」


 にっこりと笑いながら今度はこめかみに指を突きつけ、ねじ込む。顔って急所が多いんだよね。喜助さんが教えてくれたのはわたしの腕力でも威力十分なところばっかりだから助かるんだぁ。


「――全部ぶっ潰すから覚悟しろよ」


 青白い顔をした男が何度も頷くのを見届け、さっさと踵を返す。

 お嬢(わーちゃん)を守るためなら、あたし(わたし)は何も厭わない。



 

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