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お嬢は幼馴染護衛と買い物をする


「お嬢! お嬢! こっち!!」


「だから『お嬢』って言うなッ!!」


 私よりも1歩も2歩も先を行っては大きく手を振りながらこちらを振り向いてくる那知に駆け寄りながら肩を小突く。本当は頭を叩きたいけどちょっと位置が高いし、人混みでやるのも気が引ける。肩がちょうどいい位置にあるから仕方ない。

 

 賑わう店内をあっちにふらふら、こっちにふらふらしている那知のせいで全然目的地にたどり着かない。このままだと必要なものを買うのに今日だけじゃ足りなくなりそうだ。図体ばっかり大きくなって、やってることは本当に昔から変わらない。昔から目を離すとふらふらどこかに行ってしまって、迷子になって周りを心配させる子だった。なのに本人はふにゃふにゃ笑いながらけろっとしている。見つけてもらうのが当然だと信じているんだから、たちが悪い。

 おかげで外に出かける時はずっと那知と手を繋いでいた記憶しかない。

 

「あ、こっちに――」


「いい加減、じっとしなさいって!」


 またもふらふらと興味のあるものに誘われて行きそうな那知の腕をガシッと掴んだ。


「もう! まずは家具見るんだからこっち!」


「……はぁい」


 掴んだ腕をぐいっと引っ張ると那知の目尻がへにゃりと垂れた。嬉しそうに掴まれている自身の手を見つめている。愛おしいものを見るように目を細めている那知をできるだけ視界に入れないようにして、まずは家具売り場へと向かった。


 

「ダイニングテーブルはほしいわね……あとは、と。食器も買い足したいし。収納はちょっと様子見かしら」


「ほわぁ、たくさんあるねぇ」


「こら、どっか行こうとするな」

 

 きょろきょろと周りを見ながらまたもふらふらどこかに行きそうな那知をその場に縫い止め、案内板を見る。

 自分で家具を選んだことがないからこれほどまでにいろんな家具があるとは思わなかった。

 目の前にあるたくさんの家具に目移りしつつも、今回の目的であるダイニングテーブルが展示されているエリアへと向かった。


 やっぱり種類がたくさんある。2人掛けに4人掛け、それから8人掛け……さすがに4人より多いものはいらないか。あまり大きいと部屋自体が狭くなるだろうし。実際に座れるように展示されたダイニングセットを見渡しながらちょうどいいサイズのエリアを見渡す。うん、やっぱり4人掛けくらいかしら。

 

「ソファーとローテーブルは今あるやつでいいの? あれってお嬢が家から持ってきたやつだよね?」


「あれは向こうで選んで配達してもらったのよ。ひとりのつもりだったから食事もあれで十分だと思ってたし」


 だから少しサイズが小さい。ひとりなら十分だけど、ふたりだと狭い。

 ……食事以外で、ふたりで何かすることもないだろう。ダイニングテーブルがあればそのままでもいいかもしれない。

 

「……今は足りないものから揃えるわ」

 

「はーい」


 小学生のように手を真っ直ぐに上げながら答える那知。そのまま展示されているテーブルの高さを確かめながら椅子に座り始めた。体を前後させながら座り具合を確かめているようだ。


「ね、お嬢。こっち座って」


「…………」


「ほら、こっち」


「……わかったわよ。だからバンバン机叩くな」

 

 諦めて指定された4人掛けのテーブルの対面に同じように座ると、目の前には嬉しそうな那知。何がそんなに楽しいのか両手の上に顎を置きながらにこにこと笑っている。


「…………何よ」


「んー? なんかこういうの、久しぶりだなぁって。ふふ、こうやってご飯食べるの、いいね」


「一緒に食べるなんて言ってない」


「えー、ご飯は一緒に食べようよ。それもダメなの?」


「…………」


「ね、ダメ?」


「…………時間が合えばね」


 「やった」と喜んでいる那知を見ていると、ちょっとくらいは一緒に過ごしてもいいかなと思ってしまった。


 


 一通り見て回った結果、最初に那知と座ったテーブルセットを買うことにした。あと、那知のベッド。「あたしは布団でいいよ?」なんて言ってたけどフローリングに布団直置きは体に良くなさそうだ。今朝、経験してみて思った。だから有無を言わせずベッドを買った。

 大きな家具は配達を頼み、細々とした消耗品類を買っていくとあっという間に両手が荷物で塞がってしまった。


「さすがにこの状態でふらふらされると追いつけないからやめなさいよ?」


「うん、お嬢のこと置いてっちゃいそうだからやめとくー」


 その細い腕のどこにそんなに力があるのか不思議だけど、那知のほうが重い荷物を持っている。私が持とうとしたらさらっと取られた。ちょっとむかついたから那知の背中を小突いておいた。

 

「これ以上持てないし、そろそろ帰る?」


 那知の問いかけに頷き、ふたりで来た道を戻り始めた。

 人波を避けながら進んでいくとふわりといい匂いがした。ちょうどフードコートの横を通りすぎるところだった。

 

「……あ」


「ん? どしたの?」


「…………ちょっとここで待ってて」


 返事を聞かずに那知の足元に荷物を置き、昼時を過ぎて少し人が引いているフードコートへと飛び込んでいく。おやつの時間が近いからか、甘いものを取り扱う店が混んでいた。人の間を縫いながら進み、目当ての店舗を見つけた。サッとメニューに目を通していく。フードコートに合わせたようなおしゃれな雰囲気でちょっと変わり種のものが多い。でもちゃんとオーソドックスなメニューもある。目当てのものは……うん、ある。


 幸い、他のお店に比べてそこは空いていた。数分待つだけで私の順番になり、手早く注文した。作り置きされていた商品はすぐに用意してもらえた。熱々じゃないのは残念だけど、早いに越したことはない。それを受け取ってから那知を放置してきたところへと戻ると大人しく同じ場所で待っていた。人の邪魔にならないところで佇んでいる様は本当に犬みたいで思わず口元が緩んでしまう。


「…………おまたせ」


「ん、何買ってきたの?」


「帰ってからのお楽しみ」


 改めて荷物を手にとって家路を急いだ。



 帰る時間が早かったからか、帰りのバスは空いていた。二人席に隣り合って座るには荷物が邪魔だったので、混み合えば席を譲るつもりでそれぞれ別に二人席に座る。最寄りのバス停まで混むこともなく、結局そのままだった。ちらりと横に視線を向ければ、那知は窓の外をぼんやりと見つめていた。


「ただいまぁ」


 玄関ドアを開けながら那知が言う。私はまだ言えない。もちろん、「おかえり」なんてなおのこと。

 抱えていた袋をリビングの隅に置き、手を洗ったところでさっき買ってきたものを出した。


「ん? いい匂い……」


「お茶淹れるから、座ってなさい」


 おじいちゃんのお茶をよく淹れてたから、お茶を淹れるのは得意だ。お世辞だろうけど、いつも「和華が淹れてくれたお茶が一番美味い」と言ってくれていた。組のみんなも「お嬢はお茶淹れの天才っす!」なんて褒めてくれたっけ。……それ以外がダメダメということだったんだとつい最近気付いたけれど。

 手早く準備をして、少し冷めてしまっていたのでレンジで温め直し、お茶と一緒にローテーブルへと置く。


「たい焼き?」


「うん。食べたかったんでしょ?」


「さっき買ってきてくれたの?」

 

「……せっかく温めなおしたんだから、さっさと食べるわよ」


「…………うん、食べる!」


 食事が嫌いな那知が唯一好きだったのがたい焼きだ。それも、クリームたい焼き。あんこじゃなくてクリームなのが邪道だと思うけど、これだったら那知は喜んで食べるし、食べ終わるまで大人しく私の隣にいる。それが幼い頃は嬉しくて、よくおやつにクリームたい焼きを用意してもらっていた。


 手に持ったたい焼きを愛おしそうに見つめてから、たい焼きにかぶりつく那知。それを見届けてから私もたい焼きを手に取る。


「ふふ、おいしいねぇ」


「…………なんで横から食べるのよ」


「えー? ここがクリームいっぱい入ってておいしいんだもん」


「でもそこから食べると……」


「あ」


「もー! だから頭から食べなさいって言ってるでしょーが! ちょっ、そのまま!! 溢れるから口離さない!」


「あははは」

 

 手と口にべったりクリームをつけて笑う幼馴染は、やっぱり何も変わってない。



 

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