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お嬢は幼馴染護衛と暮らすことになる


 段ボールに囲まれたリビング。唯一ちゃんとした家具として配置されているソファーに座り、私は目の前のそいつをじとっとした目で見つめていた。


「で、なんであんたがここにいるの?」


「え〜、弥一郎(やいちろう)さんから聞いてないの?」


 そいつは首を傾けながら問うてくる。脱色して透明感のある金髪が動きに合わせてさらりと横に流れた。


 小森那知(こもりなち)。同い年の、私の幼馴染。そいつがなぜかここにいる。

 

 ソファーに座る私の傍ら、那知は床に座って私を見上げている。隣に座ろうとしてきたからソファーから蹴落としてやった。私よりも頭半分は大きな那知が床の上で体育座りをしながら足を抱えてる様はなんだか……ゴールデンレトリバーみたいだ。

 

 眠たげに、半分しか開いていない目がじっと私を見つめている。それが居心地悪くて視線を外した。


「……聞いてない」


「そっかぁ。じゃあサプライズ大成功だ。あたしもお嬢とここで暮らすんだよ」


「……………………は?」


「ここ、お嬢とあたしの家」


 にっこりと。それはもう嬉しそうに那知が笑う。体は大きくなっているはずなのに、その笑顔が昔のままでぎゅうっと胸が締め付けられる。


 いやいや、それよりも。

 那知は今なんて言った? 一緒に暮らす? ………………私が、那知と?


「なんで?」


「あたしがお嬢と同じ学校に進学したから」


「…………へ?」


「4月から同じ日奈森高校の生徒でーす」


「はぁ?!」


 いや、いやいやいや。そんなはずない。そんなはずがあっていいわけがない。

 だって私は誰にも進路を伝えていない。唯一知っていたのは担任の先生とおじいちゃんだけ。なのに目の前の幼馴染は私が日奈森高校に進学することを知っていて、同じ高校に入学する……?


 混乱する私の鞄の中でスマホがブルブルと鳴った。


「お嬢、電話鳴ってるよ? 出なくていいの?」


「…………出るわよ!」


 吐き捨てるように言い、私はソファーから立ち上がった。リビング横の部屋に入り、戸を閉める。

 鳴り続けるスマホの画面には『喜助兄ちゃん』の文字が表示されていた。


「……もしもし」


『お、やっと出た。お嬢、家に着きやしたか?』


「うん、さっき着いたとこ」


『じゃあ那知にも会いやしたね』


「…………喜助兄ちゃん、どういうこと?」


『いやねぇ、ちょっといろいろありやして。あ、待ってください。おやっさんに代わりやす』


 ごそごそと物音がしてからおじいちゃんの声が聞こえてきた。


『和華、喜助は悪かねぇんだ、あんまり責めないでやってくれ』


「おじいちゃんもグルなのね」


『グルったぁ、グルだわなぁ。ま、かわいい孫のために使えるもんを使ったってだけなんだけどなぁ。那知とは利害の一致ってやつだ』


「何、利害って」


『俺は孫を守れる奴を置いときてぇ。那知は和華の近くにいてぇ。だから那知に和華の護衛をさせようってだけさ』


「護衛なんて……私、ひとりでも大丈夫よ」

 

『はは、じじいが心配してるだけだって思ってくれや。かわいい孫をひとりっきりにしておくのは心配なんだよ』


「だからってあいつに頼まなくても」


『さすがに組の奴をお前と一緒に暮らさせるわけにゃいかねぇだろ? その点那知ならちょうどいい。同じ女だしな』


 頭を抱えた。

 おじいちゃんや組のみんなが過保護なのは嫌というほど知っている。だけどまさか私に内緒で、組の一員でもない那知を巻き込むとは。

 こうなってしまっては今更那知に出ていけと言えるわけもないし、拒否することもできない。八方塞がり。四面楚歌。身内に敵がいるとは。


「…………はぁ。もうわかったわよ」


『悪ぃな、和華』


 電話を切って、また頭を抱えた。


 なんか変だなって思ったのよね。物件を選んでくれたのは喜助兄ちゃんで、いざ内覧に来たこの部屋は2LDKだった。高校生の一人暮らしには広すぎる間取りに「大は小を兼ねるってことっすよ」なんてよくわからない理屈で押し通された時からさ。確かに広い分には困らないけど、一人で暮らすのに2部屋もいらないでしょって思った。思ったけど、その時は浮かれてて「そっか!」って力強く納得しちゃったのよね……私の馬鹿。

 

「お嬢、電話終わったぁ?」


 リビングから間延びした那知の声が聞こえてくる。

 私の苦悩なんて気にしてなさそうな呑気な声。


「………………はぁ」


 ここで何か言ってももう変えられないんだろうなぁ。那知は頑固だし。そもそも那知を追い出して代わりに組の誰かが来ることになっても困る。強面の男と女子高生がふたりっきりで同棲?同居?なんて端から見たら怪しすぎるでしょ。変な噂が立ちかねない。

 

 諦めて段ボールだらけのリビングに戻ると紅茶のいい匂いがした。

 いつの間にか床からキッチンへと移動していた那知が、紅茶を淹れていた。カップをふたつ手にソファーに戻ってきて、相変わらず目がなくなる笑顔を浮かべながらカップのうちのひとつを差し出してきた。


「はい、どうぞ。ミルクたっぷり、砂糖少なめ」


「………………ありがと」


 当たり前のように用意された、私の好みに合わせた紅茶。なんだか胸のあたりがむずむずする。

 

 さっきと同じように私がソファー、那知が床に座った。マグカップを両手で抱え込み、ふーふーと息を吹きかけている幼馴染を横目に見る。猫舌の彼女は一生懸命にふーふーしている。昔から熱いのは苦手なくせにカンカンに熱いのを淹れるからなかなか飲めないのだ。


「お嬢さぁ、それって高校デビュー?」


 どう話を切り出そうかと頭を悩ませていたら、唐突に那知が問いかけてきた。

 彼女の視線は私の頭に向けられている。


「……心機一転よ」


「へえ〜」


「……何? あんたも似合ってないとか言うつもり?」


 地方都市とは言え、地元よりも都会の高校に通うんだ。

 イマドキのJKになりたくて、雑誌の切り抜き片手に美容室へ行き、思い切って髪型を変えた。髪を染め、パーマをかけた私の髪はかつての腰まであった真っ黒で真っ直ぐな髪とは正反対の、ゆるくふわふわとした茶髪になっている。急に明るい色にするのは怖かったのでミルクティーグレージュっていう色にしてもらった。長さも肩甲骨やや上くらいまで切った。

 美容室から帰った時、組のみんなは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。「お嬢がグレた!」から始まり、「お嬢に男が!?」とあらぬ疑いをかけられ、素直に褒めてくれたのはおじいちゃんと喜助兄ちゃんだけだった。金髪やら剃り込みやら背中におっきな絵を背負った奴らに「グレた」と言われたことだけは解せない。

 

「んー? お嬢に合ってると思うよ? ふわふわしてて、おいしそう」


「おいしそうってあんた……」


 ふわふわしてるのは那知の頭のほうだろうに。


「どんなお嬢でもかわいいよ。前のも好きだったけど、今のも好き」


 にっこりと笑って言われるとどう返したらいいかわからなくなる。褒められたことは嬉しいけど、それを表に出すのが悔しくてもにょもにょする口元を隠すようにマグカップに口をつけて誤魔化した。


 誤魔化しのつもりでも、温かい紅茶を飲んだら少し気持ちが落ち着いてきた。

 玄関を開けたら那知がいて、おじいちゃんからの電話で那知が『護衛』になって一緒に暮らすことを知らされて……ここに着いてから怒涛の展開に頭が混乱していた。お茶を飲んでやっと一息つけた。そうするとさっきから気にできていなかったことが気になってきた。


 やたらとふーふー息を吹きかけながらお茶を冷ましている那知をちらりと横目で見る。

 

「……あんたさ、それ」


「ん?」


「その、『お嬢』ってやつ。なんなの? 前はそんな呼び方してなかったじゃない」


「あたし、お嬢の護衛だからね。ちゃんと立場はわきまえての呼び名だよ? これからはいつでもどこでも一緒にいてお守りしやすっ!」


 胸を張ってドヤ顔しながら組の新入りみたいな話し方をする那知。

 まるで組の一員になったみたいな言い方にもやもやする。

 

「……学校では話しかけてこないで」


「えー」


 不満そうな声を上げながら眉を寄せる那知。ほんとにコロコロ表情が変わるわね。こういうところは変わってない。


「あんたが学校で『お嬢』って呼んだらせっかく地元から離れた意味がなくなる」


「…………わかったよぉ、じゃあ話しかけない」


「あ、もちろん登下校も別よ。あんたと私は赤の他人」


「あたし、護衛なのに」


 …………さすがにやり過ぎ? しょんぼり顔の那知を見てると罪悪感が…………いやいや、私は高校で普通の女子高生として友だちをつくりたいんだから!

 いかにも不良みたいな金髪の那知と一緒にいて、『お嬢』なんて呼ばれたらいつ家のことがバレるかわからない。そしたらまたひとりぼっちの学校生活になっちゃう。

 そもそも那知が『お嬢』なんて呼ばなきゃいいだけじゃない。昔は『わーちゃん』って呼んでたくせに。それに、身長だって私より小さくていっつも私の後を追ってきて――


 なんかむかつく。

 私に内緒でおじいちゃんと喜助兄ちゃんと結託してたのも、昔と変わらずにこにこしながら私のことを見ているのも、なのに私よりも身長が高くなっているのも。このむかむかをどうしてくれようか。

 

「お嬢?」


「………………もし学校で私に話しかけてきたら殴る」


「そこまで?!」


 ガーン!という効果音が聞こえてきそうなくらい絶望顔をした那知を見てたらちょっとだけスッキリした。ちょっとだけ。


 

 

 

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