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お嬢はもやもやする


「こ、小森さんっ! おはようございますっ!」


「那知ちゃーん! こっち向いてー!」


「ね、バレー部に興味ない?」


「ちょっと待って、ウチが先に目つけてたんだけど」


 移動教室のために廊下に出てほんの数メートルの間に人だかりができた。というか囲まれた本人は教室から出られてない。教室まで乗り込んでこないのはせめてものマナー……なのかしら?

 しかも同学年だけじゃなくて先輩も何人かいるみたいだ。あっという間に人混みに飲み込まれていった那知ははるか遠く。今朝も疲れ切った顔で教室に入ってきて、その後もクラスメイトに群がられてたけど、なるほど。これは疲れるわね。


「おー、那知の人気すっごいね」


「球技大会であれだけ目立ってたもんね。わたしも部活の子に那知ちゃんのこと聞かれたよ」


「来年の体育祭で応援団なんか出たら大変なことになりそうだね」


 我が日奈森高校では2年毎に体育祭と球技大会が交互に行われる。今年は球技大会だったから、来年は体育祭。その次は球技大会、ということになる。私にとっては体育祭2回のほうが嬉しいけど……こればっかりは仕方がない。

 そして体育祭の花形と言えば応援団であり、これは各学年から立候補で決められる。応援合戦はこの学校名物でもあるそう。しかも体育祭自体が2日にかけて行われるから、全体的に見応えのある行事だと高校を選ぶ時の学校説明会で先輩が熱く語っていた。だから2年に1度の開催なんだとか。


 それはさておき。

 

「……でも那……小森さんはそういうの、あんまり好きじゃなさそうだけど」


 そう、那知はそういう行事に興味がない。ましてや一番目立つ応援団に立候補するとは思えない。周りからの推薦ならいくらでもありそうだけれど。


「あー確かに。那知、球技大会もやる気ない感じだったもんね。でもその場になったらまたやる気になるんじゃない?」


「那知ちゃん、足も速いからリレーの選手にも選ばれそうだよね」


「そっちは確実に推薦されそうね」


 嫌そうな顔をしててもなんだかんだで本番にごぼう抜きしていくのが目に浮かぶわ。

 そうやって周りとの距離を縮めてくれると私としては安心できるんだけど。果たして来年までにちゃんとクラスメイトとの交流をするのかしら。この前の球技大会ではほんの少しだけでも周りとコミュニケーションをとるようになったみたいだし、きっと麗奈や芽依ちゃん、他の子たちにもいつものふにゃっとした笑顔を見せる日が来るかもしれない。


 ――ずきん。

 

「……?」

 

「和華? どうかした?」


「……ううん、なんでもないわ」


 胸の辺りに何かわからない違和感があった気がしたけれど、きっと気のせいだろう。軽く首を降ってから麗奈たちと理科実験室へと向かった。



◇   ◇   ◇   ◇



 結局、那知は授業に遅れてきた。ついでにその後の昼休みにも教室の入口に他クラスの子たちが詰め寄せていたけど、那知はチャイムが鳴った瞬間にどこかに消えた。いつものことながらあっという間にいなくなり、どこにいたのかは誰も知らない。

 放課後も部活勧誘のために運動部の同級生や先輩が顔をのぞかせていたけど、那知が消えるほうが早い。普段はのんびりしてるくせに、逃げるのだけは速いのよね。夏休みに宿題をやらせようとした途端に縁側から消えてこちらが諦めるまで出てこなかったからね。組のみんな総出で探しても見つからなかった。あまりにも見つからないから外に出ちゃったんじゃないかって心配し始めた頃にひょっこり現れたから喜助兄ちゃんにしこたま怒られてたっけ。

 

 昼休みも放課後も、那知がいないとわかるとみんな解散していったけれど……そんなことが1週間続いてる。

 授業が終わる瞬間には那知がいなくなっているので、麗奈や芽依ちゃんを交えての昼食も球技大会の時にしたっきりだ。別に一緒にご飯を食べたいってわけじゃないけど。ただ、知らない人が那知の話をしているのが自然と聞こえてきて、なんだかイライラする。

 ……これはいつまで続くのかしら。

 

「………………」


「………………」


 さすがにこうもぐったりしてる那知を目の前にしたらそう思うのも仕方ないと思う。

 連日のように追い回され、逃げ回り、でも帰ったらいつも通りに夕食の支度を済ませてあったのに今日はそれすらもできなかったみたいだ。普段は私が座っているソファーに制服のまま寝転がってるし。


「……………………」


「…………いつまでそうしてるつもり?」


「あ〜、お嬢〜……おかえり〜」

 

 そう言いながらまたソファーに突っ伏してしまった。息できてるのかしら。

 というかスカートのままソファーに寝転がるのはどうなの。ちょっと動いたら見えちゃいそうじゃない。ただでさえ那知は肌が白くて手足は細いけど決してスタイルが悪いわけじゃないのに、こうやって無防備でいられるとどうにも落ち着かない。目が離せなくなる、というか――

 

 いや、何考えてるのよ。那知よ、那知。目の前にいるのは幼馴染で、同居人の那知じゃない。


「んあー……夕飯の準備するね」

 

「いいわよ。たまには私がやるから」


「んんっ、だいじょぶ。もう復活したから」

 

 突っ伏したまま一度大きく伸びをして那知が体を起こす。その時に余計スカートがめくれそうになったから慌てて目を逸らした。那知相手に本当に何やってるんだろう、私。


「毎日大変そうね」


「ねー。なんでみんなあんなに元気なんだろうね」


「……あんたのことを言ってるのよ。なんで他人事になるわけ?」


 なんでそこできょとんとするのか。不思議なものを見るようにいつもは半開きの目が大きく見開かれている。


「もしかしてお嬢、心配してくれてるの……?」


「……悪い?」

 

「てっきりお嬢は喜んでるんだと思ってた。あたしにクラスメイトと仲良くしろって言ってたくらいだし」


「あれは仲良くって感じでもないでしょ。それにあんた、昔っからたくさん人がいるとこ苦手じゃない」


 交友関係を広げてほしいとは思っているけど、那知が苦手な大勢でわいわいすることを望んでいるわけじゃない。ただ、私だけじゃなくて例えば麗奈や芽依ちゃんと仲良くしてほしいって思ってるだけだ。疲れさせてまで誰かと仲良くさせたいんじゃない。

 そもそも私が言っていたのはあまりにも無愛想すぎる那知が他の人とまともにコミュニケーションを取れってことだし。今みたいに学年問わずに人気が出て囲まれている状況は違う。


 目をまんまるに見開いていた那知が今度はふにゃりと笑う。いつも通りに細められた瞳が私のことを見つめている。胸の辺りにあったもやもやとした何かが少しだけ晴れた気がした。

 

「えへへ、ありがとう」

 

「何が?」


「お嬢があたしのこと心配してくれてて、それにわかってくれてるんだなって思うと嬉しくて。もっと頑張れーとか言われたら夕食がしいたけ尽くしになるところだったよ」


「八つ当たりじゃない。……それにもう食べられるからね、しいたけ」


「そうなんだ。じゃあ煮物に入れても大丈夫だね」


「………………もちろん」


 何がおかしいのか、今度はくすくすと笑いながら那知が立ち上がった。

 楽しそうに笑っている那知の声に耳がくすぐったい。さらさらの金色が動きに合わせて揺れる。もう一度大きく伸びをする那知からまた目が離せなくなった。いつも通りの那知なのに、私はいつも通りじゃない。


「ん! じゃあ夕食の準備しよっかな」


「煮物?」


「ううん、オムライス。卵が安かったんだぁ」


「那…………」


「ん?」


「な……なすの煮浸しもお願い」


「なすは買ってきてないから明日でもいい?」

 

「えぇ、いいわ」


「じゃあ明日は和食だねぇ」


 足取り軽くキッチンへと向かう那知の背中を見送り、私は自分の部屋へと戻ることにした。

 さっきまでの胸のもやもやとは別のもやもやを抱えながら。




 

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