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幼馴染護衛はやる気になってみる


 あ、お嬢がこっち見てる。


 試合が始まる直前、ボールトスのために1歩集団よりも前に出た時、視界の端に見えたからそのまま顔を上に向けてみるとやっぱりいた。2階の観覧席に同じクラスでお嬢と仲良くしてくれてるちっちゃい子――確か羽山さんだっけ。その子とふたりで並んで座っている。多分、もうひとりの仲良しさんである大河内さんの応援だろうなぁ。


 あんまりじっと見てると後で怒られるから一瞬だけお嬢のほうをしっかりと見たら目が合った。

 うん、驚いてる、驚いてる。あたしと目が合うことなんてめったにないもんね。

 びっくり顔がかわいくて、つい口角が上がってしまったけど、誰にも見られてないうちにきゅっと口元に力を入れて戻した。


「では、1年2組対3年3組の試合を始めます」


 たぶん体育委員っぽい子がボールを持ってあたしと相手選手の間に立ちながら宣言した。

 球技大会なんてやる気なかったし、適当にやってればいっかなって思ってたんだけど。


『ちゃんとやんなさいよ』


 お嬢の声が聞こえた気がしたから、ちょっとだけ。

 あたし――わたしもやる気になってみようかな。


 上に放り上げられたボールを目で追う。一番上に達してからじゃないとダメなんだっけ。

 目の前の相手がぐっと足に力を入れ、飛び上がろうとしたのが視界の中に映った。

 ちょっとだけ遅れたけど、たぶん大丈夫。ぎゅっと踏ん張って垂直に飛び上がった。

 

「――小森さん、ナイスッ!」

 

 指先にボールが引っかかった感触があって、同時に弾き飛ばした先にいたクラスメイトの声が聞こえた。

 着地するまでの一瞬に周りを見渡す。こういう時、喜助さんに教わったことが役に立つんだなぁ。喧嘩の時は全体を見ろ、全体を把握しろってよく言われてて、喜助さんの部下の人たちと稽古したりしてたんだよなぁ。1対多数って脳みそいっぱい使うからちょっと疲れる。


 相手ゴールに向かってボールを回しながら距離を詰めるクラスメイトたちの動きと、それを阻止しようとする相手チームの動き。両方を注視しないように、全体をふわっと見る感じで。そうやって場を把握しながら、良さそうな場所を見つけた。


「へいっ!」


 今ボールを持ってる子の名前がわかんないからただ大きな声を出しながらアピールする。あたしの声にびっくりしたのか、目を大きく見開いてるけどそんなことしてたら相手チームに取られちゃうよ。案の定、にゅっと横から手が出てきたけど、ボールを持ってた子はすぐに我に返ってくれたので取られる前にあたしのところにボールが飛んできた。


 ふむ。いいパス。

 周りに敵もいないね。ちょっと遠いしいきなりここから打つとは思ってないんだろうなぁ。


「……しっ」


 自然な動きのまま放り投げたボールは綺麗な放物線を描きながらゴールポストに吸い込まれていった。ボールが床に落ちて跳ね返る音が体育館に響く。急にみんな静かになったからあたしが喜んだ声も響いちゃったんだけど。恥ずかしいな。


「こ、小森さん…………すご…………」


 口をぽかんと開けたクラスメイト……あ、大河内さんだった。うん、大河内さんがあたしのことをじっと見つめてくる。みんな相手から目離しすぎじゃないかなぁ。

 

「…………次、いこ」


 ほらほら、さくさく行こう。

 


 ◇   ◇   ◇   ◇



 さて…………困ったことになっちゃった。


「ね! ね! 小森さんすっごいよね!」


「う、うん! あんなところからシュート打って入れちゃうし、その後もいっぱいゴール決めててすごかった!」


「やー、うちもバスケには自信あったけどまさかこんな逸材がうちのクラスにいたとは思わなかったよー」


 バシバシ肩を叩いてくる大河内さん。キラキラおめめで見つめてくる羽山さん。それから――


「ね、和華もそう思うよね!」


「………………そうね」


 めーっっっちゃ不機嫌なお嬢が目の前にいる。


 試合が終わってからすぐに大河内さんに捕まって、お昼休みに突入したところで逃げようと思ったら引き摺られてここまで来ちゃった。学校では話しかけるなって言われてるのにね。どうしようかね。


 …………うん、まぁ仕方ないね。とりあえずご飯食べよ。


 目の前で繰り広げられている絶賛?称賛?を右から左に流しながら、持っていたお弁当袋からお昼ご飯を取り出した。


「え、小森さん、それだけ…………?」


「? そうだけど」


「少なすぎない……?」


 さっきまでマシンガンでしゃべっていた大河内さんと羽山さんの視線があたしの手元に集まる。その視線を辿るように自分自身の手元を見てみるけど、朝作った小ぶりなおにぎりが2つあるだけだ。


「? 充分」


「嘘だぁ」


「こ、小森さん、よかったらわたしのおかず食べる?」


「いらない」


「えー、うちのパンあげるよ?」


「いらないって」


 なんで断ってるのにくれようとしてくるの、この人たち。実際におかずとちぎったパンが羽山さんのお弁当の蓋に乗せられて献上されてるし。あ、卵焼きの横にジャムパン置かないでほしい。

 しかもお嬢までじっとこっち見てくる。おもむろに唐揚げを掴んでまた蓋の上におかずが増えた。あ、おかずあげるっていう流れなの?


「…………あげる」


「和華のお弁当は美味しいよ!」


 なぜか得意げな様子の大河内さん。お嬢のお弁当じゃん。それ、あたしが作ったやつだからね。


「…………ありがとう、ございます」


 とりあえずお礼を言っておこうかな。

 別におにぎり2つで充分なんだけど。もともと食が細い自覚はあるし、実際燃費がいいのか少量でも困らない。食べるの遅いからあんまり量多いとお昼休み中に食べ終わらないんだよね。

 でもせっかくくれたものだし無下にもできないから。というか、さっきからお嬢の『もっと食べなさい』って視線を感じるので大人しく食べておこ。


 みんなそれぞれお弁当を食べながら和気藹々とおしゃべりしているのを見守りながらあたしもおにぎりを啄む。


「小森さんって中学どこ?」


「県外」


「へぇ〜。和華も県外だっけ? ってことは小森さんも一人暮らし?」


「…………まぁ」


「そうなんだぁ。いいなぁ、一人暮らし。あ、でも家事も全部自分でやってるだよね。それはうち、できないなぁ」


 放っておいても話してる大河内さんに羽山さんもうんうんと頷いている。あたしだってお嬢のためじゃなければ家事しようとは思わないな。料理だってお嬢においしいものを食べてもらいたくて覚えたんだし。


「ね、ね、小森さんって下の名前、那知っていうんだよね?」


「そうだけど」


「あのさ、那知って呼んでもいい? うちも麗奈って呼んで!」


「わ、わたしも那知ちゃん、って呼びたい、な」


 …………唐揚げを頬張っている間になんでそんな話になってるんだろ? 距離の詰め方が唐突じゃない? 都会の子ってこんな感じなのかな。


「別にいいけど」


 あたしの言葉にふたりして大はしゃぎされると困惑が大きくなる一方だ。




 

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