お嬢と球技大会当日
「いやぁ、晴れたねー」
「…………そうね」
「和華、あからさまに元気ないじゃん」
それはそうでしょ。だって今日は球技大会当日よ。
しかも梅雨前の晴天。もれなく私が参加するソフトボールは外で決行される。ただでさえ苦手な球技にカンカン照りの太陽なんて気分が落ち込まないわけがない。
結局、喜助兄ちゃんに球技大会の話をしたらグローブとボールが送られてきた。組のみんながたまに遊びでやってるから家にグローブとボールがあるのは知っていたけど、なぜかピッカピカの一式が届いた。新品だと使いづらいらしく、しっかりと手入れされた跡があるって那知が言ってたっけ。相変わらずウチのみんなは過保護すぎる。
そのグローブを使って那知がキャッチボールの練習相手をしてくれたけど…………まぁ結果はお察し。
「外の競技は早い時間にやるんだっけ」
「そ。午前中に予選まで終わらせて、決勝は午後イチでやるんだって」
「そっかぁ。ま、うちらのバスケも午後に準決勝と決勝やるらしいからお互い時間が合えば応援って感じかな。芽依の出番はいつ?」
「わたしは10時からです」
各々のスケジュールを確認してみると私が出るソフトボールの試合が一番手だった。麗奈たちのバスケはシードだからお昼前。
男女別れて、学年混合で行われるから1日で終わらせるには結構タイトなスケジュールだ。
クラスでSHRを終えた後、各々自分が出る競技の時間に合わせて移動する。出番がまだであれば他の競技の応援……なんだけど。
「ライトーッ!!!」
飛んでくるボールは確実に私に向かってきている。落下地点に入り、腕を上げる。左手につけたグローブを右手を添えて両手で掴むように……!
「…………捕れたッ!」
ここからが問題だ。落とさず捕れたところで、ランナーは私の動向を見ながらベースから離れてリードしている。
「セカンッ!」
手を上げているあの子に投げればいいのね!
右腕を後ろに持っていって、投擲するように――
「あッ!」
――やっぱり明後日の方向へと飛んでいく。
すでに何度か私の暴投を経験していたクラスメイト兼チームメイトが慌ててボールを拾いに行ってくれた。幸い、ランナーは3塁で止まっているので、点が入ることはなかった。
「どんまい! 藍沢さん、ナイスキャッチ!」
右側から同じ外野を守っている子が声を掛けてくれた。申し訳無さと有り難さが同時に押し寄せてきて、曖昧に笑いながら手を上げることしかできなかった。
捕るところまではなんとかできるようになったけど、その後のボールを返せない。
比較的ボールが飛んでこないライトに配置されたのにやたらとこっちに飛んでくるし……捕ってから暴投は試合が始まって4回裏の今までで3回はやっている。つまり各回に1回は絶対やってるってことだ。そもそもソフトボールに出ている生徒は比較的運動が苦手だったり、あまりやる気のない子たち。結果ぐだぐだな展開になる。ボールが外野まで飛んでくること自体少ない。そんな中で私のところにボールが計4回飛んでくるってどういうことよ?
「次で最後の回だよ! 点差もどっちつかずな感じだし……もしかしたら勝てるかも?」
なんとか点を与えることなくアウトを3つ取れたところでベンチに戻ると唯一のソフトボール経験者である伊達さんがみんなを鼓舞するように言った。やる気がないとは言っても勝てればやっぱり楽しいし、もしかしたらみんなやる気になるかも。
「勝てたらもう準決勝だっけ?」
「そうそう。2個勝てば優勝」
「でも今日の暑さであと2時間近く太陽の下は辛いわぁ」
「ね、日焼け止め塗り直さないと」
やっぱりそうでもないかも?
「ま、勝てたらラッキーってことで」
伊達さんの軽口がきっとフラグになって――
「和華おつかれー。1回戦敗退おめでとう」
「…………逆じゃない?」
普通に負けた。
見事なシーソーゲームは相手チームに軍配。最後の最後でひょろひょろと飛んでいったボールが外野の頭を超え、もたもたしている間に点が入ってあっさり終わった。
「この暑さの中で外にずっといなくていいから『おめでとう』でしょ?」
「それはそうだけど」
「それより、芽依ちゃんの試合もう始まってるんじゃないかな。行こうよ」
麗奈に促されてグラウンドを後にする。
◇ ◇ ◇ ◇
体育館の中はグラウンドと比べるまでもなくたくさんの人がいた。そりゃわざわざ日陰もない外より多少は暑くても室内のほうがいい。
かく言う私も麗奈に言われるもなく1回戦で負けてよかったと思ってるし。
「麗奈ちゃんたち、そろそろだよね」
「うん。この試合が終わったら次だって」
体育館の2階部分にある観覧席エリアに座りながら芽依ちゃんとふたり、下で行われている試合を見守っていた。
体育館内を2つに分けてあっちとこっちで男子と女子の2試合が並行して行われている。私たちが座っているのは女子側。
「麗奈ちゃんたちの試合に間に合ってよかったぁ」
「はは……そうだね……」
間に合ったというか、間に合わせたというか。
芽依ちゃんの卓球はなんていうか…………すぐ終わった。運動は苦手なりに頑張っていた、ということだけ言っておこう。本人はあっさり負けたことに何も思うことはないみたいだし。
ピーっと甲高い笛の音が聞こえ、前の試合が終わった。
選手が入れ替わる時間と軽いウォーミングアップを挟んでウチのクラスの試合が始まる。相手は3年生だ。
真ん中に選手が2人出てきてボールトスが行われる。
「あれ、小森さん?」
芽依ちゃんの言う通り、出てきた選手は那知だった。クラスの中で身長の高い那知はバスケ組の中でも一番大きい。だからボールトスに抜擢されたんだろうけど、相変わらずやる気はなさそうだ。『クラスに馴染め』って言ってからも那知の態度は変わっていない。相変わらず1日に交わす言葉は少ないし、バスケのメンバーとの練習には参加していたみたいだけど会話が成り立ってるのかな。
「…………ちゃんとやんなさいよ」
隣に座る芽依ちゃんにも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
その瞬間、那知の顔がこちらを向いた。何の気なしに周りを見るような仕草で、しっかりと私のことを見つめている。
目が合ったのはほんの一瞬。誰も気づかないくらいの短い時間だったけど、確かに私のことを見て、そしてふにゃりとした笑顔が見えた……気がした。
「和華ちゃん? どうかした?」
「…………ううん、なんでもない」
なんでもない。ちょっとドキッとしたのは学校で目が合ったからだ、きっと。




