お嬢と球技大会
中間テストを終えて、5月も下旬に差し掛かった。
最近は日中も半袖で過ごせるくらいに陽気が続いている。過ごしやすくていい。ぽかぽかしてると眠くなるわよね。
「じゃあ、球技大会の競技を決めまーす」
あー、窓際の席だったら絶対寝てる。このくらいの陽気の時に縁側でまったりしながら頂くお饅頭と熱いお茶が最高なのよね。
「競技はバレー、バスケ、卓球、ソフトボールです。人数制限がありますので、人気がある競技は後で抽選します。最低でもひとつの競技には参加してください」
「ね、和華はどれがいい?」
「………………はぁ」
「わ、やっとこっち見たと思ったらすっごいため息つくじゃん」
けらけらと笑う麗奈の向こう側に現実が見える。
黒板に書かれた競技名と、それぞれの競技に出られる人数。粛々と説明している学級委員と板書をする体育委員。逃げ出したい現実にそのまま体を机に倒れ込ませた。
「地球滅びないかな」
「そこは風邪ひかないかな、とかにしとこ? 球技大会で地球滅んだら地球がいくつあっても足らないよ」
球技全般が苦手な私にとっては球技大会なんて天敵でしかない。どの競技に出ても球を使うんだから。どれに出ても結果は同じよ。あらぬ方向にボールが飛んでいく未来しか見えない。
「和華、どれに出たい?」
「…………私が出られる競技」
「それはなかなか難しいねぇ。んー……卓球とかのほうが個人競技だし負けたらそこでおしまいだからいいのかな?」
黒板に群がるクラスメイトを横目に麗奈が言う。
確かに個人競技だったら周りに迷惑を掛けなくていいかも。チームプレーだと私のせいで負けた時にいたたまれないし。
「あ、でも卓球の人気すごいね」
麗奈の言う通り、先に黒板に名前を書いているクラスメイトのうち3割くらいがそこに名前を書いている。私と同じように運動が苦手な人とやる気があまりない人たちが集ってるみたいだ。これで卓球に名前を書いて、抽選で外れて違うところに強制的に入れられるのはリスクが高いような……。
「…………じゃあソフトボールとか?」
こっちは人数が多いし、立ち位置さえ間違えなければボールも飛んでこないかもしれない。
「あー。そうだね…………後ろにやらなければいいんじゃない?」
うん、どれを選んでも足は引っ張りそうね。
それでも比較的ダメージが少なそうなソフトボールを選んで名前を書いた。麗奈はバスケ、芽依ちゃんは卓球に名前を書いている。
他の人もみんな書き終えるのを待ってから学級委員長が人数のチェックを始めた。『最低でもひとりひとつ』ということは補欠としていくつか掛け持ちで出る人もいるということだから、ダブって書いてる人をカウントしながら名簿と突き合わせている。
「えぇっと…………これで全員書きました? あ、小森さんがまだですね。小森さん、どれにします?」
「余ってるとこで」
「あ、はい。じゃあ先に人数が多い卓球から抽選して……その後余ってるところにお願いします」
間髪入れずにそう答えた那知に学級委員長の彼は一瞬だけたじろぎ、改めて黒板を見渡す。
やっぱり卓球のところには名前がズラッと連なっている。人数はシングルス3人のダブルス1組で5人のところ、10人近い名前が書かれている。卓球だけは男女合同らしいので、5人がマックス。残りの競技は男女別でそれぞれ人数に達しているところと達していないところがある。人数に達しているところはそれで決定だ。
「あ、芽依が勝ったね」
「ほんとだ」
教卓前でじゃんけんをする卓球希望者たちの中で何人かがガッツポーズをしてる。その中には嬉しそうに両手を胸の前で握りしめている芽依ちゃんもいる。
「よかったね、芽依」
「うん! 他の競技だと絶対足引っ張っちゃうから、勝ててよかったよぉ」
改めて黒板に自分の名前を書かれているのを見届けた芽依ちゃんが私たちの元へと来た。芽依ちゃん、運動苦手だもんね。
「残すところはっと。あー、バスケがひとり残ってるね」
どうやらじゃんけんで負けた人がみんなソフトボールに流れたらしい。
2種目に名前を連ねてる人も何人かいる中、まだひとつも名前を書いてないのはあとひとりだけ。
「じゃあ小森さんはバスケでお願いしますね」
恐る恐ると言った様子で学級委員長が話しかけるのに那知は素っ気なく頷いただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あんた、ちょっとはクラスに馴染もうとしなさいよ」
「んん? ふらふ?」
「…………飲み込んでからでいいわよ」
唐揚げを咀嚼している時に話しかけるべきじゃなかった。
リスみたいにほっぺたを膨らませながら那知が首を傾げている。
「んくっ。……んー、別に馴染まなくても問題ないよ?」
「そういうわけにはいかないでしょ。今度の球技大会とかチームワークが必要になる場面だってあるんだし」
秋には文化祭もある。全くクラスと関わらないで過ごすこともできない。
中学までずっとぼっちだった私が言えることでもないけど。いや、私だってぼっちはぼっちなりに貢献していた。……はず。
「あたしのことより、お嬢だよ。球技大会なんてお嬢にとって地獄じゃん。キャッチボールくらい、しとく?」
「私の心配はいいのよ。………………キャッチボールは今度する」
せめて投げるべき方向にボールが飛ぶようにはしておきたいし。
「じゃあボールとグローブ買ってこなくちゃね。あ、喜助さんに言えば送ってもらえるかな」
「そんなことで喜助兄ちゃん使うんじゃないの。喜助兄ちゃんだって忙しいんだから」
「えー。いつでもなんでも言ってくれって言ってたよ? 喜助さん、頼りにされるの嬉しそうなのに」
「あの人は何でもかんでも自分ひとりで背負い込みたがるからあんまり便利に使わないのっ。ただでさえ面倒見良すぎていつもいっぱいいっぱいなんだから。…………って、喜助兄ちゃんのことじゃなくて、あんたのことよ」
「あたし?」
危うく話題を完全にそらされるところだった。喜助兄ちゃんの苦労人エピソードは語りだしたら止まらないのよ。あの人、いっつも誰かの面倒見ては貧乏くじ引かされてるから。
喜助兄ちゃんには悪いけど、それより那知だ。ただでさえ普段から塩対応どころか無反応で、学校が始まって2ヶ月が経とうとしているのにクラスから浮いてるんだから。この球技大会で少しくらいクラスメイトと関係を持ってほしい。
「別に困ってないよ?」
だというのに当の本人はこの調子だ。
「周りが困るわよ。せめて日常会話くらいはしなさい」
「してるよぉ」
「一言だけ返すのは日常会話とは呼ばないわよ?」
今日も『余ってるとこで』しか言ってないじゃない。それは日常会話とは呼ばない。
「えー…………別にいいじゃんかぁ。なんでお嬢があたしの心配するの?」
「なんでって……」
幼馴染だから? 同居人だから? 同じクラスのクラスメイトとして?
いざ問われてみるとパッと答えが出ない。ただ学校での那知を見ているとあまりにもな態度にハラハラして、今目の前にいる那知を知らない人が那知のことを悪く言うんじゃないかって心配になる。本当は素直で表情豊かなのにって。勘違いされると思うと腹が立って――
「お嬢、あたしのことよく見ててくれるんだね」
へにゃへにゃ笑いながらも嬉しそうに目を細めているのが視界に入った。
こっちが心配しているっていうのにこいつは。
「うっさい。見てない。ただあんたが普段から無愛想なのが気になるだけ」
「ふあっ、ふぁからほっへはひっははららいへ〜」
くっ、この感触がクセになりつつあるっ。




