和華と那知のはじめまして
気づけば苦労人枠、喜助にいちゃん目線のお話。
「おう、喜助。おかえり」
「へい、ただいま帰りました」
仕事を終えてすぐに親父の部屋へと向かった。今日は簡単な取り立ての仕事だった。組に入ってあまり日が経ってない俺にはこれくらいの仕事しか回ってこない。だからと言って手を抜いたりはしない。世話になってる親父と、俺のことを拾ってくれた若旦那のためにも俺は組の一員として一端の漢になると決めている。
仕事の進捗を報告に来るのはいつものことだ。いつも通り上座にどんと座ってる親父の前で正座して今日のことを伝える。いつも通りの光景……のはずが、なぜか親父が渋い顔をしていた。
「…………どうしたんすか?」
「ん、あぁ。ちょっとなぁ。和華のことでな」
親父の孫娘であるお嬢――和華さんはまだ4歳だ。明るくて、元気な女の子。組に入ったばかりの俺にも気さくに声をかけてくれる。とてもいい子だという印象がある。お嬢はみんなのお姫様で、親父もお嬢の前では優しい祖父だ。
「実はな、喜助に頼みてぇことがあるんだ」
「? 俺にすか?」
「喜助が一番適任だと思ってんだ。明日、客が来る。和華に会わせてぇってずっと佐江が言ってた相手だ」
「…………佐江さんがっすか」
「あぁ。学生時代の友人なんだと。子ども同士が同い年だからいつか会わせてぇって言ってたままあいつらは逝っちまったけどなぁ。奴さん、やっとこっちに来れるからって律儀に約束を守ってくれるんだと」
「へぇ……いい友だちっすね」
「全くな。ついでに線香を上げてぇらしい」
若旦那とその奥方である佐江さんは2年前に亡くなっている。俺も若旦那たちの死を知ったのは組入りでここの門を叩いた時だ。やっと恩返しができると思っていたのにすでに恩を返す相手はこの世にはいなかった。忘れ形見であるお嬢と親父に報いるのが今の俺の目標だ。
「で、だな。俺ぁ明日、ちと会合に顔を出さなきゃなんねぇ。他の連中に相手させるにはちと顔が強すぎるだろ。だからお前に頼みてぇんだ」
「……へ?」
◇ ◇ ◇ ◇
大事なお客さんの接待を俺に任せるなんて……親父は何を考えてるんだか。
「ね、きすけにいちゃん! どんな子なのかなぁ、わか、きのうからたのしみにしてたんだぁ」
「そっすねぇ。仲良くできるといいっすね」
縁側で足をぶらぶらとさせながら今か今かと来客を待っているお嬢の隣で、俺は胃が痛い思いをしていた。だって若旦那と佐江さんの友人だ。いや、ふたりともヤクザとは縁もなさそうなくらい人当たりのいい方たちだったけど……なんというか、キレるとすっげぇ怖かった。俺も人のことは言えないけど、それ以上だ。普段優しいからこそ余計に怖いということもあったんだろうなぁ。とにかくふたりの友人っていうだけで心のどこかが震え上がりそうになっている。
――ピンポーン
緊張がピークに達しそうになった頃、玄関チャイムが鳴った。日本家屋には似つかわしくない音に俺は腰を上げる。
「お嬢、お客様をお連れしますんで、ここで待っててください」
「うん、わかった!」
広い屋敷の中を迷いなく玄関へ。門前には俺より年上の男女とお嬢と同じくらいの子どもが立っていた。
「藍沢さんのお宅でしょうか」
爽やかな雰囲気の男が頭を下げながらも問いかけてくる。普段俺の周りにいるようなタイプとは全然違う、カタギの男だ。明るい色のシャツにジャケットを着ていて、いかにも「仕事がデキる男」という感じ。……若旦那とはまた違うタイプに見える。
「あ、そうっす。えっと……小森さんっすよね?」
こういう時、俺はまだ言葉遣いが成ってないって兄貴たちに怒られる。だから中学もろくに行ってない、学のない俺が来客対応なんて不安しかなかったんだけど。
「はい。小森です。今日はお邪魔します」
相手の男――小森は特に気にした様子もない。見た目そのまま、爽やかな笑顔で応じていた。
隣に立っている女――小森の妻だろう――もにこにこと微笑んでいるし、ちょっと変わった奴らなんだろうか。
「あ、はい。えっと……どうぞ、中へ」
予想外の対応になんだか肩透かしを食らったような気分のまま、とりあえず中に3人を招き入れた。そのまま縁側で待つお嬢の元へと向かう。
ちらりと小森親子の様子を見れば、ガキが周りをきょろきょろ見つつも母親のスカートの裾をぎゅっと握りしめているのが目に入った。今日は兄貴たちも出てるし、留守番は俺だけ。怖い顔の男が出てきてビビることもないだろう。なのにガキはずっとビクビクしてる。
「お嬢、お連れしました」
襖を開け、お嬢に声をかける。
待ってましたとばかりにお嬢は着物の裾を跳ね上げながら立ち上がったのが見えた。……客人には見えてないからセーフ、だろう。
小森は俺の脇を抜け、スッとお嬢の前にしゃがみこんだ。
自然とお嬢と目を合わせる形になる。
「やぁ、和華ちゃん。初めまして。僕は和華ちゃんのお父さんとお母さんのお友だちで、小森宗士って言います。そこにいるのは妻の梓と僕らの子どもの那知です」
「はじめまして、あいざわわかですっ!」
さすがお嬢。初めての大人にもビビることなく元気よく挨拶をしている。
「ほら、那知。那知もご挨拶しなさい」
小森の妻がガキ――那知に声をかけた。那知は相変わらずビクビクしながらも、母親の影に隠れたままだ。
お嬢は興味津々に首を伸ばしているけど、那知は出てくる気配はない。しびれを切らしたのか、お嬢がパッと那知のほうへと駆け寄った。
「あいざわわかだよ、よろしくね」
そっと手を差し出すお嬢。その手を那知はじっと見つめ、それからお嬢の顔を見つめた。さっきまでの緊張した表情はどこへやら、どこかぼんやりとしている。……ってかなんか顔赤くねぇか、こいつ。
「……けっこんしてください!」
「は?」
「ふぇ?」
大人3人が見守る中、爆弾が投げ込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、那知との初対面はいつ聞いてもおもしれぇやな」
「親父、笑い事じゃねぇっすよ。兄貴たちもみんないなかったからよかっただけで、下手すりゃカタギに手出てたかもしんねぇんすから」
「ははっ、そうなったとしても佐江たちの古馴染みならケロッとしてんだろ」
くつくつと親父が笑う。親父はあの場にいなかったから笑ってられるかもしれないけど、当時の俺は突然のことで唖然とすることしかできなかった。それもその後お嬢が「まずはおともだちからね?」なんて大人顔負けの艶っぽい表情で言うもんだから俺は変にドギマギしてた。下手すると俺の首が飛ぶんじゃねぇかって。当時は髪が短かった那知のことを男だと思ってたから余計に。ガキの性別なんて髪の長さくらいでしか判別できなかったからな。
それが男だろうが女だろうが関係なかったことを思い知ったのはそれから数年後だった。
「ま、和華はそんな時分のことはもう覚えてねぇだろなぁ」
「那知はしっかり覚えてますけどね」
アレは本気だ。ただの幼馴染がヤクザ顔負けの武術やら護身術やら、ましてや脅迫の方法までマスターするかねぇ。
「問題はお嬢に全く伝わってないことっすかね」
「ははっ、ちげぇねぇ。一緒に暮らすようになってどうなるかねぇ」
孫娘のことだというのに親父が楽しげに笑う。昔から知る那知は親父にとって孫も同然。お嬢と那知がもしも結ばれるようなことがあれば手放しで喜ぶだろう。かく言う俺も妹のようにかわいがっているふたりが幸せになるのなら大歓迎だ。
「まぁ、ふたりなら大丈夫だろ」
親父の言葉に俺も頷く。ふたりなら大丈夫。きっと今頃、那知がお嬢を怒らせながらも楽しく過ごしてるだろうから。




