08 パンと歴史と転移魔法と
朝日が差し込み、食堂のステンドグラスが静かに床を彩っていた。
空気は澄んでいる、が、気分は重いままだ。
みんなが膝をついて私にお祈りをした後、あのまま食堂に移動して、長い長いテーブルの、いわゆる”お誕生日席”に案内された。
促されてその席に座ると、目の前にはバスケットにはいっている丸いパンたち、サイドにナッツやクルミとドライフルーツの盛り合わせ、それにヨーグルトもあった。飲み物も何種類か用意されている。
いつもなら、あら素敵な朝食、と思うだろう。
それから、美味しそう、と笑顔になって、こんな風に毎朝用意したいなあ、と思うのだろうけど、今はただただ気が重い。
顔を上げれば、テーブルを共にしているレオノールさんとトーカさん、それに神官たちと目が合う。
みんな微笑みながらずっとこちらを見ている。
「……とりあえずご飯を食べよう。レオノールたちはもう食べっちゃったからさ!俺ももう一つ、パンをいただこうかな」
トーカ、とレオノールさんがたしなめるより早く、トーカさんはバスケットの中のパンを一つとった。
「さぁ、ユウも一緒に」
「あ、ありがとう、ございます…」
そう言ってバスケットを私の前においてくれた。
一つ取ると、トーカさんは得意そうににこっと笑った。
真似をして、パンをちぎり口に運ぶ。
部屋で食べたパンとはまた違って、外は少し硬めだけれど中はふわふわで、ほんのりと小麦の甘味が感じれた。
「……突然のことで困惑されたかもしれませんが、昨日よりもう少し踏み込んでお話をさせていただきます。どうぞ食事をしながら拝聴ください」
姿勢を正したレオノールさんがそう言い進める。
「あなたのように”別世界から来た”人間は、この国の2000年の歴史の中にごく稀に現れます。ただ、ほとんどの人間は一晩寝れば、いつの間にか消え、おそらく自分の世界に帰ります。
私が実際にお会いできたのは、他国の神殿に現れた人間の男性でした。
最も、私が会えたのは出現から何十年も経った時で、もう足腰も悪くなり寝ている時間の方が長くなってました。
もう直接お話を聞けることは叶わなかったのですが、彼自身はひ孫や村の人に囲まれて幸せそうでした。
…そして、現れる人間には共通点がありました。
外見や性別、性格は様々でしたが、神殿や聖地と同じ様にライメア様の魔力が体に宿っていることです。
先に申し上げた男性もそうでした。
そういった彼らと触れ合うと、国が繫栄した、病が治った、戦がなくなったなど、良いことに恵まれたそうです。
いつしかから彼らのような人々をライメア様よりの"招かれし者"と呼び、私達は手厚く歓迎をするようになりました」
シン、と食堂が静まり返る中、パンをゴクリと飲み込んだ。絶望的に2口目が進まない。
「あ、の…そもそもライメア様というのは…?」
「言うなれば、約2000年前にいたとされる聖女です。この大陸の神の力、魔力が弱まってた頃、生涯をかけて祈りを捧げた慈悲深いお方です。おかげで魔力は戻り、人々は無事暮らしを取り戻したのです」
まるで、おとぎ話みたい…。
ぼんやりとそう、思った。
「ですので、早急に大司祭様と王家へご挨拶いただくことになっています」
「で、ですので?!王家……って、王様!?」
「レオノール!」
淡々と告げるレオノールさんと驚く私の間に苦笑したトーカさんが入ってくる。
「説明が足りないってば…ええと、ライメア様からの"招かれし者"であるユウは、最高の"吉兆の象徴"なんだ。この国だけではなくこの大陸の国は信仰が深いから、要人たちがこぞってユウに会いたいんだよ。
それの第1段目が我が国の王家と大司祭様って訳で」
「だ、第1段?!」
目まぐるしい展開にパチパチとまばたきをする。
ただの社会人だった私が、王様と大司祭様に?
「え、ちょっと待って。もしかして朝ごはん食べて、そのあとすぐに王様に会うの?」
「ああ。ちょうど今はライメア祭の準備期間だから、大司祭のいる王都の神殿に王族が滞在してるしな」
パンを1つ平らげたトーカさんがそう笑った。
長い長いテーブルを囲う神官たちが、にこやかにうんうんと頷いている。
「…では、準備をしましょうか」
「え!あ、はい!」
ガタリとレオノールさんが立ち上がり、神官のみんなも次いで立ち上がった。
もちろん私も促されて、レオノールさんの後をトーカさんと一緒に歩く。
案内されて神殿の廊下を歩くと、厳重に封印されたような円形の石室があった。
中心に設置された台座にはライメア様が彫られていた。
「あちらは、転移装置です。普段は馬車で行き来しますが、緊急時や王族や貴族の方が使用しています」
「転移装置……魔法……」
「はい。こちらは生活用品に使われている魔法ではなくもっと高度なものです。こちらは魔法塔の魔法使いに作成を依頼いたしました。神殿の他、同盟国と行き来する転移装置もございます」
「へえ……飛行機より便利だ」
「ひこうき?なにそれ?」
シスターとの会話にひょこりとトーカさんが入ってくる。
こちらの身長に合わせるように少し腰を曲げて、キラキラとした目に私を映していた。
「なんというか、鉄の乗り物で、翼とジェットエンジンがあって、ええと、それに何十人も乗せて飛びます」
「何十人も?魔法なしで?!」
耳をビン!とさせてトーカさんが驚き、次いでシスターも目を丸くしていた。
「エンジン、は聞いたことがあります。今王都の若い貴族たちで流行っている車はエンジンで動くのだとか」
「でも、そのエンジンの中枢は魔法だったよ」
「ええと、魔法のかわりに科学が発展してるんです」
「「科学?」」
科学自体の説明はできるはずもなく、私は口を一文字にする。
驚きに満ちていてでもキラキラとした2人の目に困っていると、先導していたレオノールさんがこちらを振り返る。
「さあ、行きましょう。移動は一瞬ですから」
レオノールさんが手を差し伸べてくれる。
差し伸べてくれた手に手を乗せると、握られることはなかったが、優しく石の台座の上に導いてくれた。
トーカさんも私を挟むようにしてレオノールさんの反対側に立つ。
「留守は任せます」
レオノールさんがそう言うと、シスターや後ろを歩いていた神官が一礼する。
レオノールさんが何かつぶやいたと思うと、周囲の紋章が淡く光り、空間がぐわんぐわん、とひずむように揺れる。
私は、目を固くつぶった。
次回は8/4(月)朝7時に更新予定!