07 夜と朝の間と異世界と
まだ朝と夜が混じった空だった。
今朝はいつもより早く目が覚めた。
こんなに早く起きたのは、いつぶりだろうか。
朝の祈りも早く済ませ書斎に向かったが、中々身が入らず本を何度も何度も開いたり閉じたりしてしまう。
しばらくすると、やはり早く目が覚めたトーカが書斎を訪れた。
「おはよう、レオノール。早いな」
「トーカこそ」
お互いの顔を見て肩をすくめた。
「……まさか、私が直接お会いできるとは」
言葉が、知らずに零れ落ちる。
招かれし者。
歴史の中の奇跡が、この手の届くところにいる。
あり得ない現れ方。
神の魔力を纏った人間。
ここではない異世界の話。
昨日の事を思い出すだけで、胸が高鳴り、そわそわと落ち着かなくなる。このそわそわのせいで、昨晩はうまく寝れなかった。
トーカが尻尾をわずかに揺らしながらこちらを見る。
「レオノールらしくないね」
「……何がだ」
「そわそわしている」
トーカが小さく笑った。
まだ朝も、すっかりは消えていない。
夜の冷たさがほんの僅かに残っているこの時間が、
神に近いと恩師が言っていた。
「……そうだな」
わずかに頬が緩むのを感じた。
ふつふつと沸き続ける高揚が抑えられない。
「これからは忙しくなる…」
「お供しますよ、レオノール閣下」
無邪気にトーカが笑うと、コンコン、と書斎がノックされる音が響く。
思わず、息を飲んだ。
気分転換にシスターが持ってきてくれたパンを1つ食べ終えた頃、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。
「はあい……」
少し重い扉を開けると、昨日のシスターがいた。
にこりと柔らかく微笑んでいる。
「おはようございます、ユウ様」
「おはようございます。私、あの後ずっと眠ってたみたいで…飲み物と食べ物、ありがとうございました」
「とんでもございません。只今、レオノール様をお呼びいたします。私と身支度をしてお待ち下さい」
シスターが扉の向こうに隠れていた誰かに声を掛けると、少し慌てた様子で廊下を走っていく音が聞こえた。
「さあ、まずは湯浴みをいたしましょう」
扉を閉めこちらを見るシスターは、穏やかにそう告げた。
シスターに奥の浴室に案内されると、あれよあれよいう間に浴槽にハーブの香りがするお湯がはられ、ふわふわもこもこと泡が立ち上り泡風呂が出来上がった。
「…魔法は誰でも使えるのですか?」
体を洗い終え、クリームを体中に塗りたくられながらそう聞いた。
ハーブの香りをのせて魔法の風が髪や体を乾かしている。
「さようでございます。いわゆる生活魔法は誰でも少なからず誰でも使えるのですが、神殿で神に仕えると日に日にその力を増していきます。湯船いっぱいにお湯を張る、なんて中々難しいのですよ」
「なる…ほど…」
「では、最後にこちらを」
用意されていた服は、淡い白に金の刺繍がされているワンピースだった。
軽やかな生地で肌になじむ。
長い袖やくるぶし丈の長い裾を揺らめかせれば、わずかにキラキラと輝いた。
まるでドレスみたい。
きっと私が生涯着る衣類の中で一番高い気がする、と思った。
コンコン、とまた扉がノックされる。
返事をしようとすると、身支度を手伝ってくれてシスターが駆け寄って扉を開けてくれた。
今度は、レオノールさんだった。
昨日のような紺色のローブではなく、私と似たような白い生地で格式の高そうな法衣を着ていた。
後ろにはトーカさん。
トーカさんもまた昨日のカジュアルな装いとは違い、格式の高そうな黒い軍服のような服を着ていた。
次いで後ろにはシスターが数名、レオノールさんと似たような法衣を着ている男女の神官が数名。
そして先まで身支度を手伝ってくれたシスターもその後ろに回ってこちらを見据えた。
「……おはよう、ございます」
重い雰囲気に飲み込まれそうで、挨拶をしながら一歩後ろに下がってしまう。
反対に、レオノールさんが一歩前に出て、静かに、けれどはっきりと口を開いた。
「あなたは女神ライメアの御意志により、この世界へ“招かれし者”として迎え入れられました」
言葉の響きは、どこか儀式めいていて、まるで読み上げられる祝詞のようだ。
「その存在は、我らが神の祝福。この地に現れたこと、それ自体が奇跡にございます」
レオノールさんをはじめ、皆が膝をつき両手を握り頭を下げた。まるで祈りのポーズだ。
レオノールさんの声がやわらかに揺れる。
「汝、ライメアの祝福を
受けし招かれし者なり。
この地に歩みし時、
万象はその名に従わん。
我らは、常にあなたの傍に在ります」
まるで、本当に、異世界みたい。
じわりと手に汗がにじんだ。
招かれし者、異世界にて
次回 7/30(水)7時 更新予定!