06 雲と男の子と朝と
ふわふわふんわり。
まるで雲の上にいるような気持ちだ。
見渡す限り一面白くて少し靄がかかっている。
空は青くて澄んでいて、晴天だ。
まるで雲の上にいるみたい。
(わあ、気持ちいいね)
隣で寝そべる男の子が、笑いながらそう言う。
(お姉さん、前にも会ったね。
もしかしてこっちに来ちゃったの?)
(こっちって?雲の上?)
不思議に思って男の子の顔を覗き込む。
黒い髪に水色の目、日に焼けた肌。
(ああ、あの時の!
お母さんは?一緒?)
(…ふふ、お姉さんと一緒だね)
男の子がまた笑う。
少し大人びたような、こちらをからかうような笑い方だ。
(また会えたら嬉しいな。
僕の名前はね、 )
小さく鳥の声が聞こえる。
重いまぶたがゆっくりと開いた。
見慣れない窓を見ればかすかにカーテンから光が漏れていた。
「……あのまま、寝ちゃった?」
体を起こすと薄手の布団が体から滑り落ちる。
まだ重い瞼を少し擦って辺りを見回すと、やっぱり昨日のロココ調の部屋だ。
ベッドの側の机には、サンドイッチのような具をはさんだパンとクッキーのような焼き菓子が置かれていた。
側にはハーブと水が入ったピッチャーとコップが置かれている。
寝落ちした後、昨日のシスターが来たのかな。
ふわふわの大きいベッドから滑り降りる。
壁に掛けられていた大きな鏡に、いつもの服を着たままのいつもの寝起きの私が映った。
風呂にも入らなかったから、顔もドロドロだし髪もボサボサだ。
顔は後で洗おう。
そう考えながらカーテンを開ける。
夜と朝が混じった空だった。
神殿の白い外壁が中庭を囲んでいて、噴水があり、葉が生い茂っている木が何本かあり、鳥がいる。
「夢じゃなかったんだ…」
いつもは見ない風景が、昨日のことは夢ではないと訴えている気がする。
エルフに狼男、魔法、知らない国に知らない宗教。
この大陸だけでも砂漠の国やドラゴンの国、獣人達の共和国。
「…異世界だ」
シン、とした部屋に乾いた私の声が響く。
返事も何も返ってこない。
不意に、一人暮らしを始めた最初の夜を思い出した。
それからぼんやりと色々な事が頭を巡った。
たとえば、こんなに早く起きたのはいつぶりだろうとか、玄関のゴミは大丈夫なのだろうかとか、お母さんから連絡が着てたなとか、
もしかして、帰ることはできないのだろうか、とか。
今考えてもしょうがないけど、ちょっとだけ、じわりと涙が溢れてしまいそうになった。
ぐずっ、と鼻をすする。
「本当に異世界なんだ…」
しみじみとそう考えていると、空から夜がいなくなって朝日が昇り始めた。