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20 お茶会と幼子と白昼夢と

「さあ、殿方はこちらに。私とご一緒にお過ごしくださいませ」



バシールは笑顔を浮かべ、ゆったりとした手つきで男性陣を誘導した。

リカードがそっとユウに近付き小声で告げる。



「この国では、男女が共にいることをよしとしません。我々とは別室で過ごすことになります。聖宮ですので、大事はないと思います……」

「……わかりました。大丈夫です」



ユウは小さく頷いた。



「トーカ、ユウをお願いします」

「もちろん」


アルヴィスにトーカもまた短く返事をした。

声も表情もいつものように明るいが、尻尾を揺らすことはなかった。

見届けたアルヴィスは安心したように頷き、リカードと共にバシールの後を追った。



「お茶をお持ちしました。お座りください」



アネッタがそうユウに声を掛けた。

ユウが振り向くと、絨毯の上へ座るように促された。

促されるまま、幾何学模様のような複雑な模様が描かれた絨毯の上へ座った。

何気なく撫でてみれば、さらりとした優しい肌触りだった。


アネッタも近くへ座り、カップを1つ差し出してきた。



「どうぞお口に合いますように」



願うような口調で柔らかくアネッタがそう言う。

おずおずと受け取ると、まず香りが鼻腔をくすぐった。甘い香り、というより花のように優しい甘い香りだ。

一口飲むと、思わず頬を緩めた。



「……美味しい」



アネッタもまた安堵したように微笑んだ。



「ユウ様は……異世界からいらしたと伺いました。どのような世界なのですか?」



ユウは少し考えた。

どのような、といっても中々難しい。



「えっと……私のいた場所は、魔法がなくて……7歳くらいから学校に入って、成人あたりに大体みんな就職をします」

「……みんな、ですか?」



静かに微笑んでいたアネッタが目を見開いた。

さっきまでは第一夫人の顔だったが、目を見開くその様子は年相応の幼さが垣間見えた。



「ええ、そのまま家庭に入る人や勉強を続ける人もいますけど、働く人が多いと思います……私は学校を卒業してから働いて、一人暮らしもしていました」

「そうなのですね!お仕事は、お仕事は何をされていたのですか?」



ぐいっとアネッタの体がユウに近づく。

アネッタの緑色の瞳がキラキラと宝石のように輝いていた。



「わ、私は事務員です。ええと、書類の整理や情報の管理です。っていうとなんか大事だなあ……去年までお世話になった先輩は起業して飲食店を始めました。カフェ、お茶をお店なんですけど、お茶やケーキも美味しくて中々繁盛しているらしいです」


「管理や飲食店……そうなのですね。とても素敵。その先輩、も女性の方なんですか?」

「そうです。なんでも夢だったそうで、長年計画していたそうです」

「素敵……」



彼女の声には、羨望にも似た柔らかさがあった。

ユウは逆に問い返す。



「アネッタ様は……ご出身もこの国なのですか?」

「はい。私はアズハルの西に位置する家の生まれです。国の端にある町で、アストリアや他国との貿易が盛んでして、行商人たちがよく家を訪れていました」



アネッタは一瞬遠くを見るように目を細めたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべてユウに向き直った。



「……ユウ様は元の世界と比べて、不便に感じることなどはありませんか?」

「え、いえ。大丈夫です。皆さん良くしてくれています」

「それは良かったです。私もっとユウ様の話を聞きたいです!」



アネッタはそう言った。

少し遅れて、ユウの頭の中に先のバシールの声が頭に流れた。



(彼女は幼き頃より我が家に嫁ぎ、学びと勤めを怠らぬ優秀な伴侶です。齢14になりますが、)



ーー幼き頃より、って一体何歳のことなんだろう。



思わず、ゴクリと喉を鳴らす。

急にアネッタに、この世界に現実味を感じたのだ。

同時に、ユウの胸の奥がざわついた。


アネッタはきっとそういう家柄のだったから家のために幼いながらもバシールに嫁いだだろう、と想像がついた。

じゃあ、なんの変哲もない、一般家庭で育ったただの会社員のユウは?



(私は、なんでこの世界に来たんだろう……どうして、)



その"どうして"の続きが、卑下なのか憂いなのか、はたまた、特別感を見いだした喜びなのか、ユウ自身にも分からなかった。



「ユウ様?」



口を閉ざしていたユウを心配そうにアネッタが声を掛ける。



「あ、いえ!なんというか、何をしゃべろうかなあ、なんてハハ」



乾いた笑いがこぼれた。

顔を上げると、目の前にいたはずのアネッタがいない。



「……あれ?」

「やあ、ユウ。また会えたね」



場所や景色は変わらない。

ただ、アネッタやアネッタの侍女、壁際に立つトーカがいなくなり、かわりにセオがいた。

いつもより鮮明に声が聞こえる。



「アネッタ様は?」

「まあ、少し散歩しながら話をしようよ」



そう言うとセオはユウの手を握り、中庭に出た。



「ここはすごいね。宮殿全てに魔法がかかっていて、人間も植物も過ごしやすいようにしている。神官たちの魔法のたまものだよ」

「⋯⋯だから、クーラーなしでも過ごしやすいんだ」



なるほど、とぼんやりと考えた。

ジャリジャリと音を立てて、敷かれた白い小石の上を歩きながら中庭を巡った。

初めて見る木々や植物がざわざわと風邪で揺れていた。



「アネッタはね、5歳の時にお嫁に来たんだって」

「5、5歳?!」

「そう、5歳」



視界が歪み、唐突にユウの腰ほどの背丈の小さい女の子が現れた。

新緑のようなきれいな緑色のまんまるとした瞳で、肩までのくるくるのくせ毛を2つの三つ編みにした、今よりももっと幼い5歳のアネッタだ。



「もちろん、恋愛結婚じゃないよ。小国の王族並みに豊かだったお家が傾いた時にバシールとの婚姻が結ばれたんだ。アネッタの両親は再興の約束、バシールはアネッタと国の貿易の中枢である家の人脈を手に入れた。いわば、人質、政略結婚だね」

「そんな⋯⋯」

「ユウの世界でもある話でしょう。バシールがアネッタ目的でないのが救いだよ」



次にユウが瞬きをした時には、バシールとアネッタの結婚式が執り行われていた。

花嫁衣装でアネッタの顔は見えないが、豪華絢爛で誰もが喜んでいる祝いの席だった。



「ねえ、ユウ」



赤とオレンジの鮮やかな花びらが舞う中、セオがユウの顔を見上げた。



「アネッタは不幸だと思う?」




お久しぶりです。

ゆっくりと更新を再開していこうと思います。

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