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18 砂鷹と求婚と象と

レオノールは驚きで顔を上げた。

その驚きは転移装置へでもなければ、目の前にいるアズハルの者たちに向けたものでもない。


転移中、自分以外の誰かが魔法を使ったのだ。

限られた者しか使えないはずの癒しの魔法。

それは、トーカやリカードだけではなく、レオノール自身も使えるようなものではなかった。


もしかして、とユウを見た。



「……ユウ、今のは」



驚きと戸惑いを含んだ声で問おうとした、その時だった。



「ようこそおいでくださいました!」



レオノールの問いかけは、かき消されてしまった。


群衆の中から進み出たのは、三十路前後の壮年らしい男だった。

広い肩幅にがっしりとした体つき、濃い顔立ちには短く整えた髭がよく映える。

穏やかな笑みを浮かべながらも、強い眼差しは人を射抜くようで、その身に纏う衣装もまた商人らしい華やかさを際立たせていた。



「お目にかかれて光栄に存じます。私は砂鷹商団のバシール・アル=ナスルと申します。聖宮よりの命を受け、皆さまをお迎えに参りました!

……招かれし者のお嬢様、お名前をお伺いしても?」



深くお辞儀をした男、バシールは、少し顔を上げるとまるで鷹のような黄金の瞳でユウをじっと見据えた。

ユウは思わず息を呑んだ。



「ユ、ユウです」

「ユウ……その名はまるで水の音のように軽やかで、女神の調べのように美しい。ああ、どうか――我が伴侶に!」

「は、は、伴侶?!!」



あまりに唐突な言葉に、ユウは声を上げた。

その隣でレオノールとトーカも顔を見合わせる。

驚きの中、リカードが一歩前に出た。



「第4夫人をご所望でしたか」



バシールが口を開くより先に、リカードがユウへと視線を向けて淡々と説明する。



「彼は砂鷹商団の若旦那、バシール。この砂漠の国アズハル神政国随一の大商団の跡取りです。先代が立ち上げてから、その勢いはすさまじく、彼の代にかわると更に商団の勢いは増し商団の大きさだけで言えば隣国にかなうものはいません。


それゆえに、すでに第3夫人まで迎えておられる。

……ご健在であれば、私の父も聖宮で幾度となく彼の父君と交わっていたはずです」



リカードがそう言って口を閉じると、そこでようやくバシールが彼に向き直り、深く頭を下げた。



「リカード様――尊き神官殿のお血筋に、お目にかかれるとは。そのように、我が砂鷹商団をご存知でいてくださり嬉しい限りです」



バシールは、にこりと底の読めない笑みを浮かべた。



「聖宮におかれましても、貴方のお帰りを心待ちにしておりました。亡き御父君のご功績は今も人々の記憶にございますし、アストリア王国の血を引く御身は、我らにとってかけがえのない友にございます」

「……ご配慮痛み入ります」



リカードが短くそう答える。

バシールは軽やかに微笑みを崩さず、声のトーンを少し遊ばせるようにして続けた。



「しかしながら、運命を感じたら求婚するのは自然の摂理とも言えます。既にリカード様のお近くにいらっしゃるとは存じ上げず、失礼いたしました。どうかお許しください」



リカードは呆れたように鼻で軽く息を抜き、少しの嫌悪を胸のうちにとどめた。


察したトーカがリカードの横に立ち、微笑えむ。



「ユウ様は慣れない異世界でお疲れのご様子でして……早めに聖宮へお連れできればと思いますのですか、いかがでしょうか」

「おお、大変失礼しました!それでは早速、聖宮へ向かいましょう!」



バシールが軽く手を上げると、後方にいた巨大な象が進んでくる。

予想外の展開と初めて間近で見る象に、ユウは開いた口が塞がらない状態だった。


ユウ達はバシールに案内されるままに象に沿うように立てかけられた階段を上り、背に据えられた豪奢なテントへと共に乗り込んだ。

4人が座り込むのを見終えると、バシールはまた階段の手すりに手をかけた。



「象には熟練の乗り手が付きますのでご安心を。私は一足先に聖宮でお待ちしております」



バシールは笑顔でそう言うと、最後にユウを見つめ柔らかく微笑んだ。

熱のある視線にユウは思わずたじろぐ。



「どうか、ごゆるりとお過ごしください」

「あ、ありがとうございます」



ザイードが階段を降りきると、階段が外された。

掛け声が上がると、それを知らせるラッパが高らかに鳴り響き、象がまたゆっくりと動き始めた。

ユウは初めて体験する揺れに驚き、近くの手すりを力強くつかんだ。

隣に座るレオノールがユウの方を向き、先の質問を繰り出した。



「ユウ、先ほどの転移の時に魔法を……いや貴方は確か魔法は使えなかったはずですよね」

「え、はい。使えないですね」


「先ほど回復魔法の形跡を感じられました。何か変わったたことはありませんでしたか?」

「……いいえ…あっ!」



ハッと声を上げる。

突然のことで反対側にいたリカードとトーカの体が跳ねる。



「セオくん!セオくんはいなかったんですけど、水音がして、その時なんとなくいる気がして」

「セオと水音……ですか」



レオノールが重い声色でそう言う。



「昨晩から、他の神官と手分けをし"セオ"について書物を確認しましたが、似たような名前すら見つけられず……引き続きさがしては見ますが……」

「響きからするに、もしかしたらアズハルより南の名前かもしれませんね。狙いはどうあれ、間者の可能性も疑った方が賢明かと」



リカードも話に加わり、次第に深刻な空気へと変わっていった。

ユウを取り残し、3人が深刻な空気で話していると、象の背から見下ろす視界に賑やかな市中が広がった。


舞い散る花びらが風に乗って煌めき、先導する踊り子たちが軽やかにステップを踏んで進んでいく。

まるで道のように、象が通る両端に寄る人々は誰もがユウ達を見上げ、誰もが歓喜の声を上げていた。


ーーーまだ聞き慣れない国の名前や知らない景色、神官や神、そしてエルフや獣人。

それらは、確かにユウの目の前に存在しているというのに、まるで夢の中にいるような不思議な感じだった。


この中で唯一、といえば聞こえは悪いが、見た目も年齢も似たようなリカードすら、まるで夢の中のような人物だとユウは思った。



(……叔父さんはアストリアの王様で、お母さんは王様のお姉さん。それに、お父さんもアズハルで偉い人だったみたいだし……)



横目でリカードをうかがえば、彼はレオノールとトーカと一緒に淡々と話を続けていた。

褐色の肌に、鋭さを帯びた青の瞳。

背筋は真っすぐに伸び、金の刺繍を施した深い緑の衣がよく映えている。

その姿には、育ちの良さと品格が自然に滲んでいた。



(……すごい人なんだなぁ)



ユウは胸の奥でしみじみと思ったが、それはまだ現実味を帯びず、どこか遠い感覚のままだった。

次回 10/13㈪朝7時 更新予定!

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