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15 稲穂とヴェリダと香りと

私は、物心ついた頃から、足を引きずって歩いていました。

そのせいで戦には行けなくて、友人たちが次々に戦地へ向かうのをただ見送ることしかできませんでした。


ただ悔しく情けないばかりの毎日でしたが、ある日隣村の家に婿に迎えられることになりました。

迎えてくれた妻は、それはそれは笑顔の美しい人でした。


生まれた子は元気で、健康で。

やがて孫も生まれて……。

みんな、私のかわりに歩き、走り、踊り、笑顔の絶えない素晴らしい家族になってくれました。




私は、幸せ者です。




70代くらいだろうか、細いがシャンとした老人が、そう語っていた。

隣から、柔らかな声が聞こえた。



(良いね。ミナミちゃんは、とてもお祖父ちゃんに愛されていたんだね)



セオくんだ。


気づけば周りは広々とした田園の中になっていた。

金色に揺れる稲穂、遠くに見える藁葺き屋根、どこまでも広がる青い空。

胸の奥をくすぐるような、懐かしい匂いのする風が吹き抜けていく。


彼もまた懐かしそうに、いや、気持ちよさそうに目を細めていた。



(……もしかして、セオくんは神様?)



そう問いかける。

少し驚いたように目を丸くし、すぐに笑った。



(ふふ、違うよ。僕はただの人。

 人だったんだよ)







「ご様子を伺ってまいります」



そう声が聞こえて瞼を開ける。

控室についても泣きやまないミナミちゃんがそのまま眠り、ホッとしたところまで覚えている。

きっと私までそのまま寝てしまったんだろう。


横を見れば、すぐ隣にミナミちゃんが縮こまるようにして眠っていた。



――まるで、赤ちゃんみたい。



もちろん、本当の赤ちゃんはもっともっと小さいけど、そう思ってしまった。


不意に顔を上げると、メイドが、1人立っていた。



「リカード殿下がいらっしゃいました。

宜しいでしょうか」

「あ、はい......」



同じソファで寝ていたミナミちゃんを起こさないように、そっと立ち上がる。

メイドに促され扉に向かえば、リカード様が立っていた。



「こ、こんにちは」

「……お気に召したご様子でしたので、先ほどのヴェリダを。冷やしてあります」

「あ、わざわざ、すみません。

 ありがとうございます」


「......」

「......」



グラスが2つと瓶が乗っているお盆が差し出される。

瓶は水滴を纏っていて、冷えているのが伺えた。

先ほどの廊下の何とも言えない空気がまだ晴れず、リカードさんとの間に沈黙が流れる。


少しだけぼんやりとその雫を眺めると、先にリカードさんが口を開いた。



「……私も、故郷を離れる時は、不安でした」



唐突な言葉に、少し驚いて顔を見上げた。 



「知らない建物、知らない文化、知らないことばかりで、すぐ隣の国なのにまるで異世界に来たようでした」

「......リカード様はこの国の出身ではないのですか?」

「はい、隣の砂漠の国アズハルの出身です。母がこのアストリア国の現王の姉です。今から20年ほど前に両親が亡くなったので、見かねた叔父上、アストリア国の現王が留学という形で呼び寄せました」


「留学......」

「ええ、養子縁組ですと王位継承権が変わり得ると反対の声が多かったのです。今考えてもそれが最善策だと」

「な、なるほど......」



なんだか、壮大な身の上話だ。

リカード様はまた眉間にシワを寄せ、口を開いた。



「......ですので、もし「ユウ、目覚めたのですね」

「レオノールさん?」



リカードさんの後ろにレオノールさんが立っていた。

少し慌てたように駆け寄ってくる。



「心配していましたよ。リカード殿下も様子を見に来られていたのですね」

「......いえ、私は、これで」



リカード様はそう告げ、一礼して歩いていった。



「......もしかして、立て込んでいましたか?」

「え、いえ、少し話していたくらいで」


「そうですか...」



颯爽と、振り返ることのないリカード様の背中を2人で見守り、控室に戻った。


さっきは気付かなかったが、厚手のカーテンから漏れる光は、もう夕日の色をしていた。

ミナミちゃんはまだ眠っていて、かすかな寝息が部屋に満ちる静けさの中で聞こえている。


レオノールさんはミナミちゃんの目の前で足を止め、しばし彼女を見つめた後、膝を折るように身を屈めた。

白く長い指先をそっと彼女の額に置いた。

彼の手のひらがほんの数秒淡く光を帯びた。



 「……眠りの加護を授けました」



低く落ち着いた声がそう告げる。



「といっても、ただ、悪夢に悩まされず、少しでも安らかに眠れるように……その程度のものです」



レオノールさんはそう言ってわずかに微笑んだ。

ソファに身を横たえるミナミちゃんの表情は、さっきまでよりもずっと穏やかで、安心した子どものような顔をしていた。


そのやり取りの後、私はふと先まで見ていた夢を思い出し口を開いた。



「そういえば……最近、夢に出てくる子がいるんです。セオっていう名前で、小学校、いいえ、7歳?くらいの男の子です」



レオノールさんが立ち上がり、眉を寄せた。



「セオ……ですか」

「はい、たぶん何度か。内容はちゃんと覚えてはいないんですけど......神様ですか?って聞いたら違うよって言っていました。けど、ただの夢じゃない気がして」



自分の言葉が静かな部屋に落ちていく。

うまく言葉にできず、曖昧な説明しかできないのがちょっと不甲斐ない。



「私の方でも、少し調べてみましょう」



レオノールさんがそうはっきりと告げる。

その瞳には揺らぎがなく思わず圧倒されてしまった。



「異世界から来たあなたが見る夢です。神典や古い伝承を洗えば、何かが見つかるかもしれません」

「……ありがとうございます」



小さく頭を下げると、彼はふっと口元を緩め張り詰めた空気を和らげるように言った。



「ですが、まず、食事にしましょう」




私のお腹がタイミングを見計らったかのように小さく鳴る。

恥ずかしさで頬が熱くなり、つい目を伏せた。



「……すみません、なんだか急にお腹が空いてしまって」

「ふふ、ここは王都の神殿です。きっと美味しいものがたくさんありますよ」



そう言って、レオノールさんはメイドに指示を出し、眠るミナミちゃんを丁重に客室へ運ぶよう伝えた。


ほどなくして、レオノールさんの部屋へ移動した。

深い木の香りのする落ち着いた空間に、テーブルと2人分の食器が整えられている。

メイドたちが手際よく皿を並べていくのを眺めていると、自然と心がほどけていった。



「そういえば……トーカさんは?」



食前の祈りを待ちながら、ふと気になって尋ねると、レオノールさんが口を開いた。



「早速聖騎士たちに稽古をつけていましたよ。それはもう、随分と熱心に」



言葉の端に少し冗談めかした響きがある。



「しかし、女性にお見せするような姿ではありませんでしたね」



そう言って、彼は肩を竦めた。

私も思わず笑ってしまう。



「なるほど」

「ええ。気にせず、先にいただきましょう」



軽やかにレオノールさんがワイングラスを持ち上げ、口をつける。

続いて私も、リカード様に頂いたヴェリダが入ったグラスを持ち上げ口をつけた。


ヴェリダの爽やかな香りと、用意されたご飯の香りが優しく胸を満たしていく。





次回 9/22㈪朝7:00 更新予定!

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