14 第二王子と面影と涙と
廊下を進んでいたその時だった。
華やかな笑い声が、まだ騒ぎの重い空気を感じる廊下にひときわ鮮やかに響いた。
先までの空気とはあまり違う華やかなそれに思わず顔を上げると、廊下の先には数人の女性を連れた赤髪の青年がいた。
まるで上質な絨毯のような思わせる暗く上品な赤い色の髪。
整った顔立ちに、人好きのする柔らかな微笑み。
アルミン殿下のようにきっちりとした正装ではなく、ゆったりとしたシャツを少し着崩した軽い装い。
まるで舞台の上の主役が、そのまま歩み出てきたかのようだった。
「あ……兄上!」
隣にいたアルミン殿下が声をあげ、駆け寄る。
「元気そうだね、アルミン」
「ええ、兄上こそ」
二人は短く抱擁を交わした。
アルミン殿下は一歩下がり、こちらに向き直る。
「お二人にご紹介します。こちらは私の兄にあたる、第二王子ミゲル・サラディア殿下です」
ミゲル殿下はすっと一歩前に出て、手を胸に当て、優雅にお辞儀をした。
「お目にかかれて光栄です、“招かれし者”のお二人。挨拶に伺おうと思っていたところ、廊下でこうしてお会いできるとは、まさに天の采配ですね」
にこりとミゲル殿下が微笑んだ。
アルミン殿下と少し似ていて穏やかで、また違った人を惹きつける力を帯びているような気がする。
両脇に並ぶ令嬢たちや踊り子が、次々と優雅に身をかがめた。
光に照らされた髪飾り、舞う布、漂う香り。
さっきまでの重い雰囲気とは全く別物で、まるで何処か別の場所に迷い込んだかのようだった。
「招かれし者のお2人にお目にかかれるなんて、光栄ですわ」
「光栄でございます」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。ユウです」
「ミ、ミナミです!」
次々にされる挨拶に慌てて、深くお辞儀をした。
先まで腕に縋り付いていたミナミちゃんも慌てて手を離し、並んで深くお辞儀をしたのが視界の端で見えた。
「あの、もしかして、右足……痛むんですか?」
「っ!」
そのミナミちゃんが顔をあげそう言う。
思わず、頭を上げ彼女を見ると、ミナミちゃんはただ真っ直ぐにミゲル殿下の足を見ていた。
ミゲル殿下は一瞬目を見開き、それからふっと柔らかく笑った。
似てない兄弟だが、笑って目尻が優しく下がるのはすごくそっくり、と頭の端で考えた。
「おや……ええ、まあ。普段の生活には、ほんの少しばかり支障がありますが......」
目配せをして、踊り子のひとりが静かに舞う。
スカートの裾がふわりと弧を描き、空気を撫でた。
シャンシャランと、アクセサリーが重なり合ってまるで鈴音のような音がときおり鳴る。
「この通り、彼女たちが代わりに舞ってくれるので、何の問題もございません」
「......そう、そうなんだ」
ミナミちゃんがパチパチと大きな目で瞬きをしながら、そう返事をした。
「――殿下」
空気を変えるように、ザイードさんがミナミちゃんと私の前に立った。
「先ほど神殿前で小さな暴動がありました。危険が及ぶ恐れもあります。ミゲル殿下も自室へお下がりください」
「ふむ、そうか。……では仕方ないね」
ミゲル殿下は肩をすくめ、こちらへ向き直る。
そして、微笑みを浮かべたまま私とミナミちゃんの手を順に取り、甲へ軽やかに唇を触れさせた。
あまりに自然な仕草で、拒む間もなく、ただその華やかさに呑まれてしまう。
「また会おう」
華やかな笑い声と話し声を連れ、ミゲル殿下は去っていった。
その余韻がまだ漂う中で、ザイードさんがこちらを振り返る。
「......ミナミ、今の発言は少し控えたほうが……えっ……!?」
「ザイード!」
ミナミちゃんにそう声をかけたザイードさんが、小さく声を上げた。
隣のアルミン殿下も一瞬にして顔色を変えた。
ミ思わず私も顔を覗き込むと、幼さを残す大きな瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。
「……おじいちゃんも」
震えた小さな声を皮切りに、涙がいっそう溢れ出す。
ミナミちゃんの肩が小さく震え、滴る涙は床に音もなく落ちていった。
「おじいちゃんも、右足が悪いの......っ、いつもほんのちょっとだけ、足を引きずって、て......」
私はそっと、彼女の肩を寄せた。
私より少し小さい程度の身長と思っていたが、寄せた肩は随分薄く小さい。
「......ユウ、さんっ」
「なあに」
ミナミちゃんは私の名前を呼ぶと、私の腕に納まるほど小さく身を寄せた。
極力優しく返事をしてみる。
体が震え、呼吸が上がり、食いしばるような鳴き声が微かに上がる。
「帰れるんだよね?
これは夢だよね?」
私以外の誰にも聞こえないような、振り絞るような、微かな震えた声だった。
きっとそうだよ、とも、そうじゃないよ、とも言えずただミナミちゃんの背中を撫でた。
さっきの襲撃でトーカさんが守ってくれ何事もなかったとはいえ、話の流れから私とミナミちゃんが狙われてたんだ。
異世界に来て、普段しない体験で上がっていたテンションが、急に地に落ちて、祖父を思い出してしまったら、それはこうなるだろうな。
楽しそうで、心配する必要ないな、たくましいな、と思っていた。
見える範囲で判断した自分が恥ずかしい。
もう中学生かもしれないが、まだ中学生だ。
家族仲が良いのなら、なおさら、家族が恋しいのは当たり前なのに。
私の頭にもお父さんとお母さんが浮かび、思わず涙が浮かぶ。
ミナミちゃんの後ろにいたアルミン殿下は、その小さな背中を見ながら、何か言おうとしては唇を噛み、結局言葉を飲み込んでいた。
かわりに、トーカさんがこちらに静かに歩み寄り、穏やかな声で言った。
「大丈夫。控室で温かいものでも飲んで少し座ろう。きっと落ち着くよ」
「ゔ、ん.....」
ミナミちゃんが、短く返事をする。
ときおり鼻を啜る音が、私たちの足音とともに廊下に響いた。
次回 9/15㈪朝7:00 更新予定!




