13 嵐の後と騎士団長と亡国と
「ご無事ですかッ!」
血相を変えた騎士が数名の騎士を引き連れ、垂れ幕を押しのけて駆け込んできた。
その場にいた誰よりも深く膝をつき、先頭にいた彼は地に額をこすりつけるほどに頭を垂れる。
「申し訳ございません……!完全なる警備の失態、すべて私の不徳の致すところです……!」
「そうだな」
トーカさんが、短くそう返した。
場の空気が一瞬で凍りついたようだった。
静寂が落ちる。息を呑む音すらない。
直前までレオノールさんと和やかに話していたのがまるで嘘のようなトーカさんの低い声で、場にいた全員の心が締めつけられるような圧を感じた。
「……陛下と大司教様の式典警備に人員を割きすぎ……こちらに充分に配置できず……」
かすれた声が、苦しげに言葉をつないだ。
「招かれし者の訪問が急だったこともあり、出席者の確認や出入りの管理が……雑になってしまったのかと……」
トーカさんが、無言で一歩、彼に近づいた。
その動きに私は反射的に息を飲んだ。
「言い訳は聞いていない」
その声は、短く、鋭かった。
空気が震える。私の体も自然と強張っていた。
「これは失態だ」
トーカさんは踵を返し、静かに膝をついた。
「“招かれし者”のお2人、そしてアルミン殿下。護衛の不手際、誠に申し訳ございません」
その姿を見た瞬間、私は一瞬、呼吸を忘れた。
トーカさんは、誰よりも早く、正確に動いた。
あの短い時間の中で、私たちの安全を守るために、誰よりも多くの判断を下していた。
「い、いえっ!」
反射的に声が出た。
ミナミちゃんも、私とほぼ同時に「そんな、謝らないでください!」と重ねるように声を上げた。
「私たち、無事ですし!むしろ守っていただきました。ありがとうございます!」
「そうですそうですっ、無事です!トーカおじさんがいてくれたから…怖かったあ」
ミナミちゃんの声は微かに震えていた。
「……お2人がそうおっしゃっているのです、トーカ殿。顔を上げてください」
そう言ったのは、アルミン殿下だった。
トーカさんは、わずかに頷き、静かに立ち上がる。
疑問が胸を押し上げるようにして、隣にいたレオノールさんに小声で尋ねた。
「……なんで、トーカさんが謝るんですか?」
レオノールさんは、少しだけ目を細めた。
少しの間、答えを選ぶように口を閉じてから静かに口を開いた。
「……トーカは、かつてこの国の聖騎士団をまとめていました。いわば、聖騎士の団長だったのです」
「えっ……?」
「正式な役職を退いてからも、影響力は絶大でした。
それほど彼は、数々の山場を駆け抜け、生き残り、歴史を積み上げてきたのです。
聖騎士の半数以上は、彼の訓練を受けたことがあるはずです。直接の上官でなくとも……剣を教え、背中を見せ、時に叱り、守ってきた者たちです」
そう語るレオノールさんの声には、どこか敬意がこもっていた。
「つまり……彼らの不始末は、自分の名に泥を塗られたのと同じこと。謝る理由などなくとも、謝る。“元団長”としての責任と誇りゆえに、です」
「……すごい人、なんですね、トーカさんって……」
小さくそう呟く。
隣でミナミちゃんも小さく頷いたのが見えた。
レオノールさんは何も言わずに、小さく笑って、前を向いた。
垂れ幕を切り裂いて飛び込んできた青年が、聖騎士たちに取り押さえられていた。
抵抗はせず、ただ顔を伏せて、何も言わずに連れ去られていく。
「……あの人は……?」
ミナミちゃんがそう聞いた。
「装飾品の意匠と、身につけていた刺繍の文様から見て……おそらく、亡国ナヴァラの民でしょう」
そう言ったのは、リカードさんだった。
リカードさんは視線を遠くにやったまま、続ける。
「ナヴァラは、この国の西方にあった小国です。あまり豊かではありませんでしたが、穏やかで人々の暮らしは静かでした。しかし、干ばつと内紛で土地は荒れ、数年前には実質的に滅んでいました。そして一昨年、正式に亡国となりました」
その語り口に、なんとも言えない重みがあった。
「ほとんどの民は他国へと移住しました。ですが……望まれぬ移民として扱われ、行き場をなくした者も多かった」
私は、青年の背中を見つめる。
「……じゃあ、その人も……?」
「ええ。おそらく移民でしょう。
どれほど新しい土地での暮らしが安定し、穏やかになったとしても……故郷とは別物です。
『もし招かれし者が、あと数年早くナヴァラに現れていたら』『自分たちの国を訪れていたら』そう願わずにはいられなかったのでしょう。
それほどに、招かれし者の存在は大きいのです。
“もしナヴァラが復興していたら”そんな『もしも』に、縋らずにはいられなかったのかもしれません」
その言葉に、思わず口を紡ぐ。
胸の奥がズンと重くなり、なにかがのしかかったように感じた。
「...今は、控え室へ移動しましょう」
低く落ち着いた声で、ザイードさんがそう促す。
すぐ傍まで歩み寄ってきたレオノールさんが、私の肩を軽く叩いた。
「……貴方が気に病む必要はありません」
短く、けれど温かい言葉だった。
私が何か言いかけるより早く、レオノールさんは私の背中を押すようにして歩き出す。
ミナミちゃんも私の腕に縋りつき、隣を歩いた。
背後で垂れ幕が揺れ、騎士たちの足音が遠ざかっていく。
私たちは、ひんやりとした石造りの廊下を進んだ。
次回 9/8(月)朝7時 更新予定!




