表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

13 嵐の後と騎士団長と亡国と


「ご無事ですかッ!」


血相を変えた騎士が数名の騎士を引き連れ、垂れ幕を押しのけて駆け込んできた。

その場にいた誰よりも深く膝をつき、先頭にいた彼は地に額をこすりつけるほどに頭を垂れる。



「申し訳ございません……!完全なる警備の失態、すべて私の不徳の致すところです……!」


「そうだな」



トーカさんが、短くそう返した。

場の空気が一瞬で凍りついたようだった。

静寂が落ちる。息を呑む音すらない。


直前までレオノールさんと和やかに話していたのがまるで嘘のようなトーカさんの低い声で、場にいた全員の心が締めつけられるような圧を感じた。



「……陛下と大司教様の式典警備に人員を割きすぎ……こちらに充分に配置できず……」



かすれた声が、苦しげに言葉をつないだ。



「招かれし者の訪問が急だったこともあり、出席者の確認や出入りの管理が……雑になってしまったのかと……」



トーカさんが、無言で一歩、彼に近づいた。

その動きに私は反射的に息を飲んだ。



「言い訳は聞いていない」



その声は、短く、鋭かった。

空気が震える。私の体も自然と強張っていた。



「これは失態だ」



トーカさんは踵を返し、静かに膝をついた。



「“招かれし者”のお2人、そしてアルミン殿下。護衛の不手際、誠に申し訳ございません」



その姿を見た瞬間、私は一瞬、呼吸を忘れた。


トーカさんは、誰よりも早く、正確に動いた。

あの短い時間の中で、私たちの安全を守るために、誰よりも多くの判断を下していた。



「い、いえっ!」



反射的に声が出た。

ミナミちゃんも、私とほぼ同時に「そんな、謝らないでください!」と重ねるように声を上げた。



「私たち、無事ですし!むしろ守っていただきました。ありがとうございます!」

「そうですそうですっ、無事です!トーカおじさんがいてくれたから…怖かったあ」



ミナミちゃんの声は微かに震えていた。



「……お2人がそうおっしゃっているのです、トーカ殿。顔を上げてください」



そう言ったのは、アルミン殿下だった。

トーカさんは、わずかに頷き、静かに立ち上がる。


疑問が胸を押し上げるようにして、隣にいたレオノールさんに小声で尋ねた。



「……なんで、トーカさんが謝るんですか?」



レオノールさんは、少しだけ目を細めた。

少しの間、答えを選ぶように口を閉じてから静かに口を開いた。



「……トーカは、かつてこの国の聖騎士団をまとめていました。いわば、聖騎士の団長だったのです」

「えっ……?」


「正式な役職を退いてからも、影響力は絶大でした。

それほど彼は、数々の山場を駆け抜け、生き残り、歴史を積み上げてきたのです。

聖騎士の半数以上は、彼の訓練を受けたことがあるはずです。直接の上官でなくとも……剣を教え、背中を見せ、時に叱り、守ってきた者たちです」


そう語るレオノールさんの声には、どこか敬意がこもっていた。


「つまり……彼らの不始末は、自分の名に泥を塗られたのと同じこと。謝る理由などなくとも、謝る。“元団長”としての責任と誇りゆえに、です」


「……すごい人、なんですね、トーカさんって……」



小さくそう呟く。

隣でミナミちゃんも小さく頷いたのが見えた。

レオノールさんは何も言わずに、小さく笑って、前を向いた。


垂れ幕を切り裂いて飛び込んできた青年が、聖騎士たちに取り押さえられていた。

抵抗はせず、ただ顔を伏せて、何も言わずに連れ去られていく。



「……あの人は……?」



ミナミちゃんがそう聞いた。

「装飾品の意匠と、身につけていた刺繍の文様から見て……おそらく、亡国ナヴァラの民でしょう」



そう言ったのは、リカードさんだった。

リカードさんは視線を遠くにやったまま、続ける。


「ナヴァラは、この国の西方にあった小国です。あまり豊かではありませんでしたが、穏やかで人々の暮らしは静かでした。しかし、干ばつと内紛で土地は荒れ、数年前には実質的に滅んでいました。そして一昨年、正式に亡国となりました」



その語り口に、なんとも言えない重みがあった。



「ほとんどの民は他国へと移住しました。ですが……望まれぬ移民として扱われ、行き場をなくした者も多かった」



私は、青年の背中を見つめる。



「……じゃあ、その人も……?」


「ええ。おそらく移民でしょう。

どれほど新しい土地での暮らしが安定し、穏やかになったとしても……故郷とは別物です。

『もし招かれし者が、あと数年早くナヴァラに現れていたら』『自分たちの国を訪れていたら』そう願わずにはいられなかったのでしょう。


それほどに、招かれし者の存在は大きいのです。

“もしナヴァラが復興していたら”そんな『もしも』に、縋らずにはいられなかったのかもしれません」



その言葉に、思わず口を紡ぐ。

胸の奥がズンと重くなり、なにかがのしかかったように感じた。



「...今は、控え室へ移動しましょう」



低く落ち着いた声で、ザイードさんがそう促す。

すぐ傍まで歩み寄ってきたレオノールさんが、私の肩を軽く叩いた。



「……貴方が気に病む必要はありません」



短く、けれど温かい言葉だった。

私が何か言いかけるより早く、レオノールさんは私の背中を押すようにして歩き出す。

ミナミちゃんも私の腕に縋りつき、隣を歩いた。


背後で垂れ幕が揺れ、騎士たちの足音が遠ざかっていく。

私たちは、ひんやりとした石造りの廊下を進んだ。





次回 9/8(月)朝7時 更新予定!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ