11 王子様と補佐官と女子中学生と
次回 8/25(月)朝7時 更新予定!
石作りの廊下に入り、奥に進むと2人の騎士に守られている扉にたどり着いた。
騎士の胸元の紋章が揃いの鎧に光っていて、少し重い空気と共に守りの厳しさがひしひしと伝わってくる。
リカード様が軽く頷くと、騎士の一人が扉の取っ手に手をかける。
重い扉が音を立てて開くと、かすかな花のような香りが鼻をくすぐった。
「さあ、中へ」
リカード様にそう促され、後に続く。
中に一歩踏み込むと、そこは外の冷たい雰囲気石の廊下とはまるで別世界のようだった。
白く柔らかい印象の壁や天井。
人ほどの大きな窓からは、光が差し込まれていた。
高い天井からは分厚い布がゆるやかに垂れ下がり、光を柔らかく吸い込んでいる。
その奥に置かれた大きなテーブルを、3人の影が囲んでいた。
「やあ、久しいね。リカード殿」
「お久しぶりにございます、アルミン殿下」
金髪の柔らかい印象の青年が立ち上がり声を掛ける。
リカード様も頭を下げて挨拶をする。
「殿下、こちらの女性が先日エリネアの神殿に招かれましたクスノキ ユウ殿です」
不意に紹介され、とりあえず深く深くお辞儀をする。
殿下、ということはあの金髪の青年がさっき会った王様と王妃様の息子なんだろうな。
「はじめまして、ユウ」
「お、会いでき光栄です」
王子は、深緑の瞳に柔らかな光を宿し、穏やかに微笑んだ。
陽光に揺れる金糸のような髪は後ろで控えめに束ねられ、額にかかる前髪がその優しげな顔立ちをさらに和らげている。
細身の体には、濃紺の正装。
金糸で縁取られた襟元と胸元の刺繍がさりげなく品位を添え、肩から流れる深緑のマントが静かに揺れていた。
華やかすぎず、それでいて確かに目を引く、絵本の中から出てきたような王子様だった。
「私はアストリア国第3王子のアルミン・サラディアです。そちらのリカード殿とは従兄弟にあたります。そしてこちらは、私の乳兄弟であり補佐官のザイードです」
王子様、もといアルミン殿下の横に立っていたザイード様も静かに一礼した。
眼鏡がチカリと光を反射させる。
その奥は明るい茶色の瞳で、かっちりと首まで包んだ服は厳格さがあり、トーカさんよりも身長が高くガタイが良く体にとても映える。
意図せず、アルミン殿下がより華奢に見えてしまう。
「レオノール様とトーカ殿はお会いするのは春の式典以来ですね。お変わりはございませんか?」
「はい、殿下。殿下もお変わりなく何よりに存じます」
レオノールさんが返事をする。
トーカさんもにこやかにお辞儀する。
「そして、こちらが…」
「はあーい、私はサエキ ミナミ!昨日気付いたらアルミンのバラ園にいました。バドミントン部所属の中学2年生です!よろしくお願いします〜!!」
アルミン殿下の隣にいた、私と似たような服を着ていた女の子がハツラツと自己紹介をする。
ぴょこんとはねる様な仕草で高く結んだ黒いポニーテールがゆらりと揺れた。
弾けるような笑顔とフレッシュさ。
普段満員電車と疲れ切った会社員に揉まれている私には、いささか眩しすぎて、思わず目を細めた。
「…よ、よろしくお願いします。クスノキ ユウです」
ミナミちゃんが満面の笑みをこぼす。
座るように促されるが、内心それどころではなかった。
私の他にも異世界にきていた人がいたんだ、と少しの安堵と、それから大きな不安。
私は社会人。もういい大人だ。
少なくとも親がいなくても寝れるし、生活できるし、アルコールも飲めるし、自炊もできる。
でも、彼女は?
まだ女子中学生だ。未成年だ。
親元を離れ異世界に来て、帰れるかも分からない。
今朝の朝焼けを眺めた時のあの寂しさやザワザワした何とも言えないあの感情が思い出された。
「ユウさんは、私の隣!
一緒にガールズトークしよ!!」
無邪気な声でそう私を引っ張る。
遊んで欲しくて私を引っ張る小学生の甥っ子と何ら変わらないそれに私はゴクリ、と固唾を飲んだ。
「い、いいね。ガールズトークしよう!」
不安にさせないように、と私もにこりと笑う。
うまく笑えただろうか。
「…で、あたし普通に学校に行こうとしただけなのに気づいたら、バラ園の真ん中に立ってたの!
赤とか白とかピンクとかオレンジとか、もうおとぎ話みたいにいっぱい咲いてて、風がふわーって吹くと甘い香りがするの!
びっくりして固まってたら、金髪できらきらで瞳が宝石みたいな王子様がバラの向こうから現れたの!!
『大丈夫ですか?』って優しく手を差し伸べてくれて、そしたら今度は黒縁メガネのイケメン補佐官も現れてさ!
で、そのまま流れで“招かれし者”とか“呼ばれちゃって…あたし、もしかして異世界でイケメン達に囲まれる聖女的ヒロイン枠なの!?ってもう…夢みたいで…」
ミナミちゃんが小声でそう語る。
語る目は、まるで夢見る少女。
守らなきゃ、と意気込んでみたものの、昨日の私とはうって変わって、困っている様子とか悲壮感なんて微塵もない。
「そしたら、ユウさんがイケメンエルフとイケオジ獣人引き連れてきて!わ〜!!!ダブルヒロイン〜!!!!!ってもう堪らなくなりました!!」
「そ、そっかあ」
ぐっ!と拳をつくる姿は、とても楽しそうだった。
まばゆい女子中学生パワーに圧倒されっぱなしだ。
「はは、良かったよ。ミナミが楽しそうで」
アルミン陛下がそう笑う。
ザイードさんが薄い微笑みを崩さないまま、すっと視線をこちらに向けた。
「さて、ここで何が行われるかを簡単にご説明いたします」
低く澄んだ声が、垂れ幕の内側に柔らかく響く。
「じきに外の謁見の間に、貴族方が順に訪れます。“招かれし者”へ挨拶をし、祝福を受けるためです。もっとも人数も多うございますので、お2人からからわざわざご挨拶を返す必要はございません」
そう言って、ザイードさんは垂れ幕を一瞥した。
外からは、いつの間にか音楽と人々の声やグラスの触れる音がしていた。
「なお、こちらの声は外に届かぬよう、防音の結界を張ってございます。この中の様子を覗くことも叶いません。
ただ雰囲気を損なわぬよう、垂れ幕の表には幻影を投影しております。
……では、式が進むまでの間、どうぞお茶でもお楽しみください。」
ザイードさんが一歩下がって一礼する。
気がつけば、いつの間にかテーブルの上に湯気の立つお茶や冷えたドリンク、それに小さなお菓子達が並べられていた。
外から微かにファンファーレの音が聞こえ始めた。




