第5話 ソラの名前
格納庫を後にした私とキースは、混みあう前にということで、食堂へと赴くことになった。
道中にあった、いくつかの会議室や倉庫に目を通しつつ目的地へ向かう。
目的地に近づくにつれて、それまではほとんどいなかった隊員とすれ違うことが増え始めた。
皆考えることは同じということだろうか?あまり多い人込みは勘弁してほしいのだが……
しかし、すれ違う先輩方の姿が喜色に満ちているところを見るに個々の飯は相当うまいらしい。それとも、いつもはない贅沢なメニューだったか。
まあ、ともかくこれまで人にすれ違わなかったのは食堂が先輩方の胃袋か何かをつかんで、引き込んでいたからというのには間違いないだろう。
「なあキース、お前、アメリカの出身であってるか?」
「ん?そうだぜ、それがどうかしたってのか?」
「やっぱり、ジャンキーなものを食べるのか?」
「……シュン、それ千年前でもいろいろ問題になるやつだぞ」
……?
「ちがうのか?」
「……全くシュンは偏りが過ぎるな」
少なくともほめ言葉ではないことを言いながらキースが取り出したのは球形のなにか。
「俺の場合はこれで決める」
「なんだそれ?」
「サイコロだ」
「……は?」
キースが近づけてきた自称サイコロをじっくりと見てみるとゴルフボールのようになった球体のくぼみ一つ一つに数字が刻まれていた。
多すぎて分からないが、かぶりはないように見える。
どうやらこいつは、自称でもなんでもない正真正銘のサイコロらしい。
……いや、大事なのはそういうことじゃない。
「サイコロで決めるってのはどういうことだ?」
「簡単さ、シュン。それぞれのメニューに番号決めといて、こいつを振って出た数のメニューを食べるんだ」
「それは……なんというか、運任せだな」
「そうだぜ?俺はこいつに人生任せて生きてきた。でもなんでか知らねえけど、案外うまくいくんだ。ジンクスってやつだな。ここへの入隊決めたのだって、こいつを振った結果だ」
そう語るキースの目に後悔や冗談のような雰囲気は感じない。
本気で、そう思っているのだろう。
「ちなみに、メニューが少なかったらこっち使うつもりさ。まあ、連邦中から人がやってくる食堂で6番までに収まりきるとは思ってないがな」
そういってキースが取り出したのはコウノトリの中で使おうとしたサイコロ。よくある、一から六までのやつだ。
「……何個もってるんだ?」
「ポケットに、最低一個だな」
揶揄い半分、冗談半分といった感じの笑みだが……冗談だよな?軍服のポケット、そこらの作業着より多いんだぞ?
言葉の真偽を聴こうと喉元まで声が出かかったとき、隊員食堂と書かれたホログラムと『新兵諸君、ようこそ!』と書かれた横断幕が目に入る。紙吹雪っぽいホログラムもセットだ。
明らかにここだけ雰囲気が違う。祭りか何かと同じ匂いがする。
「これはこれはコウノトリで賭けをしようとしていたお二人さんじゃないか。また何か、賭け事かい?」
……!?
「た、大尉殿。失礼しました!」
上ばかり見て入室したところ、目の前にはコウノトリの中でCAを自称した大尉の姿。
いくら変人とはいえ上官は上官。また、先礼の機会を失してしまった。何たる失態!これで首が飛んだらたまったもんじゃないぞ!
「ああ、いいさ。それで?マルセイユ少尉、それはなんの為のものかな?」
たのむ……まともな答えを返してくれ……
「サー、大尉殿。これは単にメニューをサイコロで決めようとしただけであり……今回は、賭け事ではないのであります」
「ふむ、今回は、か。サイコロで食いもんきめるったぁ、おもしろいやつやの。まあええわ。他の輩に見られんようしとき」
こっんのばっかやろう!
と目一杯金髪頭をぶん殴りたい衝動を抑えながら大尉殿を見送る。
「あ、そやそや。そのサイコロの運、先あっちに使った方がええで」
そうやって、振り返り話しながら大尉殿が指さしたのは食堂の中心。
『君の真名は』と書かれた横断幕の書かれたスペース。
「あそこで、この一月のTACネーム決めててんな。慣習として、新兵のTACネームはボックスに入ってる妖精の名前の中からくじ引きで決めることになってるんやわ。ま、その運、せいぜい皆に見せつけてくれや。そいじゃの」
そう言い残すと、大尉殿は今度こそ食堂から出ていった。
TACネーム。正式名称戦術呼称はまだ地球にしか空軍がなかった頃から存在する隊員それぞれにあるニックネームのようなものだ。
一度決めたら少なくとも離陸した後はその名前で呼び合う。
即ち、飛行士が持つ第二の名、ソラの名前なのだ。
それを、一時的なものとはいえ、くじ引きで決めるとは……大胆にもほどがあるだろ。
「おーい、そこの新兵二人組。さっさと引きに来い」
そう囃し立ててくるのは先輩達。どうやらこの人だかりはこのくじ引き大会の為らしい。我々よりも前に来たのか数人の見た顔以外は机に向かわず、こちらを見ている。
「行こうぜシュン」
私の背中をたたき、恐怖心や羞恥心というものはないのかどんどん突き進んでいくキース。
私が後ろに来る頃には、既に古今東西スタンダードな真ん中に黒い返しのあるくじ引き箱に手を突っ込んでいた。
瞬間、先輩方は目を伏せ、キースの握ったボール状のくじが光だした。そして、頭上へと浮遊し巨大化した。
フラッシュバンより強いのではないかといいたくなるほど強い閃光を放ち、目をくらませてきた球体は、目が慣れてきた頃。場を笑声につつみ、己に刻まれた文字を誇示していた。
「アルプ、か」
「くっ、見たかおい、こいつアルプだってよ。女ども、こいつには気をつけた方がいいぜ」
男性陣は皆腹を抱え、女性陣は黄色い悲鳴を上げている。
……こいつは、おもしろい。
いや、傑作だ。
キースは状況を理解できてないようだが。
「なあ、シュン。俺、そんな変な名前か?」
そんな問いに私は腹を抱えそうになりながら告げる。
「アルプ、そいつは女を襲う吸血鬼の名前だよ。金髪のお前によく似合ってる」
「かぁ!なんだよそれ。口に出しやすそうなやつが来たと思ったら、男にしか自慢できねえじゃねえかよ!」
場にいる全員が笑っている。ただそこに嘲るような空気はみじんもない。あくまで揶揄いを含んだ心地の良い笑いだ。
「ったく、まあいい。引いちまったもんは仕方ねえ。ほら、さっさとシュンも引け」
気乗りしないが……この空気ならいいか。
「……しょうがない」
先輩の差し出してくれたくじ箱に手を突っ込み、引っ張り出す。
きちんと目は伏せた。同じ轍は踏まない。
閃光が収まったであろう頃に顔を上げると、先ほどとは打って変わり、場は静間に帰っていた。
球体が示す文字は……『リーパー』
「……くくくくっ、切り裂きジャック。鬼顔のシュンにぴったりじゃねえか」
「だれが、ジャック・ザ・リッパーだ!」
また、場は爆笑の嵐に包まれた。