成績発表
学期末の成績が発表された日の朝、学院の大広間はざわついていた。生徒たちは掲示板に張り出された成績表に群がり、自分の名前を探している。アーノルドもその中にいた。
(もちろん、俺がトップだろう。いつも通りだ。)
だが、目を凝らして成績表を確認した彼の顔は次第に青ざめていった。そこに記されていた「学年トップ」の名前は―― イングリット・ハーロウ。
「そんなはずはない……!」
彼はもう一度成績表を確認した。だが何度見ても、事実は変わらない。彼の名前は2位に記されていた。
周囲の生徒たちもその結果に驚きながらも、少しずつ納得していた。最近のイングリットの活躍を目の当たりにしてきた彼らは、彼女がトップに立つことを当然と受け入れていたのだ。
「イングリットってすごいよな。地味だけど、実力は本物だ。」
「最近の討論会や試験での発言、ほんとに鋭かったよね。」
その言葉がアーノルドの耳に入るたび、胸の中に苛立ちが募る。だが、その苛立ちを誰かにぶつけることもできず、彼は無言のままその場を立ち去った。
その日以降、アーノルドは次第に周囲から孤立し始めた。
彼が以前は当然のように受けていた称賛や尊敬の眼差しは、今では冷ややかなものに変わりつつあった。彼が討論や実技で見せる発言や技術に対しても、生徒たちは以前のような驚きや感嘆を示さなくなっていた。
それどころか、彼の焦りや苛立ちが態度に表れるたび、周囲は少しずつ彼から距離を取るようになった。
ある日、廊下で彼の友人だった生徒たちが話しているのを偶然耳にした。
「あいつ、最近ちょっとおかしくないか?」
「うん、イングリットのことを目の敵にしてるみたいだけど、あれは格好悪いよな。」
その言葉にアーノルドは足を止めた。胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われながらも、何も言わずに歩き続けるしかなかった。
その日の夕方、アーノルドは意を決してイングリットを探し出した。彼女がよく図書館にいることを知っていた彼は、その静寂の中にいる彼女を見つけた。
イングリットは、分厚い魔法理論書を読みながら静かにページをめくっていた。その姿には、いつものように冷静さと余裕が漂っていた。
「ハーロウ。」
彼は静かに呼びかけた。
イングリットは本から顔を上げ、穏やかな微笑みを浮かべた。
「グラントさん。どうしましたか?」
彼女の声には動揺の欠片もない。それがアーノルドをさらに苛立たせた。
「どうして俺にこんなことを? 何が目的なんだ?」
彼の声は少し震えていた。これまでどんな相手にも見せたことのない弱さが、そこにはあった。
だが、イングリットは動じることなく、彼の言葉をじっと聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「目的?」
彼女は少し考えるような素振りを見せた後、微笑みながら答えた。
「いいえ。ただ、あなたの反応が興味深かっただけですよ。」
その言葉に、アーノルドは言葉を失った。彼女の声には嘲りも悪意もなく、ただ事実を告げているだけのようだった。
「あなたは、私を敵だと思っていたかもしれませんが、私はあなたに対して何の敵意も抱いていません。ただ、私のやるべきことをやっていただけです。」
イングリットの言葉は淡々としていたが、その内容はアーノルドにとって痛烈だった。彼女は彼を「相手にしていない」という事実を、遠回しに告げていたのだ。
アーノルドは、拳を握りしめたまま言葉を出せなかった。彼がどれほど彼女に執着しようとも、彼女はまるで風のようにその場を流れていく――そんな感覚に襲われた。
その日の夜、図書館の静寂の中で、イングリットはいつものように本を読んでいた。分厚いページを一枚一枚めくるその動作は、無駄がなく洗練されていた。
遠くから彼女を見つめるアーノルドの姿があった。彼は、彼女の存在がこれほどまでに圧倒的であると感じたのは初めてだった。
(俺は……負けたのか。)
そう自覚するまでに時間はかからなかった。彼女に対する嫉妬や敵意は、今やどこか別の感情に変わりつつあった。それは敗北の苦さと同時に、彼女に対する畏敬と興味だった。
イングリットは一度も彼の方を振り返ることなく、本の世界に没頭し続けた。
(彼女には、俺が見えていないのかもしれない。それでも――。)
アーノルドは静かにその場を後にした。彼の胸には敗北感と、彼女への新たな感情が混ざり合っていた。