学期末の実技試験
学期末の実技試験が迫る中、学院の空気は緊張感に包まれていた。生徒たちは各自の課題に取り組み、それぞれの才能を証明しようとしていた。この試験は、魔法理論と実技を総合的に評価する場であり、成績優秀者は学院内での地位を確固たるものにできる。
アーノルド・グラントは、この試験を自分の力を誇示する機会と考えていた。だが、彼の胸の奥には焦りがあった。最近、彼の完璧なイメージを揺るがす存在――イングリット・ハーロウの評価が急速に高まっていたからだ。
(イングリット……あの地味な娘が、俺と同じ舞台に立つなんて冗談じゃない。)
彼は自分を納得させるように呟いた。しかし、内心の動揺を完全に抑えることはできなかった。
アーノルドは、試験の準備中にイングリットを貶める計画を立てた。彼女に偽の助言を与え、試験で失敗させることで周囲の評価を下げるつもりだった。
ある日の午後、魔法陣の設計図を見直しているイングリットに、アーノルドはわざと親しげな声をかけた。
「イングリット、ちょっといいか?」
彼女は顔を上げ、静かに彼を見つめた。
「何でしょうか、グラントさん。」
「君の魔法陣、なかなか興味深い設計だね。でも、少し気になる部分がある。」
アーノルドは黒板の前に立つと、彼女の設計図の一部を指さしながら言った。
「ここさ。この接続点、エネルギーが集中しすぎて暴走する可能性があるんじゃないか? もし僕なら、ここの角度を少し緩やかにして、エネルギーを分散させるようにするかな。」
一見すると的確な指摘のようだったが、実際には魔法陣の効果を著しく低下させる改変案だった。
イングリットは彼の言葉を静かに聞き、少し考える素振りを見せた。そして微笑みを浮かべて言った。
「ご助言、ありがとうございます。参考にさせていただきますね。」
その言葉を聞き、アーノルドは内心で勝利を確信した。
(よし、これで彼女の試験は失敗するはずだ。)
試験の日が訪れた。生徒たちは次々と自分の設計した魔法陣を披露していく。教師たちはその出来栄えを厳しく評価していた。
アーノルドの順番はイングリットの直前だった。彼は自信満々に自分の魔法陣を発動させ、鮮やかな光と安定したエネルギー循環を披露した。周囲からは称賛の声が上がる。
(さあ、次はイングリットだ。君の失敗が、俺の評価をさらに高めてくれるだろう。)
イングリットが立ち上がり、黒板の前に設置された自分の魔法陣の前に立った。彼女は静かに呪文を唱え始めた。その瞬間、魔法陣が鮮やかな光を放ち、見事な魔法が発動した。
その設計は、アーノルドの嘘の助言を逆手に取り、彼が指摘した「欠点」を補強し、さらに高い完成度を実現していた。光は柔らかくも力強く広がり、教室内に完璧な魔力の循環を見せつけた。
教師たちは目を見開き、感嘆の声を上げた。
「見事だ。これほど魔法を応用した例は珍しい。」
「エネルギーの分散と集中をここまで巧みに組み合わせるとは……素晴らしい発想だ。」
教室内が彼女への称賛で満たされる中、アーノルドは顔を真っ赤にして椅子に沈み込んだ。
(どうしてだ……俺が与えた助言が間違っていたはずなのに、どうしてあれが成功する!?)
冷や汗が背中を伝い、彼は口を開くこともできなかった。
試験での成功を皮切りに、イングリットはさらに周囲の評価を高めていく。同時に、彼女は巧妙にアーノルドの信頼を揺るがす行動を取るようになった。
次の魔法理論の討論会で、アーノルドは「魔法エネルギーの最大効率化」をテーマに発言を始めた。彼の理論は、エネルギーを一点に集中させることで最大の威力を発揮するというものだった。
「要するに、エネルギーを一点集中させれば、より短時間で強力な魔法を発動できる。」
生徒たちは頷き、彼の発言に納得する様子を見せた。だが、イングリットが静かに手を挙げた。
「興味深い意見ですね。ただ、一点集中にはリスクも伴います。エネルギーが過剰負荷で暴走した場合、術者自身にも危険が及びます。」
彼女は黒板にシンプルな図を描きながら、冷静に説明を続けた。
「そのリスクを回避するためには、分散型の補助魔法を併用するべきです。これにより、エネルギーの循環が安定し、暴走の可能性を低減できます。」
教師たちは彼女の指摘に深く頷き、生徒たちも感心した様子を見せた。
「イングリットの指摘は非常に的確だ。グラント君、彼女の意見を取り入れると、さらに理論が洗練されるだろう。」
アーノルドは内心で苛立ちを覚えながらも、何も言い返せなかった。
学院の魔法大会では、各生徒が自由に設計した魔法陣を披露する競技が行われた。アーノルドは自信満々で大会に臨んだが、彼の設計にはわずかな欠点があり、それが発動時に小さな不安定さを生んだ。
その場でイングリットは冷静に指摘した。
「グラントさんの魔法陣は見事ですが、この部分に負荷が集中しています。これが修正されれば、さらに完璧になると思います。」
観衆はどよめき、教師たちも彼女の指摘に同意した。アーノルドは観衆の前で言葉を失い、冷や汗を流すしかなかった。
イングリットの巧みな行動により、アーノルドの「完璧なイメージ」は徐々に崩れ、学院内での立場が揺らぎ始めた。一方で、イングリットは周囲からの信頼を着実に得ていった。彼女は決して直接的な攻撃をせず、あくまで冷静に、計画的にアーノルドを追い詰めていく。