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学院主催の夜会

学院主催の夜会が、大広間で盛大に行われていた。学院生たちは格式あるドレスやタキシードに身を包み、優雅に談笑していた。煌びやかなシャンデリアが部屋を照らし、クラシックな音楽が流れる中、貴族の子息たちはそれぞれの家柄や才能を誇示し合い、社交の場での立場を築こうとしていた。


アーノルド・グラントもまた、その中心にいた。彼は常に誰よりも目立つ存在であり、大広間のどこにいても自然と注目を集める。彼の周りには、同級生たちが笑顔で集まり、彼の軽妙な話術に耳を傾けていた。


そんな中、一人だけ場違いに見える存在がいた。

イングリット・ハーロウ。

彼女は古びた黒のドレスに身を包み、目立たない場所に静かに立っていた。他の女子生徒たちが華やかな衣装で着飾っている中、彼女の姿は地味であり、社交の場に慣れていないように見えた。


しかし、彼女は気にしていないようだった。手にしたグラスの中のジュースを一口飲み、辺りを観察する。その瞳には冷静さが宿り、大広間の様子をじっくりと分析していた。






イングリットの姿に気づいたアーノルドは、軽く鼻で笑った。


(場違いだな。こんな夜会に彼女が参加しても意味がないだろう。)


彼はグラスを持ちながら、イングリットの方へ歩み寄った。周囲の友人たちは、彼が何をするつもりなのか分からず、小さなざわめきを見せる。


「君みたいな人がこういう場にいると、ちょっと場違いに見えるよね。」


アーノルドは満面の笑みを浮かべながら、皮肉交じりの声で話しかけた。その言葉には見下す意図がはっきりと込められていた。


大広間の一角が静かになり、周囲の数人が二人の会話に耳を傾けた。







イングリットは、一瞬だけアーノルドの顔を見た。次いで、微笑みを浮かべながら冷静に返した。


「確かに。」

一拍置いてから、彼女は続ける。

「ですが、観察するには静かな方が都合が良いですから。」


その言葉は軽やかだったが、確実にアーノルドの皮肉を無効化した。彼女の表情には全く動揺がなく、むしろ余裕さえ感じられる。


周囲にいた生徒たちは微妙に笑い、その場の空気がアーノルドにとって不利に傾いた。彼女の冷静な返答が、アーノルドの皮肉を滑稽なものにしてしまったのだ。


アーノルドはわずかに表情を曇らせたが、それを隠すように笑顔を保ち続けた。


「そうか。まあ、楽しんでくれ。」


それだけ言うと、彼はそそくさとその場を離れた。周囲の友人たちは特に何も言わなかったが、アーノルドの苛立ちは隠しきれていなかった。








その夜会の後、イングリットの評価は少しずつ変わり始めた。


夜会での一件を目撃していた生徒たちは、彼女の冷静な態度に感心し、ひそひそと噂を交わしていた。


「イングリットって、意外と鋭い子だよな。」

「あの冷静さ、すごいよね。普通ならあんな皮肉、言い返せないよ。」

「授業の討論もそうだけど、彼女って頭がいいだけじゃなくて、結構しっかりしてるよな。」


彼女の的確な発言と行動が、教師たちにも高く評価されるようになり、教室内での存在感も徐々に変わっていった。


一方で、アーノルドはその変化に苛立ちを募らせていた。


(彼女が目立つのはおかしい。俺が学院トップであることは揺るがない。それなのに、どうして彼女が――。)


彼の中で、イングリットの存在が次第に無視できないものになっていく。それは単なる軽視から、疑念と警戒へと変わりつつあった。







夜会を終え、イングリットは自分の部屋に戻った。控えめなドレスを脱ぎ、ベッドサイドに置かれたランプを灯しながら、ゆっくりと一冊の本を取り出す。


(あれで十分。彼のプライドには小さな傷が入ったわね。)


彼女は静かに笑みを浮かべた。アーノルドにとって、自分はまだ「地味な存在」でしかない。だが、彼の中でその印象が少しずつ変わり、次第に彼を追い詰める要因になるだろう――その確信があった。


(彼の弱点は、誰よりも目立ちたいという承認欲求。その欲求が満たされない時、彼はどう動くのかしら。)


イングリットの瞳は冷たく光っていた。彼女の中には、学院での生活を「有意義にする」ための計画が、着実に進行していた。


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