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毒舌執事とカス王女②

* * *


「さて。では前回のおさらいから始めましょうか」


「短いやつね」


「ええ」


【赤き呪印と聖女の棺】

【千変万化の死の音色】

【大地に僅かに爪を立て、竜の息吹を模倣せよ】


「はい長いー! あたし帰るさよならー! あとは一人で勝手にどうぞー!?」


「はい!はいッ!!はあああい短い!! 短いですね姫様ー!簡単ですね頑張りましょうねー!!」


最も使用率の高い攻撃魔法『ジルグラーデ』の詠唱である。見ての通り詠唱が短く、おまけに魔力の消費も少ない。初心者から上級者まで知っておいて損は無い、れっきとした実戦向け魔法だ。


「もっと短いのがいい…」


「あるにはありますが、出力はジルグラーデには遠く及びません。いいからさっさと詠唱してください」


ジルグラーデは魔法の中でも特に、出力の制御がしやすい。人並外れた魔力を持つ姫様がひとたび習得出来れば、まさに鬼に金棒。どこに出しても恥ずかしくない、最強無敵の魔法使いの完成である。だが───


「赤き朱印と粘土のヒツジ!!」


「バカがよぉ!!」


俺が仕えて三年、ずっとこの調子である。魔力が練れても詠唱でミスると意味が無い。逆に詠唱に集中し過ぎて魔力を練るのを忘れると、それはそれで意味が無い。姫様はまるでイタチごっこの様に同じミスを繰り返していた。


「赤き呪印と聖女の棺です。何ですかその冗談みたいな間違え方。ひょっとして笑わせに来てます?」


「至って真面目よ。ひれ伏しなさい」


「何に向けてのひれ伏しなさいですかソレは」


真面目にやってコレなのが問題なのだが。

俺は懐から紙を出し、それを姫様にお渡しする。ジルグラーデの詠唱をメモしたカンペだ。

もちろん、実戦でいちいちコレを取り出して読んでいるヒマは無い。速射性に優れたジルグラーデの強みを殺してしまう事にも繋がる。しかし、魔法初心者の姫様にはこれくらいで丁度いい。


「魔力を練りながら、それをお読みになって下さい」


「分かったわよ…どれどれ、【赤き呪印と聖女の棺】【千変万化の死の音色】【大地に僅かに爪を立て、竜の息吹を模倣せよ】」


「今です、唱えてください」


「じ、『ジルグラーデ』───」


直後、周囲の景色を全て塗り潰すかのような赤黒い光。遅れて(いかずち)の様な轟音が鳴り響いた。

貸し切りの修練場で本当に良かった。これがもし他の家臣達が居たら、いくつか焼死体が転がっていても不思議では無い。


姫様の前には『ジルグラーデ』によって出来た地面の抉れが出来ており、修練場の防御結界にヒビを入れる等、彼女の人間離れした魔力をそのまま物語っていた。


「これでいいの?」


さも当然の様に振り返る姫様は、「私、何かやっちゃいました?」とでも言わんばかりの表情をしていた。普通は初級魔法で結界にヒビなんか入らない。地面も抉れない。


───この世界に攻撃魔法は星の数あれど、基本的な防御魔法はひとつしか存在しない。この修練場にも、安全性確保の為それと同様のモノが施されている。


手のひらサイズの六角形の透明パネルと言うと分かりやすいだろうか。それを隙間なく繋げることによって魔物を遮る壁にしたり、時には足場として利用する。

習得難易度はかなり高く、魔力消費も大きい。全魔法使いの上位1%と言われている第3階級の魔法使いですら、防御魔法を使える者はひと握りだけだ。


「お見事です。流石は姫様、素晴らしい魔法でした」


「何よそのどこか不満そうな顔は。ぶっ飛ばすわよ」


「いえ、俺の本心です。初めての魔法ですね、本当におめでとうございます」


「ありがとう。アンタのお陰ね。で、本心は?」


「明らかに俺より威力が高いから正直ムカついてます。マジで失敗すれば良かったのに」


「あら、ありがとう。クビよ」


しかしそれ故に、防御魔法は展開さえしてしまえその効果は絶大で、竜の一撃を受けても傷一つ付かないと言われている。しかし姫様は、それに傷を付けた。つまりフィアナ=グランテーレは、誰でも使える一般魔法をボカスカ撃つだけで、竜にゴリ押しで勝ててしまう───


「…ってこと?」

「何よその顔…」


当面の問題は出力の調整だろうか。仮に呪文の詠唱を完璧に覚えた所で、先刻の怪獣ビームみたいなジルグラーデを撃てばそれだけで街がブッ壊れかねない。というか竜より化け物って本当に何だよと考えさせられてしまう。


こんな説明をしてしまうと「竜ってしょぼくない?」なんて意見が飛び交いそうだが、そんな事は無い。八年前に王国に飛来した竜一頭を討伐するのに、グランテーレ王国は当時の兵隊の七割を犠牲にして、領土の六割を焼け野原にされたのだ。そう、壊れているのはウチの姫です。


「それでは次は、体内のマナの循環を最小限にして撃ってみて下さい」


「えぇ…ただでさえ詠唱に集中してるんだから、あんまり難しい事させないでよね」


「今のを城の外で繰り返したら王国が焼け野原になりかねないです」


「仕方ないわね…」


再度詠唱。今度は『明らかに初級魔法の威力じゃないけど人が死なないレベル』のジルグラーデが撃てた。偉い。

個人差もあるが、『ジルグラーデ』は『魔力を込めた全力パンチの七倍の程度の威力』だとされている。三小節で放てる魔法としては破格のコスパの良さだ。


だからと言って、普通こんなに離れた所まで肌を焼くような熱波は飛んでこない。まさに歩く魔力の塊。ゴリラかよ。


「今アンタからこの上なく不愉快な波長を感じるわ」

「気のせいでしょう」


ウチの姫様は動物並に勘も鋭い。

しかし、先刻の『二発目のジルグラーデ』を常時使用出来る様にさえなれば、魔法使いとして十分戦える。どこのパーティーもこぞって欲しがる優秀な人材になるだろう。軍にいた頃の先輩の言葉が脳裏を過ぎる。


『良いかァ!!強くなりたければ、とにかく実戦だ。技術や判断力なんてのはその後に付いてくる。強くなりてぇ奴ァ、ひたすら魔法をぶっぱなせェ! 魔物の鼻を狙えェ!』


───そうですよね、先輩!!

俺に戦い方を教えてくれたリチャード先輩。サングラスがチャームポイントだったリチャード先輩。あなたの教えは今も生きています。まさかあんたが落ちてきたヤシの実で殉職する事になるとは思わなかったけど。


「姫様、人が急激に成長するきっかけは二つあります。ひとつは命の危機に瀕した時。そしてもうひとつは───」


懐から取り出した『リング』と呼ばれる指輪型の杖を右手の中指に装着し、魔力を篭める。体内の魔力がリングから吹き出すかの様に、赤黒い炎となって一気に体外へと流れ出した。


「己の肉体を限界へと追い込む覚悟です!!」

「何が違うのよ!!」

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