毒舌執事とカス王女①
5年ぶりくらいの長編小説になります。誤字脱字あったら教えてくださいませ( 'ᢦ' )
前世は高校で教師をしていた。科目は数学。人の苦手は千差満別で、中には3引く1が解けても1引く3が分からない生徒が沢山いた。
しかし、それをどうこう言うつもりは無い。
引き算が出来ない十六歳の高校生がいれば、自転車に乗れない二十八歳の俺がいた。それだけの事だ。
「ねぇ執事」
「はい姫様」
なお、前世での死因はチャリである。
苦手科目を克服し第一志望に合格した生徒に「先生の生徒で良かったです…!」なんて言われた日には、教師なら誰だって「俺も負けてられねぇな」と思うだろう。
その晩、苦手を克服しようとサドルに跨り、そのまま横転。
頭蓋骨粉砕。
不幸中の幸いと言うべきか、痛みは感じる間もなく死んだ。
「貴方にお願いがあるのだけれど」
「この俺に出来る事なら何なりと」
死後俺が生まれ変わった世界は、一見すると中世のヨーロッパに見えなくも無い。
しかし、街中で馬車を引いているのは馬の代わりにデカいトカゲ。明らかに物理法則を無視した空飛ぶホウキ。おまけに道行く人々のおよそ半数が『獣耳』『ドワーフ』『リザードマン』ときた。
「相変わらず頼りになるわね、ロイド。それじゃあ───」
しかし、ここでの生活は悪くない。
仕事が定時にキッチリ終わる上に、月収は金貨五百枚(50万円くらい)。前世と比べたら破格の職場環境だ。
唯一欠点を挙げるとすれば───
「───エロ本を買ってきなさい」
「───絶対にイヤでございます」
俺が仕えている姫様───グランテーレ王国第二王女・フィアナ=グランテーレ様が絵に描いたような『カス』だという事である。
「なんでよ」
「ご自分でお読みになるのではなく、俺の羞恥心を煽るためだけに買わせるおつもりでしょう」
「は? それの何が不満だって言うの?」
「全部でございます姫様。控えめに言って死んだ方がよろしいかと」
「ふふっ、いい度胸ね。クビよ」
腰まで伸びた美しいブロンドの髪・サファイアの様な碧眼。それに見劣りしない可憐な声。
神様が「ワシ、本気で美少女作ったろ!」と意気込んで生み出したとしか思えない完璧な少女の器に宿ったのは、あろう事か悪魔の様な魂だったのである。
ことある事にワガママを振りかざし。
気分次第で使用人をクビにする。
付いた異名がグランテーレの爆裂王女。
「馬鹿な事言ってないで、そろそろ魔術式のお勉強を」
「嫌よ。退屈だわ」
「簡単なヤツですから」
「アンタがそう言って簡単だった事が未だかつてあったかしら」
「先っちょだけですから!!」
「何の先っちょよ!!」
「お勉強が退屈なのは俺も同感ですが、姫様はもう少し王女としての自覚をお持ち下さい。同年代で基礎魔法の詠唱を暗記してないの、姫様くらいですよ」
「はぁ〜…分かってないわね、アンタ。その詠唱を覚えるのが退屈だって言ってるの! そもそも、あたしは魔力をブッ放すだけで大抵の魔物は木っ端微塵よ」
そう言ってそっぽを向いてしまう姫様。事実、彼女の魔力は一級品だ。貴族の血が優れている事を差し引いても、フィアナ=グランテーレの魔力は『常人の約三十倍』と人間離れしている。
魔法使いは六つの階級に分けられる。
・第1階級魔法使い・
ゴブリンやスライム等、低級の魔物を倒せる。
・第2階級魔法使い・
低級の魔物の群れを倒せる。全人口の60パーセントを占める。
・第3階級魔法使い・
オークやベオウルフ等、中級以上の魔物を倒せる。全人口の凡そ1パーセント。
・第4階級魔法使い・
四大貴族クラス。王国に三十人強しかいない。稀に『固有魔法』と呼ばれるユニークスキルを持つ者がいる。
・第5階級魔法使い・
王国にたった七人しか居ない魔法使いの頂点。単騎で魔物千体の群れと渡り合える。姫様以外の全員が唯一無二の固有魔法を使う事が出来る。
・第6階級魔法使い・
第5階級と比較しても明らかに規格外の実力を持つ者。
現在は二名のみ。元魔王と、元勇者パーティーの魔法使い。
第6階級魔法使いのうち一人は、俺が以前所属していた軍隊の元帥、アリス=ノワール(元魔王)。
彼女は勇者パーティーにコテンパンにされて以来、飼い猫の様に大人しくなったらしい。三年前、当時十四歳の俺を姫様の執事に任命したのもこの人。
下された命令は『フィアナ=グランテーレに魔術の教育をし、三人目の第6階級魔法使いにすること』。
貴族と言えば魔術の申し子の集まり、それも王女ともなれば並外れた教養を積んでいる筈。果たしてそんなお方に、俺が教えられる事なんてあるのだろうか──
そう思っていた時期が俺にもあった。いざ蓋を開けてみればコレである。
「何よその目は。ケンカ売ってんの? いいわ、相手になるわよ。シュッ、シュッ」
「まぁまぁカス様落ち着いて…」
「カス様って何よ!? 前々から感じてたけどアンタあたしの事を舐め腐りすぎじゃない…!?」
魔術とは才能と努力の掛け算。いかに優れた血が流れていようと、努力を丸っきり放棄した結果がこの有様である。
以前「まさに豚に真珠ですね姫様」とクビ覚悟で言い放った所、「私を真珠に例えるのは良いとして、この私の魔力を豚に例えるとは良い度胸ね」と返された。滅相もございません姫様。豚はお前の脳ミソでございます。
「姫様。あなた何故、ご自分が『爆裂王女』等という不名誉な二つ名をお持ちかご存知で無い?」
「フン、あれね。きっとあたしが去年『成人の儀』で見せた圧倒的なまでの才能に魅された愚民どもが付けたのだわ。怖いわね〜…大きすぎる才能ってヤツも」
「違いますね」
「ふぁ?」
昨年、姫様の十五歳の『成人の儀』で行われた魔力測定。水晶に手をかざし、変化した水晶の色で魔法使いの階級を判別する。
赤色───第1階級。青色───第2階級。
黄色───第3階級。紫色───第4階級。
黒色───第5階級以上。
家臣一同が見守る中、水晶は姫様の膨大な魔力に耐えきれず、黒いガラス粒子となり、成人の儀に使用された礼拝堂全体に雪のように降り注いだ。直後、家臣の大歓声がその場を満たし、姫様は清々しいまでのドヤ顔を俺に向けた。
「───あなたその後、当時の婚約者に婚約破棄されているでしょう」
「……」
「そもそも、魔力がピカイチだとしても術式の知識がからっきしの魔法使いなんてたかが知れてます。あなたが爆裂王女と呼ばれているのは───」
「やめて! 聞きたくない」
「魔力を使う度に暴発して魔物共々パーティー全壊させてるからでしょうが」
「やめて!!」
「そのせいで去年、パーティー追放されてますよね姫様ー!!」
「嫌ぁあああ!!」
以下、姫様の成人の儀で起こったこと一覧。
①魔力に耐えきれず水晶が爆散
②日頃の振る舞いに限界を感じた彼ピに婚約破棄される
③『②』に便乗するかのように当時所属していたパーティーのリーダーがやって来て、追放を告げられる
たった三十分の『成人の儀』でこれだけの事をやってのけた。まるで昨今のライトノベル欲張りセットの様な濃密さ。
「いい加減分かるでしょう姫様。嫌でも辛くても、努力出来ない人間から徐々に人は離れていきます」
「うぅ…わかったわよ」
今が三月で、成人の儀が行われたのは十二月。
つまり去年と言っても、実際には成人の儀から三ヶ月弱しか経っていない。婚約破棄とパーティー追放のダブルパンチを喰らった心の傷はまだ癒えていないのだろう。
「ここで魔法を放つ訳にもいきませんし、一旦修練場へ移動しましょうか」
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