私はヤンデレ素質のある幼なじみのことを愛している。
「――なんで、僕の大切なものを他人と共有しなければならないの?」
「僕の友人だっていうのならば、僕だけと仲良くしていればいいのに」
――幼い頃に出会ったその少年、ネイサ・キーフォンはそういうことばかり言っていたから、周りから敬遠されていた。独占欲の強い、我儘な子供。公爵家の次男という立場で、見目も美しい。
艶のある黒髪と、青色の瞳の少年。
……肩書や見た目だけでいえば、人が周りに集まってもおかしくない。それでもその性格が難ありだったため、近づく人はいなくなっていた。
「じゃあ私があなたの傍に居ます」
周りと良い関係を築けない息子を心配して、公爵夫妻たちは沢山の同年代の子供たちを集めた。
――男爵家という、本来なら公爵子息と関わりもないような私、リエートア・キディグソンが呼ばれたのもそういう理由からだった。そもそもうちの家は、元々平民で、父親が商売を成功させたため男爵になったばかりの成り上がり貴族である。そういう家と生粋の貴族家たちはあまり関わろうとしないが、公爵家はなりふりを構っていられなかったのだろう。
キーフォン家はこの国で浄化の一族と呼ばれている建国時からある由緒正しい家柄だ。だから本来なら、私はその少年と出会うことはなかったのだ。
――私は、その少年を見て一目で夢中になった。
なんて綺麗なんだろうと、まず惹かれた。そしてその口から紡がれる言葉も、私の心を惹きつけた。
だから言った言葉。その言葉を告げれば、彼は私を束縛するだろうということは分かった。そもそもこれまでの彼のやらかしてきたことを思えばそのぐらい分かる。彼は自分と親しいものが誰かと親しくすることを嫌がる。そのせいで友達を無くし、独りぼっちである。
「本当……?」
「ええ」
私が頷いた時の、ネイサの笑顔は本当に魅力的だった。
そうして私はネイサと交流を持つようになった。
*
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「無理をしていないか? 無理強いをされているなら言ってくれ」
私がネイサと仲良くすることを決めた後、周りから散々心配された。
でも私は無理をしてなど全くなかった。
なぜなら私はネイサに束縛をされたとしても問題がなかった。というのも、私には前世の記憶と言うものがある。前世の地球で私はよくヤンデレヒーローの出てくる漫画などを読んでいた。そういうものが私は好きだった。――それで思った。
これだけ愛されるのならば幸せで、相手がどれだけヤンデレでも問題がないのではないかと。
ヤンデレが悲しいバッドエンドなどを迎えるのは、捕まる側の同意を得られていないからであろう。正直私はこんなに愛してくれているのならば受け入れればいいのに、とそう思ってならなかった。
さて、私が今世で出会ったネイサはおそらくヤンデレの素質がある。それに私は彼に一目惚れしたので、ネイサがどれだけ暴走しようが良かった。寧ろ私のことを愛してくれるのならば、とても幸せなことでは?? と思っている。
「全く無理してません。ネイサは確かに独占欲が強くて、私が誰かと仲良くしたら悲しむと思います。なので、私はネイサが嫌がるような行動はしません。私は男爵家の娘でしかないので、誰かと交流を持たなくても問題ないです。ネイサが望むなら周りとは交流を絶ちます」
私が淡々とそう告げたら、益々心配されたけれど……私はネイサにすっかり夢中になっていたのでそれは本心だった。
実際に「ネイサが嫌がるから文通はやめる」と友人たちにも手紙を送った。ネイサが嫌がることをする必要は全くないのだ。私はネイサの悲しそうな顔よりも、笑っている顔の方が見たい。
私がネイサが悲しむならやめると交流を絶っていくのを見て、ネイサは嬉しそうにしていた。その笑みを見ているだけで私は嬉しくなった。
ネイサは私にひっついて、「僕もリエートアだけが居ればいい」とそう笑っていた。
私は別に、ネイサが他と交流を持っても私の傍に居てくれるならば別に構わなかった。だってネイサは私のことを一番大切にしていて、他の誰かと交流を持ったとしてもこちらに来てくれるとそう確信していたから。
ただネイサも私だけが居ればいいって、周りと交流は全然持ってなかった。
――さて、私とネイサは出会った時、十歳だった。
それから六年後、互いの家の両親から「学園だけは卒業してほしい」と言われたため私たちは学園に通うことになった。
これまでパーティーなどにも必要最低限のものしか顔を出さずに二人で仲良く過ごしていた。というかパーティーでも私は他の人と話さなかった。……周りも私とネイサはそういうものと思っているらしく、特に何も言われなかった。
この六年の間、私は監禁したいと言うネイサに
「私の事を監禁しても大丈夫。私はずっとあなたを見て、あなたの声を聞いて過ごせれば満足だもの」
と言い、
人と交流をやっぱり持ってほしくない。自分とだけ話していればいいと言うネイサに
「私はネイサが言うのならば、他の人と話したりなんかしないわ」
と言い続けた。
私は本気でネイサにならば監禁されても構わないし、ネイサの美しい顔だけを見て、ネイサの心地よい声だけを聞いて、ネイサの体温だけを感じられる――なんてどれだけ幸福なことだろうかとそう思ってならないから。
というか、衣食住の全てを大好きな人に管理されているなんて素敵なことでは?? などと思う私も十分狂っているのかもしれない。……兄や弟には「何言ってんだこいつ」みたいな目でよく見られる。
ちなみに出会って一年後には私とネイサは婚約者同士になっていた。ずっと一緒に居るためには婚約者という立場の方がいいと言う話になったから。
……ネイサは私に依存はしているけれど、私のことを恋愛感情の意味で好きかは分からない。
ただ私を手放したくないから婚約者にしているだけだったら、と思うと少し胸がざわつく。
ネイサは私の水色の髪に触れ、綺麗だと笑う。私の青色の瞳を見て、サファイヤみたいだと笑う。私のことを膝にのせて、匂いを嗅ぐのが好きだ。私のことをよく腕の中には閉じ込める。私の事を可愛いと言って笑う。私の手を引いて、離さない。
――でも口づけなどはしない。私を傍に置いて、ただ笑っている。
いつか、私のようにネイサの全てを受け入れる人が現れたら。ネイサがその人を恋愛感情で愛したら。多分、ネイサは一度懐に入れた私のことは手放さないとは思う。私のことは傍に置きながら、誰かを愛したりするのだろうか……?
ネイサと、私と、ネイサの愛する人。
そういう三角形が出来たら、ネイサの愛した人は私を排除しようとするだろうか? その時、ネイサはどうするだろう? ……私の方を取るなら、うん、それはそれでゾクゾクする。とても素敵なことだと思う。なんだかんだ私のことを特別に思っているネイサは、私を手放さないためには何だってするとは思っている。でも、誰かを特別に思ってそちらを取ったら……ネイサのことだけを考えて、ネイサのことだけを優先して生きてきた私は生き方が分からなくなってしまうかもしれない。
私はネイサのヤンデレな部分をただ受け入れているだけで、それ以外は本当に何の力も持たない。
例えば私が何らかの力を持っていれば、ネイサが離れていかないように出来るだろう。でも私は転生者であることをのぞけば、何もない。
「リエートア、何を考えているの?」
考え事をしていた私にネイサが問いかける。
その目は狂気に満ちている。……私はこういう目が好きだ。私が他の誰かを見ていることを許さないという瞳。なんて、心地よいのだろう。
「ネイサのこと」
私がそう言ったら、ネイサは笑う。
出会った頃よりずっと、ネイサは男らしくなった。十歳の頃はまだかわいらしさの残る顔立ちだったのに。凄くかっこいい。私には笑みを浮かべているネイサが、他にはいつも表情一つ変えないと侍女が言ってた。
ネイサの笑みが大好きだ。その笑顔を見ていると嬉しくなる。
――願わくばネイサが私をそういう意味で愛さなくてもいいから、そういう相手を作らなければいいとそう思った。
学園に入学してからも私とネイサの関係性は変わらない。私はネイサとしか基本的に口を開かない。私に用事がある人は、ネイサを通してしか私に接触出来ない。ネイサの家が手を回して、私とネイサは同じクラスで、席は隣同士。離すと大変だろうと、両親たちは分かってる。
ネイサは頭が良い。……授業中も私のことをよく見てる。でもちゃんと授業も聞いている。私の頭は平均的だ。分からないことは教師ではなくネイサに聞く。
教師にあてられた時に答えたら……クラスメイトたちは「喋れたの!?」「初めて声を聞いた」と驚いていた。
ネイサは少し不機嫌そうだった。
私は自分の声だから分からないけれど、私の声はネイサにとって可愛いものらしい。自分自身で聞く声と、他の人がきく声は少し異なるのもあり分からない。ネイサは私の声は聞き取りやすくて、心地よい声だと言う。私が膝枕をして、子守歌を歌ってあげると……ネイサはすぐに眠りにつく。私は寝顔を無防備にさらすネイサを見るのが好きだ。
朝も、昼も、夜も――、私は基本的にネイサとずっと一緒に居る。寮は隣同士。特例で設けられた。でも基本的にどちらかの部屋に入り浸っている。
ご飯も一緒に作る。ネイサは私の体に入るものは、自分で調理したいらしい。ネイサの方が料理が得意だ。私の好きな物をよく作ってくれる。
甘いものが好きで、前に気を抜いて太りかけたことがある。ネイサは「太っていてもリエートアは可愛いよ」と言っていたが、健康的でいたいので体重管理は気をつけている。
休みの日は大体寮に閉じこもる。必要なものは取り寄せればいい。でも時々出かける。ネイサが私が好きそうな物を見つけると、出かけようと誘ってくれる。
――そういう日々を過ごしていた時、転入生がやってきた。
私たちはすっかり学園で有名になっていて、私達に関わろうとしてくる人たちはいなかった。
だけど、その転入生は
「なんでそんなにネイサのヤンデレが悪化しているの!? 確かにヤンデレ枠だったけれど! それに背景令嬢が婚約者なんて……! どういうこと?」
と騒いでいた。
私は転生者で、漫画などをよく読んでいた。だからなんとなく、その桃色の髪の少女の言っていることが分かった。
ここはもしかしたら乙女ゲームとか、少女漫画とかそういう世界なのかもしれない。ヒロインがイケメンたちと出会い、恋をしていく物語。ヤンデレ枠ということは、私のネイサはヒーローの一人なのだろうか?
それには納得した。
ネイサはかっこいい。そして基本的に何でもそつなくこなす。私にとっては愛おしい点だけど、周りにとっては欠点なのは性格だけだ。
背景令嬢というのは、私のことだろうか? 所謂モブだったということ? でも確かに私が前世の記憶を持ち合わせていなければそうなったのかもしれない。
悪化しているというのも私が彼を受け入れ続けたからだろうとは分かる。……でもそれがなんだというのだろうか。この少女に何の関係があるのだろう?
「……」
私は腕を掴まれて言われた言葉について思案する。言葉は発さない。こんな少女と口を開く必要性はないから。
「リエートアに何をしているの? 離して」
ネイサが少女を突き飛ばして、私の腕からその手を離させる。そして掴まれていた右腕を手に取る。
「……変な女の匂いが、ついた」
そういいながらべたべた私の右腕を触っている。まるで上書きするかのようなネイサに、私は嬉しい気持ちでいっぱいだ。
ネイサは他の何かが私に触れることを嫌がる。家族や侍女たちが私に触れることはまだ許してくれるけれど、そのあといつもべたべたしている。
「ネイサ、行こう」
このまま此処にいて、あの少女がよく分からないことを言ったらネイサは不機嫌になってしまう。だから、私はネイサに言った。ネイサは笑って、私の手を引く。
「待って――!! あなた、それでいいの!? 無理やり従わされているだけじゃないの!? 私は××! あなたが――」
何か言っている。
正直、どうでもいい騒音でしかない。
私とネイサの関係は、すっかりこの国では当たり前になっている。触れない方がいい、そういう二人。そう理解しているから、皆関わってこない。でもあの少女は……そうじゃないのかもしれない。
そんな予感はした。
実際にその予感は当たっていた。
あの少女は、王弟の忘れ形見らしい。昔、王弟は平民と愛を育んだらしい。王家の地位を捨てたその王弟は妻とともに災害で亡くなった。その忘れ形見らしい。……王太子に私たちに関わるなと言われていても関わってくる。
王太子は昔、ネイサと友達だった。今も向こうは友達のつもりかもしれない。ネイサのヤンデレな部分に恐れをなして距離をおいたのに、時々近寄ってくる。私とネイサが仲良くなった当初、少女のように勘違いしている人は少なからずいた。無理をしてないかとか、脅されてないかとか。
そんなわけない。
ネイサは特別にはうんと優しい。そもそも本気でネイサのことを嫌がっているのならば、ネイサは私を特別にしない。王太子には散々、そのあたりを見せつけたので何も言わなくなった。
近しい人たちほど、私とネイサのことをちゃんと理解している。
「リエートア様が無表情なのも、あのヤンデレのせいですよね!? 私が助けます!!」
「……」
無言で首を振っておいた。
わざわざ用意周到に王弟の娘という権力を使って、私とネイサを引き離そうとする。その少女は私に要らない同情をしているらしい。
いつの間にか連れてこられた屋敷。そこには少女の味方らしい人たちが沢山いる。
私は前世からあまり表情が変わらない。それは昔からで、特にそれがネイサのせいというのはない。ネイサに出会う前から私はそうである。まぁ、ネイサは私が他の存在に笑いかけると悲しそうなので、ちょっと心がけている部分もあるけれどそれだけだ。
……言葉も、ネイサが嫌がるから発したくない。
ネイサに会いたい。訳の分からない少女と関わりたくもない。
でもこの少女に同調しているものは多そうだった。少女はまっすぐで、明るくて、まるで何かの主人公のようだ。もしかしたら少女が知っていそうなその世界のヒロインとかなのかもしれない。
言葉で言わないと、理解しないだろうか。
「自分の意思でネイサの傍に居ます。無表情は元からです」
「言わされているんでしょう! 可愛そうに……!! 私が彼を正常に戻して、あなたを解放してみせるわ」
……何と言っただろうか。この少女は。
正常に戻す? 解放する? どうしてそんな余計なことを言うのだろう。ネイサはネイサだからいいのに。
「要りません」
そう言っても聞く耳を持たない。
どうすればいいだろうかと悩む。本当に要らないというのをどうやったらこの人たちは理解するのだろう。
周りの者たちも少女に同調している。おそらく、『可哀想な少女を助ける自分』に酔っているのだろう。私は可哀想でもなんでもないけれど。
ネイサは……少女に同調した者たちの力を持つ一部が、魔法でとらえているらしい。どうしてネイサにそんなひどいことをするんだろう。
「ネイサに何かあったら私は首を切って死にます」
そのあたりにあった花瓶を割って、破片を首に押し付けてそう言ったら彼らは青ざめていた。
私は身動きが取れなくされる。洗脳されているなどとささやかれているが、そんなことはない。
私は元からそうだ。
ネイサの居ない世界は、必要がない。
ネイサが私の全てで、やっぱり私はネイサが居ないとどうしようもないのだ。
私は力がないから、監視されている状況で抜け出せない。
ネイサに会いたい。
*
翌日、ドレスを着せられた。
ネイサが選んだもの以外着たくなかった。
拒否しても無理やり着せられた。暴れないようにされる。それも正しい行動だと彼らは信じている。
……国王と王太子や、ネイサの両親は公務で王都から離れているらしい。私の両親は男爵領にいるので近くにはいない。王妃もこの少女に感化されたようだ。あれだけ王太子やネイサに言われてたのに。
ネイサも魔法は使える。そのネイサが一日捕らわれているままというのは、多分よっぽど高位の魔法使いでも少女側にいるのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、私はパーティー会場に連れて行かれた。
「彼女はネイサ・キーフォンへの生贄のようにされていました。それを国王や王太子も見て見ぬふりをしている……一人の少女を犠牲に保つ平穏など、あってはならないのです」
「犠牲ではありません。私はネイサの傍を望んでいます」
「このように彼女はすっかり洗脳されてしまっています。私は王家の血を継ぐ者として彼女とネイサ・キーフォンの現状をこのまま放置してはいけないと思いました」
酔ってる。確実に自分に酔ってる。
訳の分からないことを言う少女と、彼女が王弟の娘でその後ろに王妃が居るから何も言えないであろうものたち。あとは同調している者もいるけれど、本当に困る。
なぜか洗脳の証人としてあげられた人には、昔の友人がいた。
ネイサと出会ってから縁を切られた。それはネイサが無理強いをしたなどと言っている。そんなことはない。私は自分の意思で縁を切るとちゃんと言っている。
あとは私の見た目に惹かれたという令息。私を救い出そうとしても救えなかっただとか、喋らせてもらえていなかっただとか。いつでも私がネイサにとらわれているだとか。私が自分の意思で行っていることなのに困る。
否定のためにこんなに大勢の前で言葉を発するのも、本当はしたくない。だってネイサが悲しむ。ネイサが悲しいと私も悲しい。あとなんか私の侍女たちも洗脳されているとかいって隔離しているらしい。勝手に決めつけすぎている。
「――リエートア様の洗脳は根深いです。知り合いに診てもらったところ、黒魔法もかけられているとか! そんなことが許されると言うのでしょうか! だからこそ私は魔法を解くための聖水と自白剤を用意したのです。これでリエートア様も本音を語れるはずですから」
「……やめて!」
そんなもの盛られたくなかった。
黒魔法も自分の意思でかけてもらったものだ。そんなもの飲まされたくなかった。
でもそうやって抵抗するのが洗脳の証だとか言って、飲まされた。
「――リエートア様、ネイサ様のことをどう思っているか言ってください」
「リエートア、ごめんなさい。今まであなたを助けられなくて」
ああ、やめてほしい。少女も王妃も、なんでそんなことをするの?
「愛しているの」
私の本心なんて、それだけに決まっている。ネイサへの愛の言葉をどうして人前で言わなければいけいないの。ネイサ本人にだって、こんな恋愛感情を告げたことはないのに。
ネイサは私の声を、言葉を、他の人に聞かせたくないのに。
「え……?」
「リエートア、今、なんと?」
呆然となんてしないで。私の本心なんてそれしかないから。
「ネイサのことを愛しているの。一目会った時になんて綺麗なんだろうと心惹かれたの。私が傍に居るといったら嬉しそうに笑っていた。その笑みがずっと大好き。ネイサは私のことを独占しようとして、可愛い。ネイサが私を他の人とあわせないようにするのも嬉しい。ネイサが居なくなったら私は生きてはいけない。……なんでネイサにも言ったことないのに、こんなところで、言わなきゃいけないの」
促されるまま告げた言葉に、悲しさと恥ずかしさでいっぱいになった。
ネイサ本人にだって、こんな恋愛感情言ったこともない。ネイサの感情がどういうものかは私にも計り知れたから。なんで、どうして、こんなことを言わされているの。
「ネイサ・キーフォンにも言ったことがない……?」
「だって、ネイサは私を特別に思っているけれどそれが私と同じ物か分からないもの」
私の言葉にシーンとその場が静まり返る。
その場がざわめいている。
「え。あれだけべったりくっついていて、ほぼ同じ部屋で暮らしているって聞いていたけれど」「え、いやあれでそういう仲じゃないというのがあり得るのか?」「婚約者だけど恋人関係じゃないってこと?」「あんなに大切そうに抱え込んどいて?」「キディグソン令嬢に近づく相手をあんだけ睨みつけといて??」「まだ手を出してなかったの!?」
ああ、もう恥ずかしすぎる。
色々言われている言葉は頭に入ってこない。
「ネイサは私を手放したくないと思ってる。だから私はネイサの婚約者です。でもネイサが誰かを恋愛感情で好きになったら、どうなんだろうって思う。ネイサは私を手放さないと思う。でもネイサがその人のこと私より特別になったら、私はネイサが居ないとどうやって生きていけばいいか分からないのに……」
自白剤のせいか、ぽろぽろと本音がこぼれる。
「なのにどうして勝手に決めつけて、私が不幸なんていうの? 私はネイサが私にだけ笑いかけてくれることが幸せなのに。ネイサが望むなら私の声なんてネイサにだけ聞かせておきたいのに。なんでこんな場でネイサにも言ったことのないこと、言わなきゃいけないの。黒魔法だってネイサが私の口から誰かの名前が出るのを悲しむから、名前を覚えないようにかけてもらったものなのに。愛してるって告げるなら……ネイサにだけが良かったのに。ちゃんと、特別な場所で、ネイサにだけ言いたかったのに……」
本音が無理やり口から洩れるのと同時に、涙が溢れてきた。なんでこんな状況にされなきゃいけないんだろう。
こんな醜態さらして、悲しい。ネイサが私に同じような感情を抱いていなかったら……。
ネイサが望んでいるのが受け入れてくれるだけの友人で、恋愛感情なんかじゃなかったら……。
「ネイサが嫌がったらどうしよう。ネイサが私の傍から離れたら……ネイサに会いたい」
ネイサに会いたい。
こんなに離れるのって今までなかった。それも無理やり。
「リエー……」
声をかけられそうになった時に、大きな音が鳴った。何かが割れるかのような音。
「リエートア!!」
大好きな人の声に顔を上げる。
ネイサがいる。ボロボロなのは、捕らえていた魔法使いをどうにかしたから?
顔をあげた私を見てネイサは驚いた顔をして、私の元へ飛んできた。文字通り、飛んでである。ネイサは風属性と雷属性の魔法が得意なのだ。
「なんで泣いているの? こいつらに何されたの?」
そう言いながらも私の泣き顔なんて貴重なものを他に見せたくないのか、私を抱きしめ、顔を隠すネイサ。
ネイサに抱きしめられて、少しほっとする。
「……黒魔法解かれて、自白剤飲まされたの。ネイサ、私帰りたいの。ネイサと二人がいいの……。こんなところで本音をこれ以上曝したくないの」
私がそう言ったらネイサは怒った様子を見せている。私は魔法が使えないし、感じ取る能力が低いから分からないけれど多分魔力で威圧している。
「……今はリエートアが帰りたがっているから一旦ひくけど、後から覚悟しといて」
ネイサはそれだけ言うと、私をお姫様抱っこしてそのままその場から去るのだった。
「ねぇ、ネイサ。私今、自白剤の効果あるから離れてた方がいいかも」
「なんで?」
「だってネイサにとって聞きたくないこともあるかもしれないわ」
「俺がリエートアの言葉で聞きたくないものなんてあるはずないだろう?」
ネイサは私をソファに座らせてにこにこしている。
私たちはキーフォン公爵家の別邸にいる。寮ではなくこちらに戻ったのは、しばらく学園も休むつもりだからかな。
この場には、私とネイサしかない。自白剤を飲んだ状態の私を人目にさらしたくないからだろう。
「リエートア。自白剤で何を言わされたの?」
「あの少女と王妃が私はネイサに洗脳されているって言ったの。ネイサのことをどう思っているかって」
「……なんて答えたの?」
「ネイサを愛しているって答えたの。……私はネイサのこと、愛しているもの。大好きなの」
私がそう言ったら、ネイサがそっぽを向いた。
……やっぱり嫌だったのかな?
「ネイサ……っ」
「リエートア!! なんで泣いてるの!?」
「だって、ネイサがそっぽ向いた。……ネイサは嫌だったんでしょ。私はネイサとキスしたいとか、触れて欲しいとか、思っているけど……ネイサは私にべたべたするのに、手出ししてこないもん。侍女から聞いて、異性をドキッとさせるものとか着たことあるのに……」
ネイサはやっぱり私のことは特別に思っていても、私のことをそういう意味で好きではないのだと泣けてくる。だって前に侍女たちに準備してもらってそういう服も用意したことあるもの。でも手を出してくれなかった。
「違う!! 俺だってリエートアにキスしたい!!」
「え?」
叫ばれてびっくりして涙が止まる。ネイサの顔を見ると、赤い気がする。
「俺だってリエートアのことを愛している! リエートアにキスしたいし、もっと触れたいし、手を出したいって思っているけど、我慢してたんだよ!」
「……そうなの? なんで?」
「……だって、リエートアは俺に監禁されてもいいとか簡単に言うし、俺が嫌がったら本当に他人と交流絶つし、喋らないし……でもそれだけ行動で示してもそういうこと言わないし。俺を意識してくれてなさそうで、リエートアは同じ意味で好きなんじゃないんじゃないかって……」
そう言われて驚く。
……私とネイサ、同じこと、考えていた? そう実感して思わず笑ってしまった。
「私とネイサ、同じこと考えてた。私もネイサが私のことをただ特別なだけで、同じじゃないのかなって思ってたの。だから、言うのが怖かったの。ネイサは私を特別には思ってくれているけれど、もし恋愛感情で他に好きな人がネイサに出来たらって……それで私がネイサの傍に居られなくなったら生きていけないなってずっと思ってたの。私はずっとネイサに出会って、ネイサ中心で生きてきていたから、ネイサが居ないと生き方が分からないの。ネイサのこと大好きなの。本当にネイサにだったら監禁されても構わないの。ネイサの声だけ聞いて、ネイサの顔だけを見て過ごすのも私は幸せだって思うから。あの人たちは私を不幸って決めつけたけれど、私はあなたが傍にいるのが幸せなの。……改めて言うけれど私はネイサのこと、愛しているの」
自白剤がまだ効いていて、本当にぺらぺら自分の気持ちがこぼれる。我ながら、重い。
「可愛い……。無理、キスしたい……」
「キスしていいよ?」
「……絶対、キスだけじゃ止まらない」
「それでもいいわ。ネイサが与えてくれるものなら何だって嬉しいもの」
「……俺とリエートアの両親に婚前交渉はするなって言われてる!」
「私は手を出してほしいの。お父様たちには私から言うから、ね?」
そういってネイサに抱き着いたら、陥落した。
……その後はまぁ、学園を二週間ほど休んで幸せな日々を過ごした。
ついでに黒魔法も魔法使いを呼んでかけなおしてもらった。
久しぶりに学園に顔を出せば、少女や彼女に同調していた者たちの姿はなかった。
今回の一件の処罰を受けている最中らしい。あと自白剤で私の本音を聞いた人たちはもれなく魔法で記憶削除をされたようだ。
ネイサが「記憶削除しないなら全員殺す」と言ったかららしいと王太子から聞かされた。
王妃は帰ってきた国王に呆れられて離婚されたそうだ。
ネイサの家は特別な家だ。それでいてネイサは浄化の力もとてつもなく強い。
この国は過去に瘴気に汚染されていたことがある。その瘴気はいまでは抑えられているけれど、時折漏れることもある。そして漏れた先で魔物が活発化したりもする。
……ネイサの浄化の力が強いからこそ、ここ何年もの間、そういう問題が起こっていない。
ネイサの家族たちもネイサほど力が強くないので、国としても王家としてもネイサの機嫌は損ねたくないとは思っているのだ。そういうことについても王妃は説明されていたはずだけど、少女に感化されて頭から抜けていたのだろう。泣いて謝っていたらしいけれど、祖国に戻されたようだ。
「ネイサもリエートアも本当に悪かったね。今後はこのようなことはないようにする」
「当たり前」
「……」
王太子の言葉に、ネイサが答え、私は無言でうなずいた。
「……前と雰囲気が変わったかい? リエートアがなんというか」
「見るな。リエートアの名前を呼ぶな。すぐ去れ」
「分かったよ……。あんまり束縛して愛想をつかされないようにね」
「リエートアが俺に愛想をつかすことはない」
ネイサの言葉を聞いて、そのまま王太子は去って行った。
「リエートア、あんなのに視線を向けなくていいから」
「ええ。……ネイサは特に王太子と関わるの嫌がるよね?」
「……あいつは令嬢に人気だから」
そんな答えが返ってきて、私の重たい気持ちを知っているのにそれでも心配しているんだろうなぁと愛おしくて、私から口づけをした。
「出会った時からずっと、私はネイサにだけ夢中なの。他の人なんてどうでもいいの。ネイサを愛しているの」
心配しなくていいからね、と言う意味も込めてそう告げたら私の大好きな笑みをネイサは浮かべてくれた。
――私はネイサを愛している。
私の世界は、今日もネイサ中心で回っている。
急に書きたくなって書いた話です。
ヤンデレっぽい部分を全て受け入れちゃう系の女の子と、独占欲の強い男の子の話です。
リエートア・キディグソン
水色の髪と青い瞳の可愛らしい少女。転生者。前世から無表情気味などはデフォルト。
前世からヤンデレヒーローの出てくる漫画が好きだった。寧ろ自分だけを特別に思うのならば、監禁されても幸せでは?と思っている。
ネイサに出会ってからはネイサ中心。ネイサが嫌がることは全部排除。交流関係を絶ち、必要以上に喋らず、自分に黒魔法をかけてもらって人の名前を覚えないようにする徹底ぶり。ネイサが監禁したいとか、一目に触れさせたくないと言ってもそのまま受け入れる系の女の子。そのせいで逆に待望の監禁生活は実現していない。
父親は商人。商売を成功させて男爵位をもらった。兄と弟がいる。家族には当初心配されたものの、溢れんばかりの思いを淡々と口にするリエートアに彼らは本気を理解し、二人を離さない方がいいだろうと理解した。
ネイサ・キーフォン
公爵家の次男。黒髪青目の美しい顔立ち。成長して美男子。昔から特別と思ったものを独占したいと思っていた。実は乙女ゲームの攻略対象の一角。リエートアがヤンデレを増幅させなければもう少しまともだった。乙女ゲームでは自分の独占欲が強すぎる部分で苦しんでいたりしたが、リエートアがなんでもかんでも受け入れているため、そんな感情は一切ない。
自分のそういう部分を知った上で「傍に居る」と言ってくれたリエートアは特別。リエートアが可愛くて仕方がない。誰にも見せたくないし、天使のような可愛い声を他に聞かせたくない。リエートアは可愛いので、人が近づけば皆リエートアを好きになると思ってる。リエートアに嫌われたくないからと、いつもべたべたしていて傍に居たくせに手は出してなく、健全な関係だった。
浄化の力や魔法の力が強い。
王太子
元々ネイサと友人関係だったが、ネイサの性格に引いて離れてしまった。
その間にネイサとリエートアが急接近していた。正直最初は色々心配していたが、心配無用だと分かりほっとしている。
なんだかんだネイサのことは友人だと思っているので気にかけている。
少女
王弟の娘。乙女ゲームではヒロイン枠。転生者。正義感強めで悪い子ではない。
ネイサのヤンデレが悪化しているため、きっと不孝に違いないと思い込み行動。その結果、自分の勘違いだと知り猛省中。寧ろあんなに愛し合っているなんて素敵と思い出している。今は処罰を受けて、無償労役している。
王妃
散々言い聞かせられていたのに、少女に感化されて同調した結果離縁された。
離縁して祖国に戻って肩身の狭い思いをしている。