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化物城の貴族探偵

 幽霊貴族の住む化物城。


 噂好きの御婦人からこどもたちまで、街中に知られている城が、オレの職場だ。



 埃っぽい廊下、磨りガラスのように曇った窓、所々に張った蜘蛛の巣。


 それらを一つずつ手作業で清掃していく。

 町の人々に城と例えられるほどの広さの豪邸をすべて綺麗にするのはなかなかに骨が折れる作業だ。


「いつまでかかるんだ、これ……」


 ため息とともに出た誰に向けたわけでもない言葉は思ったよりも室内に響く。


「そうだな。丸三日かければ終わるのではないか?」


 背後から少年のような声。返事があるとは思わず、驚いて振り向くと、真っ白な髪にこれまた真っ白な貴族の軽装のワンピース、唯一色があるのはグレーの瞳だけというなんとも浮き世離れした容姿の女が意地の悪そうな笑顔でこちらを見ている。


 オレの雇い主、アンジェリカ・ツー・ヴァイスだ。


「アンジェリカ様、まだここは掃除が終わっておりません。埃っぽいですので……」


 アンジェリカにそう告げると、むっとした表情でオレの頬をつついた。


「テオ、いつまでその言葉遣いを続けるのだ? 私の助手になってもう半年だ。そろそろ敬称も敬語もなくなっていい頃ではないか?」


「いえ、さすがにそれは……」


 言葉を濁して一礼する。これ以上アンジェリカのペースに乗せられると敬語禁止と命令されかねない。


 オレはただの平民。


 片や雇い主のアンジェリカはここら一帯を国から任せられている、辺境伯のヴァイス家当主。

 敬語はいらないと言われても、そんなことはできない。


 ただオレは口が悪いので、時々言葉がくだけてしまうことがある。それを見逃してくれるのはありがたかった。


「うむ、ではおいおいだな」


 まだ親密度とやらが足りないらしい、そう意味のわからないことを呟いたアンジェリカは、昼時になったらまた様子を見に来ると続けて部屋から出て行った。


 その後ろ姿を見送って息をつく。


 半年前、オレは誰も住んでいない化物城という噂を真に受けてこの屋敷に忍び込んで、アンジェリカに捕まった。

 そして、貴族の屋敷に忍び込んだ盗人として憲兵に突き出されるか、助手として住み込みで働くかの二択を突きつけられて、否応なしに助手になったのだった。


 助手というのも、辺境伯の仕事ではない。


 ましてや屋敷の掃除担当でもない。


 彼女には辺境伯とは別の顔があった。


 貴族専門の探偵。


 彼女は様々な難題をすんなりと解決して見せる名探偵として社交界で名を馳せている。


 オレはその探偵業の助手としてアンジェリカに雇われていた。


 最初は貴族の戯れだろうとすぐ飽きる玩具になってやるつもりで働いていのだが、思ったよりアンジェリカがしつこかった。


 あちこちに連れ回されているうちに、いつのまにか依頼人からも覚えられるようになり、今では、貴族専門探偵アンジェリカには助手がいるという話はそこそこに広まっていた。


 もちろん、辺境伯の仕事もしているが、探偵業に入れ込みすぎて屋敷を留守にしまくった挙げ句、いないことが多いからとほとんどの使用人に暇を出したせいで掃除が行き届かず、屋敷が荒れ放題になった結果、町の人からは幽霊貴族の住む化物城などと噂されることになってしまっている。


 オレが忍び込んだ原因のこの噂についてどう思っているのか聞いたことがあった。


「仕事上、会う者もいるから、私が住んでいることは分かっていると思うぞ? まぁ、化物城の幽霊貴族なんて面白いじゃないか」


 そう言ってアンジェリカは噂を積極的に否定しない。そして時々肝試しに忍び込んで来る町のこどもたちを驚かせているのだ。


 そうやって泣き出したこどもたちをまとめてオレに任せてくる。


 オレは脅かしなどせずに、ネタバラシをして、もてなして帰しているので噂が消えるのも時間の問題だろう。それに定期的にこうやって清掃もして、人が住んでいますとアピールもしている。


――もう二度と噂を真に受けて忍び込むなんて人間を出してはいけない――


 そう思うと、窓を拭く手に力が入った。



********



「テオ、掃除はもうよい」


 廊下の窓拭きが終わったところで、アンジェリカが思ったよりも早く声をかけてきた。

 服も先ほどの軽装ではなく外出着になっている。


「出かけるぞ。テオの着替えも用意してある」


「え、どちらにお出かけですか」


「依頼人のところだ」


 そう言って、アンジェリカはグレーの瞳を楽しそうに細めた。



 探偵の助手として動くときのオレの服はいつもの使用人服とは段違いの質だ。

 もちろん、いつもの使用人服だって、"使用人として"貴族の前に出るのであれば全く問題ないレベルのものだ。

 しかし、アンジェリカはオレを使用人としてではなく、自分と同等の貴族の扱いをしたがった。


 何度断っても仕立てのいい服を用意されるので三件目の依頼あたりでオレは抵抗をやめた。


 そして「そんなものテオには必要ないだろう?」と主張するアンジェリカに頼み込んで、数少ない暇をだされなかった使用人、執事長兼アンジェリカの教育係だったフィンに服に相応しい貴族の振る舞いを習うことにしたのだった。


 急いで着替えを済ませれば、オレは名探偵の助手となる。



「お待たせして申し訳ありません。アンジェリカ様」


「うむ」


 アンジェリカをエスコートして、白を基調とした馬車に乗り込む。


 貴族は自分たちの象徴となる物を大切ににする文化がある。

 昔、この国の王家が、知識と武力を国民に惜しみなく捧げると宣言し、獅子と本を王家の象徴にしたことをきっかけに、貴族たちもそれに習ったという話らしい。


 ヴァイス家の象徴は白と鹿。確かに、アンジェリカの服は白が多いし、屋敷のあちこちに鹿が彫られている。


 隣に座れと言うアンジェリカに丁重に断りを入れ斜め向かいに座るのはまだ残る小さな抵抗だった。

 隣に座るのは家族かそれと同等の関係、それくらいは知っている。


 ヴァイス家が任せられている地域は他の辺境伯の地域よりも比較的王都に近い。馬車で三時間で王都周辺の都市の西端に到達する。依頼人も王都に住む貴族が多いので王都に行くことも多かった。


「今回はどちらまでですか?」


 荷物が少ないので日帰りだろうと目星を付けながら聞くと、案の定、依頼人は王都西端に住む子爵だった。


「詳しい話は知らぬ。手紙が届いてな。なるべく早く来てほしいと」


「その方、初めての依頼ですよね、大丈夫ですか?」


 コネクションや派閥が重要になる上流階級。

 貴族の弱みとなりかねない情報を握ることもある探偵は何かと狙われやすい。新しい依頼人は慎重に選ぶ、というのは一番最初にアンジェリカが言っていたことだった。


「うむ、面識はあるから問題ない」


 アンジェリカは笑って小さく頷く。

 オレにはその目が肉食獣が獲物を狙うように爛々と光っているように見えた。

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