第3話 ここは第四公園名物自殺スポット「飛び降りの崖」
「ちょいちょいちょいちょい!!!」
俺は急いでレオさんの元へ駆けつける。
「えっ!? ちょっ!?」
そのまま掴めるところを掴み、崖手前から引き剥がす。
「きゃっ!」
ドスンッ!
「うへっ!」
レオさんは仰向けのまま倒れ、俺もまた仰向けのまま下敷きになる。
(尻が・・・痛ぇ・・・)
「いてて・・・ちょっとリン? いきなり何すんの」
「はぁ・・・だって・・・はぁはぁ・・・そりゃあそうでしょ・・・」
(あ~マジでビビった・・・いきなり何だよこの展開は・・・)
とりあえずは無意識に働いてくれた本能に感謝をする。
俺がぜぇはぁ言っていると、レオさんは立ち上がる。まさかとは思ったが、すぐに手を差し伸べてくれた。
「ほら、立ちなよ」
「おお・・・サンキュ・・・です」
俺は何のためらいもなくその手を取る。
(女の子の手・・・マジで柔らけぇ・・・)
幸せなひととき。
(てかあれ? 俺止めた時レオさんのどこ触ってた・・・? 倒れたときもどこ触れてた・・・? 痛さで何も覚えてねぇ!!!)
現実ではラッキースケベは起こらない。ここに一つの後悔を残す。
「で? 何で止めたのさ?」
レオさんは両手を腰に当て、上目遣いで聞いてくる。少し怒った表情も可愛い。
(・・・・・・じゃなくてっ)
「そ、そりゃあ誰だって人が死のうとしたら止めるでしょ。・・・シンプルに」
「そう?」
「ほら、人が目の前でいきなり死ぬとか止めるのが普通っていうか・・・」
それっぽいことを言ってみる。後付けの理由というやつだ。
(だって無意識だったし。・・・てか無意識に人を助けるって俺かっこよくね? まさか俺こそがヒーローなのか!?)
しかしレオさんの方はどうやら違うようで、納得していない模様。
「えっと・・・何か違います?」
「うーん・・・」
レオさんは少し悩んでいる。
「ねぇリン。・・・それは優しさ?」
「え・・・」
初めて見せた真っ直ぐな目。思わず言葉が詰まる。
「それは・・・えっと・・・優しさ・・・・」
あの行動が優しさかと問われればそれは否。俺はただレオさんに死んでほしくなかっただけ。レオさんのためじゃない。俺のために。
ヒロインを見殺しにする主人公はいない。少なくともそれが俺にとっての主人公像の一つだ。
「優しさ・・・じゃないと思います」
「あはっリンは素直だねー」
一瞬で嘘がバレた。先程の表情とは打って変わって、レオさんは面白おかしく笑う。
「あはは。それでも普通あんないきなり止める?」
「た、単純なんですよ」
何か恥ずかしい。
「確かに。あはは」
少し空気が軽くなる。
「そっか・・・だったら僕はリンの我が儘で生かされてるってわけだね」
「は、はあ・・・」
なんだその言い方。興奮するではないか。
「死にたい僕を生かしたんだ。責任は取ってよね」
「おぉ急に重いですね。・・・まぁいくらでも取りますけど」
(あれ。俺リアルで「責任取ってよね」って言われてる・・・)
「にへへ・・・」
「どしたのリン」
「いえ何も・・・」
(危ない。つい表情に・・・)
今日は確実に表情筋を使いすぎてる。明日には筋肉痛が襲ってくるだろう。
(っと・・・今はそれどころじゃないな。折角ヒロインがテンプレ通りに問題を抱えてるんだ。どうにかして解決を)
「えっと・・・」
「ん?」
(で、なんて聞けばいいんだ? 結構デリケートじゃね? 俺みたいなのが踏み込んでいいはずなくね?)
と、ここで思い出す。会話は軽めのジャブから始まるということを。
「あの、レオさんは何で死にたいと?」
(やっちゃったー!)
少女相手に全力の右ストレートをぶっ放してしまう。
「うーん。そーだねー・・・」
そんな攻撃をびくともせずに正面から受け止めるレオさん。先程から薄々は感じていたが、この子は強い。
「そのー・・・ね。最近嫌なことばっかり考えちゃって。何だかもういっぱいいっぱいだなーって」
「なるほど・・・」
所謂ネガティブ思考。
(ほほう。・・・かなり抽象的だけど言いたいことはわかった。つまり「生きるのが辛い」ということだな)
俺はどこからか湧き出てくる自信に支配される。
「だったら僕にお任せを!」
「え、ホントに!?」
「人生の逃げ道ならそこらへんの人よりわかってますから!」
「おお~!」
レオさんが拍手する。
「どんなにクズな奴でも生きてるんですから、あなたみたいな人が死ぬのはもったいないです!」
「おお~?」
拍手が遅くなる。
「僕があなたの・・・ヒーローになります!」
「おお~!!!」
拍手が早くなる。
(ふっ決まったぜ・・・俺マジかっけーな)
これが俺の脳内にある「主人公立ち回り攻略ブック」一巻の2p左上に書かれている。通称「俺が君のヒーロー」。
「じゃあヒーローさん!」
レオさんの目がキラキラと輝いている。
「何ですか?」
「最初は何しましょうか!?」
(ふん。そうきたか)
今の俺は自信の波の上でサーフィンしている。
「そりゃあもちろんアキハ――」
思い出す。
(って、あれ・・・ここ異世界だったよな)
非常に重要なことを忘れていた。
(つまりアキバないよな・・・てかアニメ文化あるのか? ・・・俺の逃げ道それしかないんだが!?)
ちなみにアキバに行ったことはない。
「ん? どしたのヒーロー?」
「ええっと・・・」
自信の波に溺れる。
早速「主人公立ち回り攻略ブック」のページを捲る。そこには必殺「話逸らし」が書いてあった。
時折主人公はヒロインの告白すらも逸らしてしまう。これは文字通り話を必ず殺すことができる。
「と、とりあえず一旦・・・ここでませんか?」
「あ、確かにそうだね!」
(成功した?)
「了解! マイヒーロー」
(まぁ、今の俺の主人公レベルじゃこれが限界か・・・あ、敬礼ポーズ可愛い)
――――――――
何とか話は逸れたらしい。今は道なき木々の中を歩いている。周りの様子も、一応は公園だというのに明らかに管理されていない。エルフもいない。
ムニュッ
「げっ」
(今確実に何か踏んだ! 森嫌だ! 全然神秘的じゃない!)
そんなこんなで少し歩いている。
すると、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「そういえばレオさんは何であんな崖から飛び降りようと? 俺が言うのはなんですけど、死ぬにしても他にも方法があると思うんですが」
レオさんは俺の質問に一瞬首を傾げるが、すぐにあっと思い出す。
「そっか、リンはルオンから来たから知らないよね」
(ルオン・・・あ、確かそんな設定だったな。てか設定っていいな。アニメっぽい)
「あの崖ね、この街じゃ結構有名な自殺スポットなんだ」
「へ?」
(自殺スポット・・・?)
「何だっけ? 確か皆「飛び降りの崖」って言ってるよ」
(そのままだな・・・え? てか俺そんなところに転移したの? でもってそんなところで一人嘆いてたの? そりゃレオさん心配するわ!)
「確か、自殺するにはすごく条件が良いんだよ」
「条件?」
(確か飛び降りで充分な高さがあると人は飛んだだけで意識を失うってどこかで聞いたけど)
「ほら、あの崖結構な高さあるのに波が届いてたでしょ? あそこの近くはいつも波が荒くて船も近づかないし、飛び降りても気がつかれにくいんだ」
レオさんは笑顔で喋る。可愛い60%怖い40%。
「それに遺体も海の底に沈むかほぼ形を残さず近くの浜辺に打ち上がるかで、身元不明が多いんだ。みんなできるだけ死ぬ証拠は残したくないからね」
(そういうもんなのか?)
「あとは確か・・・ここは一応公園の敷地内だからお墓も建てられないっていうのもあったかな。僕はよくわからないけど」
俺にもよくわからない。
「へ~なるほどね~」
話題を振ったのはこちらなので適当な相槌は打っておく。
「あ、そろそろだね」
「ゴールですか?」
「うん。慎重にね」
そして目の前には柵が現れる。レオさんが言うに、電気が流れているらしい。近くの看板には俺達の方に矢印を向けて、「ここから先 立ち入り禁止」と書かれている。単純に考えてそうであった。あそこが敷地内とはいえ、誰でも入れる場所のはずがなかった。
「よいしょっと」
とはいっても柵は簡単な作りで、木の高さよりも低いので割とすぐに抜けられた。普段運動をしない俺でさえも簡単に通れるように、今まで通ってきた人達が作りし木の階段で上手く上から通ることができた。ちなみに防犯カメラは付いていないらしいが、柵に触れても誰かに見つかっても一発アウトなので慎重に慎重を重ねた。ちなめっちゃ緊張した。
そして少し歩いて草むらを抜ける。
「おお~」
そこにはいかにもな「日曜日の公園」があった。現在は土曜日だが。
(そうか。今日は休日だったな)
元気に走り回ったりしてはしゃいでいる子ども達。それを見守りつつおしゃべりを弾ませる奥様方。ベンチには健康のため散歩に来たのかおじいさんやおばあさんが。
(良い光景だな。なんかあったかい)
遠くには学生らしきカップルが見える。
(死ね)
大丈夫。この先が自殺スポットだとは到底思えないような光景に少し困惑しているだけである。
「流石に人が多いね。場所変えよっか」
「ああ、うん。そうですね」
そのままレオさんについて行く。それにしてもこの公園はすごく大きい。テレビでよく見るようなサイズだ。
自然に魅入られていると、一匹の蝶々が横を通り過ぎる。他にも地球で見るような生物が当たり前のようにいる。生態系すら地球とほぼ同じらしい。犬の散歩をしているふくよかおばさままでもが存在している。
それに、視界にはしっかりと多くのビルたちが映っている。やはり都会であり、地球である。
(異世界の実感湧かないな・・・)
今のところ、レオさんだけがここが異世界だという証拠である。美少女であるという事実然り、髪色や目の色も。
(あっそういえば!)
俺は辺りを見渡す。すると気づく。
(髪色ほとんど明るい・・・子どもで茶髪・・・奥様方も・・・すげぇ)
異世界を感じる。それでもやはりレオさんの髪色が特段珍しいということはやはり俺のヒロインということで間違いないのだろう。
「にへっ」
なんてことを考えていると、公園の出口らしき門が見えてきた。
「公園出たらどこいこっか? 道案内はするよ?」
「そう・・・ですね・・・」
(やべ・・・何するか全く考えてなかった・・・なんか上手くどうにかならない? 俺は主人公だよ? 都合よくいってよ~)
なんて悩んでいると、いよいよ門を出てしまう。
「えっ・・・」
と、レオさんは呟く。
「どうし――」
「おお? でてきたな。」
耳に入るのは野太い男の声。その声の主の方に視線を移す。
「なんだ? 友達か?」
そこには黒いスーツを身に纏ったがたいのいい男。そして周りにはその男を中心に半円になって俺たちを取り囲む同じく黒いスーツを着た男達。見るからに大人で、当然俺よりも身長が高い。
そう。それらはつまり。
(ヤク・・・ザ・・・)