禁断の呪文
勝敗は決した。魔法を封じ込まれ無限の魔力が使えない勇者と魔王軍四天王とでは力の差は雲泥の差だ。レベルとラベルの違いだ。冷や汗が出る、古過ぎて。ノベルとラノベの違いとはちょっと違う。微妙に違う。
「勇者よ、今なら命は取らぬ」
一瞬の隙に勇者の首筋を掴み上げると、白金の剣をギリギリに近付ける。よく研いであるから触れるだけでも切れちゃうぞ。
「今なら取らぬが、3秒後に取る」
「え、ええ! 3秒?」
「無限の魔力を返すのなら3秒以内にしろ。あ、もうあと2秒だぞ」
もし、無限の魔力を返さなかったら……どうすればいいのだろう。もう3秒ずつ延長しようかなあ……。
「ち、ち、ちくしょー!」
白金の剣が血で汚れずに済んだ。
無限の魔力は無事に返されたのだ……女神に。
「このやろう、返すのは女神ではなく魔王様だろ!」
ポカリ! 女神に後光が射しているのにガッカリする。また翼が背中にニョキニョキ生えているのにガッカリする――!
「あいた! 暴力反対! ……いや、俺は女神から無限の魔力を貰ったのだから、返すのは女神が本筋だろ」
「グヌヌヌヌ」
まさかの正論――真面目か――! もっと、みんなの会話から推測しろや~と言ってやりたい!
「空気を読めと言ってやりたい~! 空気は読む物ではなく、吸う物だと言ってやりたい~!」
女神がにっこりと微笑んだ。頭が痛い。勇者が持つよりも数千倍も頭が痛い。首から上は無いのにバッファリンが欲しい――。
「あーやっぱり無限の魔力って、いいわね」
笑顔で背伸びするな。背中に再び生えた大きな白い翼は、恐怖の象徴にしか見えない。パタパタしても駄目。可愛く動かしても駄目だ。
「ケチ」
ケチではない。心の声を読むな。
「悪いことは言わない、早く魔王様に無限の魔力をお返しするのだ。女神といえど私は容赦しない。無限の魔力は魔王様の物なのだ」
白金の剣を次は女神に向ける。
女神って……たくさん魔法知っているんだろうなあ……。魔王様と同じくらい役にも立たない禁呪文ばかり……。さらには魔力バリアーなんか張られていたら剣でも切れない。言わば正真正銘の無敵だ。
「ウフフ、そうよ。こんなのはどう」
両手がパーッと光を集め始める――。
「やめい!」
思わず両手を顔の前でバッテンに交差し、身構えてしまった! 首から上は無いのに。
「冗談よ、ジョークよジョーク」
クスクスと笑っていやがる……。
冗談にしては笑えない。私は女神をコレっぽっちも信用していない――!
「わたしの禁呪文で、デュラハンを人間にしてあげましょうか」
――!
「あげましょうかだと、上から目線だな」
無限の魔力を手にした途端に! えっ、ていうか、女神って禁呪文でそんな怖ろしいことができてしまうの。
「チョロイチョロイ。今なら簡単にできるわよ」
チョロイって……やっぱりこの人が一番怖いぞ。
「あいにく私には魔法は一切効かぬのだ」
「効くわよ。無限の魔力を手にした今のわたしに不可能はないわ。原子組み換えも新元素の作成も思いのままよ」
思いのままって……怖いぞ。剣と魔法の世界に化学と技術の話をねじ込まないでほしいぞ。世界観が組み換えられそうで怖いから。
「デュラハンは黄銅だから簡単」
――黄銅ってなに! 王道とはちょっと違う! せめて純金とか白金とか純白とかサスとかにして~! サスってステンレスのことだぞ。
「黄銅って、銅と亜鉛ぞよ」
安っぽい響だぞ……。
「……御意」
え、そもそも俺って金色だったの? 銀色だったの? ガントレットは銀色だった筈だから……。
「全身金色でガントレットだけ銀色ぞよ」
「ちぐはぐ――!」
両手のガントレットを見つめる。うはあ、しっかり銀色だ。
「安っぽい銀色ね。アルミホイルまいた焼き芋みたい」
「――おやめなさい。いや、おやめください」
私の高貴なイメージが……崩されていく、シクシク。
「でも、デュラハンが人間になったら、わたしと結婚できるわ」
「――!」
不可能を可能にする女神の魔力って……私が人間になることだったのか……。まさに禁断の魔法だ。
女勇者と女神と魔王様を順に見る。
「え、ええ? やっぱ、仲人は魔王様でしょ」
「面倒臭いが仕方ないから引き受けるぞよ」
「……黙って」
そんなことで悩んでおりません!
私が人間になれば……女勇者と結婚して温かい家庭を築き、決して裕福ではないが慎ましく貧相な生活を送ることができるだろう。だが、魔王様をお守りする仕事はできなくなる。魔王城の掃除や洗濯を私の代わりにする者がいなくなる。
魔王様は人間よりも遥かに長生きをする。とすれば、私が死んだら魔王様は一人ぼっちで残りの人生をお過ごしすることになる。
「デュラハンよ、予のことを考えずともよい。自分の幸せこそを一番に考えるのだ」
「そうですよデュラハン。わたしの無限の魔力で掃除洗濯、魔王城の耐震補強工事、すべて思うがままなのですから」
……。それも怖い。
これまで私がしてきたことが……全部無駄になる全否定だ。
「女神よ……、魔王様にその力を早く返すのだ」
押し殺すように答えた。
「デュラハあン」
いや、上目遣いで見ないでくれ女勇者よ。名前の間に「あ」を入れないで。可愛いけれど、それが今は……辛い。
……。
……。
沈黙が続いた。イケメン勇者もシリアス展開にどうしていいのか分からずにオロオロしている。
「中略」
「いや、長い沈黙とはいえ、声に出して言わないでください魔王様。それよりも、魔王様こそ無限の魔力を女神から取り戻さなくてよいのですか」
魔族の王としての力をすべて失うのですよ。魔力バリアーがなくては体温管理も魔法でできないのですよ。
一刻も早く、奪われた魔力を取り戻してください――。
ボーっとしていないで……。
「予は、女神が持っているのなら別にどうでもよいぞよ」
「……」
それは御本心なのだろうか。無欲というか……なんというか……。必死で頑張った私の努力を無駄にする一言というか……周りのことを全然考えておられない。
「予は無限の魔力がなくても魔王ぞよ」
……魔王様は寛大でいらっしゃる。私にはまだまだ遠く及ばない……。
現に、魔力がゼロの魔王様に全力でお仕えしてきたのが……魔王様が魔王様たる証しではないか。
「あ、逆に女勇者を全身金属製鎧の顔無しの♀にもできるわよ」
顔無しの♀――!
「「ええ――!」」
大きな目をさらに大きく見開いて女勇者は驚きを顔のパーツすべてで表現する。
「それは嫌なの」
「い、いい……いいい……」
いいのか嫌なのか。
女子用鎧胸小さめを身に付けたまま私と同じ魔族になれば……たしかに結婚できる。魅力タップリだ。温かい家庭を作れる自信がある。
さらに私は今まで通り魔王様の護衛を続けられるし、全身金属製鎧のモンスターなのだから自分達の服は洗濯しなくていい。鎧を拭くだけでいい。
……お互いの鎧を拭き合いっこしたい。ウエスでキュキュッと。キャー!
「苗字は、デュラハンになるわね」
え、それって名前じゃなく、苗字だったの――!
「デュラハン・女勇者って、いい名前じゃない」
どこがだ! と全否定したいけど……今はしない。女勇者が黙って考えているから……。
「ご、ごめんなさい」
俯いたまま呟くようにそう答えた。
「わたしはやっぱり女勇者。デュラハンと結婚するためにとはいえ、人間は……」
ポタポタと零れ落ちる涙は……自分に向けられた涙なのだろう。
「人間を……捨てられない」
「謝らなくてもいい。女勇者よ」
それでいいのだ……。
人間であれ魔族であれ、自分にだけは素直でなくてはならない……。
「お互いの気持ちがよく分かったであろう」
「そうよ。魔族と人間は共存できても、同じではないの。お互いがお互いを自分の都合に合わせようとしては駄目なのです」
「「……」」
うざ。偉そうに。
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