最後の手段
「お前が欲しいのは無限の魔力ではない。お前のために仕える者たちだろう」
力を手にして強大な敵と戦うのではなく、力を見せびらかせて他人を操るのが目的なのだろう。
「……ああ、そうだとも! 無限の魔力目当てにたくさんの馬鹿な人間が寄ってくる。俺に忠誠を誓う」
「それはお前の魅力ではなく、無限の魔力を奪うためだぞ」
忠誠を誓うなど、ちゃんちゃらおかしいぞ。
「……」
「無限の魔力が簡単に奪えると分かれば、24時間、365日、貴様は安眠などできぬ」
「フッ、そのときは護衛を強化すればよいのだ。さらにそのために俺は、これから毎日魔法の勉強をする。何度もノートに書き写して必死に覚えるさ」
ノートに書き写したら魔法って覚えられるのか……良いことを聞いたぞ。明日、魔コンビニでルーズリーフを買ってこよう。
「いくら護衛を強化しても、デュラハンが24時間、365日、お前を背後から狙い続けるのだぞよ」
「「――!」」
魔王様、今なんとおっしゃいましたか。
「聞いてないですよ。そんな重労働」
重労働というより、超絶くだらない仕事……労働基準監督署を呼びますよ。
「シー。無限の魔力を取り戻すまでの話ぞよ」
「……」
イケメン勇者は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。そんなに俺のことが嫌いなのか……好都合だ。
「クックック、ヘーッケッケケ。私の白金の剣は血に飢えているよーん。貴様が何歳まで生きるかは知らぬが、死ぬまで貴様に気を抜ける時間は訪れないだろう」
もう一度白金の剣を抜いた。これはパフォーマンスだ。ファンサービスともいう。形勢が悪くなったのか、勇者はキョロキョロあたりを見渡すと女勇者に声をかけた。
「おい女勇者よ、俺に協力しないか。そうすればこの城に住まわせてやるぞ。さらには金銀財宝も思いのままだぞ」
「……」
「宿屋よりも朝食も夕食も豪華だぞ」
「ゴクリ」
ゴクリって言わないで――。
「さらには、国王の妻として城に迎え入れてもよい」
チラッと女勇者の表情を伺う。昨夜……女勇者を失望させてしまったばかりだ。人間は魔族とではなく、人間との友好関係こそ築いていかなくてはならない。
そもそも、魔族の危機を人間に頼るなど、それ自体都合が良すぎたのに……自己嫌悪だ。
「そんな物、いらない。わたしはあなたみたいなニセ勇者じゃない。勇者は、他人から奪った力で強くなるような愚か者ではない。周りから慕って認められ勇者になるのよ」
「……女勇者よ」
目頭が熱くなった。首から上は無いのだが……。
女勇者も剣を抜いた。名もない安い剣だがその姿は美しい。
「くそ―、無限の魔力があるのになぜ思い通りにいかないのだ!」
他人から奪った力や権力だけでは、誰もついて着たりしないのさ。人も、魔族も。
「まさか逃げないといけなくなるとは誤算だったぜ」
「なに? ――まさか」
「瞬間移動か!」
ここで逃げられると厄介だ。
「そうだ、昼間は畑を村人と耕し、夜はホストクラブで必死に働き、高い金を払って魔法参考書を買い、自力で覚えたのだ!」
「……」
見た目と違い、わりと努力家だったのか……。
瞬間移動の魔法を使われては、どこへ移動したか分からない。追い掛けるどころか見つけるのすら一苦労だ。冒険のやり直しになるから、また話が……伸びる。冷や汗が床に落ちる。
「さらばだ魔王ども、ハッハッハ―、瞬間移動――!」
「逃がすものか!」
勇者へ向かって走り寄るが、間に合うのか――。
「もう遅いもんねー、ハッハッハ―」
ガシッ!
「……」
「……」
勇者は……いっこうにこの場所から消えなかったので……男勇者をガッチリと捕まえた。羽交い締めにした。間に合った。間に合い過ぎてお釣りがくるくらいだ。
「え、なんで? もしかして、失敗?」
勇者の目が点になっている。黒い点だ。
「グヌヌヌヌ、貴様……ちゃんと練習したのか」
試してみたのかと聞いている。
「あ、ああ。何度も練習して確認したのに……おかしいなあ。瞬間移動!」
しかし、なにも起こらなかった。パーッと光ったりもしない。
「練習し過ぎて魔力が足りなくなったとか」
「いや、今日は一回も使っていない。それに、今の俺には無限の魔力があるのだぞ」
「……」
「……」
なんか、分が悪いなあ……。シーンと沈黙が訪れる。
「ハッハッハ。それはそうさ」
沈黙を破ったのはここにはいない者の声だった。
「その声は!」
広間の入り口から声が聞こえてきた。ローブを着た姿がシルエットで浮かび上がる。
「お前の魔法はすべて封印されているのさ。俺様の魔法、『魔法ド忘れ昨日の夕食ド忘れと同じ』でな」
要するに魔法が使えなくなる魔法なのだろうが、酷いネーミングだ。昨日の夕食は……エビフライとハンバーグだったぞ。たぶん。
「ネーミングは酷いが禁呪文でもなんでもない安心安全の呪文なんだぜ」
「その声は!」
「声だけでは分からないぞよ」
いや、分かろうよ魔王様。
「……出番が少ないとはいえ、味方の声をお忘れにならないでください。魔王様」
「ソーサラモナー!」
魔王様が振り返るとそこには魔王軍四天王、ソーサラモナーとサイクロプトロールとサッキュバスが横一列に並んで立っていた――。
「お、お前達! どうしてここに!」
「どうしてって、魔王様がピンチの時に四天王が駆け付けなくてどうするんだ」
格好いい台詞だ――! 頭の寝癖がなかったらもっと格好いいのに。
「ベタといえば、ベタな展開ね」
ガクッとなるぞ。
「……ベタとか言わないでください」
――そもそもこんな面倒なことになった元凶は、すべて女神の仕業なのですから――。
「無限の魔力を持っていても、魔法を知らなければ恐るに足りない。とくに、魔法使いにとってはな」
ソーサラモナーに掛かればレベルの低い勇者の魔法など赤子同然。足元にも及ばないという訳か。
「そうそう、でも、俺達四天王にも相談してくれよな」
「仲間なんだから」
「すまなんだ。みんな」
魔王様が頭を下げる。最初からそうしておけばよかったとつくづく後悔している。そうすれば、ここまでの長旅も必要なかったのだし、大きなリュックを背負う必要もなかった。
「でもお、宿屋でのイチャイチャもできなかったわよ」
――ウインクして言わないで女神様。声も大きい~。
「お黙ってください。イチャイチャしていませんから。あなた達のように、とは言わない。言えない」
「言ってるし―! キャハハ」
この女神に緊迫感ってあるのだろうか……。それとも、さすがは女神様と感服するべきなのだろうか。開いた口が塞がらないぞ。
さらには、ウインクって今時、している人すら見かけないと……教えてあげた方がいいのだろうか。
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