最強とは呼べない仲間
城下町の喫茶店で冷コーを飲んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「あら、魔王様とデュラハンさんじゃないの。どうしたの、こんなところで」
「――!」
易々と背後を取られた……。まったく気配を感じなかった……。
疲れているんだなあ……きっと。
「女勇者ではないか。そっちこそ、こんなところで何をしているのだ」
「アルバイトよ」
女勇者よ、お前は勇者なのだろ……喫茶店でバイトしてどうする。
街中でもちゃんと鎧を着て剣を持っているのは感心だが……誰も物騒だと指摘しないのだろうか。ここは喫茶店なのだぞ。お茶するところなのだぞ。
「剣と魔法の世界だからいいのよ」
「女神は黙って」
便利な言葉だが、乱用されているようで怖い。「剣と魔法の世界」って。
「え、これって、いつも玉座の間に置いてあったやつ」
ピクッと女神のこめかみのあたりが動いたのを見逃さなかった。
「そうだ。今回の騒動の中心人物だ」
間違えたことは言ってないぞ。主役とは違うから要注意だぞ。要注意人物なだけだぞ。
「ちょっと待ってよ、聞き捨てならないわ。わたしは長い眠りについていたのを魔王様が起こしたんじゃないの」
視線が魔王様に集まる。
「ず~ズルズルズル」
……アイスコーヒーをすすって誤魔化さないでください。卑怯者めと言いたい。魔王様らしくて惚れ惚れするとは言わない。
「だんだん暑くなってきたら宿屋に泊めて貰うために、夏場はここでバイトしているのよ」
「そうなのか」
女勇者の住んでいる小屋は……真夏は危険なくらい室内温度が上昇するからなあ……。40℃超える。
「時給200円」
ピースする女勇者はいつだって笑顔だ。
「「……」」
子供のお駄賃でももう少し貰えるだろう……とは言わない。女勇者のバイトっぷりを知らないから……。
「魔王様、今日は私達も宿屋に泊りましょう。もう野宿はうんざりです」
「予もそう考えていたところぞよ」
「やったー!」
なにがやったーだ。女神の宿代など出すつもりはないぞ。
「それと魔王様、女勇者であれば今回の一件、我らに協力してくれるかもしれません」
冷コーを飲みながら魔王様に顔を近付けて小声で話す。
「そうだなあ。味方は一人でも多い方がよいぞよ」
「え、人間を信じるの」
あんたよりはな。とは言わない。言わなくても聞こえているのだろうが。
だから、聞こえていますよと言わんばかりに舌をペロッと出すな!
女勇者に今回の一件を話した。小さな声で。こちょこちょ話ともいう。
「――!」
自分で口を抑えて声を上げないように必死でこらえてくれた。バイト中なのに、仕事をサボらせて申し訳ない。
「なにか、この辺りで怪しい人物を見なかったか」
キョロキョロと目配りをする。女勇者も顔を寄せてくると、短い髪からは小鳥のようなかぐわしい香りがする。
鳥小屋とは少し違う香りだ。
「わたしはホストクラブなんかに行ったことがないから詳しいことは分からないけれど、数日前、お城にイケメン勇者が出入りするのを見かけたわ」
「イケメン勇者だと」
……以前、悪事を働いたあのイケメン勇者のことだろうか。それとも、石にされた勇者のことだろうか……。いや、そっちの勇者なら石像に戻っているはずだ。
人間の勇者、ロクな奴がいない――。
「世の中、もう勇者は古いぞよ」
「そうそう。絵に描いた餅のような正義のヒーローなんて時代遅れよ」
時代遅れって……可哀想じゃないか――。女勇者もしっかり聞いているぞ。
まるで、プロ野球選手よりユーチューバーじゃないか――!
「分かった、協力するわ。明日、お城に乗り込みましょう」
「それはありがたい」
女勇者が一緒にいれば城にも入りやすい。魔王様や女神より頼りになる。さすがは女勇者だと称賛したい。
「男男女女パーティーね」
「楽しくなってきたぞよ」
楽しくなってきたって……魔王様、余裕だなあ。
「そうですね、今日は早目に宿屋で休んで長旅の疲れを癒し明日に備えましょう」
今日は久しぶりに枕を高くして眠れそうだ。
「首から上は無いのですが。アッハッハッハ!」
「……」
ちょっとくらい気が緩んでもいいでしょう。なんせ、この数か月、ずっと野宿だったのですから――。
「いらっしゃいませ」
城下町の小さな宿屋に入ると、懐かしい宿屋のお姉さんが迎えてくれた。
「宿屋のお姉さん。久しいな」
名前は知らない。通称、宿屋のお姉さんだ。
「あらデュラハンさん、久しぶりね」
首から上は無くても顔パスなのはありがたいことだ。
お姉さんは一緒にいるメンバーを見て何度も頷く。
「今日は泊まるんでしょ。シーツはノリでパリパリよ」
グウのジェスチャーを出す意味が分からない。
「えー、わたしはノリでパリパリのシーツより柔軟剤で柔らかいシーツの方がいいんですけど」
「やめい」
贅沢言うな。というより、シーツのノリがどうこう話題にする必要はあるまいて。
どうせ部屋割りは、「私と魔王様」、「女神と女勇者」に落ち着くのだ。ジャンケンをしようがグッパで別れようが、何をしようがそういうオチだ。安心するがいい。
「予は女神とでいいぞよ」
「よねー」
……。宿屋のカウンター前でフリーズするようなことを魔王様がおっしゃった。
「マジでデスカ」
「マジぞよ」
「当然といえば当然でしょ。わたしたち結婚して初めての夜なのだから」
お話がありえない方向へ進みますよ。大丈夫ですか。
「わたしなら……今日は大丈夫よ」
あなたに聞いていませんから――。今日は大丈夫って返事はおかしいだろう女勇者よ。
「魔王様にも跡継ぎが必要よね」
「やめい! 話がグロイ」
疲れを取るために……体力を回復するために宿屋に泊るのではなかったのか――。
ちょっと落ち着こう。深呼吸をしよう。
スーハ―スーハ―スーハーハー。
「この緊迫した状況で、なぜそのような部屋割りになりましょう。もしかして、魔王様や女神の命を奪おうとする輩がいるかもしれないのですぞ。無限の魔力を手にした敵の手下とか」
ここは敵地なのですぞ――。周りは見知らぬ客ばかりです。見知らぬ人が泊まるのが……宿屋なのです。万が一の事態に備え、私が魔王様を、女勇者が女神を守れるのがベストです。危険予知トレーニングともいいます。略してKYTです。OJTとは違います。
「だからこそぞよ。予は、魔力を失い敵中。頼りにならない騎士。いわば絶体絶命」
「……」
なんか、サラリと酷いことをおっしゃったような。
「だからこそ、今ある命のありがたみを感じることが必要なのだ。無限の魔力を持っていれば一生かかっても気付かぬことに予はこの数か月間で気が付いたのだ」
「魔王様……」
本当は魔王様も不安で不安で不安で不安で仕方がなかったのか。無限の魔力を失ってから……。
「そうよデュラハン。全米ナンバーワンの映画って、必ずヒロインとの絡みがあるでしょ。そこで、する? みたいな」
……なにを言い出すのだ、この人は。
「おやめください」
共感はできますが、それ以上はおっしゃらないでください。せっかく魔王様が感動的なことをおっしゃっていたのに、お茶を濁すなと言いたい。お茶はそもそも緑色だから見方によっては濁っていると言いたい。特に抹茶とか。
「分かったわ。わたしも覚悟を決めるわ」
頭が痛いぞ、覚悟を決めるな。そもそも、なんの覚悟だ。
「女勇者はすぐに寝なさい」
「わたしももう21ヨ。遅い方だわ」
「遅いか早いかなど関係ないだろ。って、何の話をしているのだ」
今更顔を赤くするなと言いたい。21時は夜の9時と同じだぞ。
顔が無くて……よかった。年甲斐もなく赤くなっているのがバレずに済むから。
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