3 命名
「……どうする?」
苦笑いを浮かべている蓮弥君と顔を見合わせ、苦笑する。
表示された『01:11:34』は残り時間のようで、既に一時間十一分に減っている。
「……どちらにせよ、探索するしかないんじゃないかな?」
あの天使は、私に『ダンジョンをクリア出来ることを祈ってる』と言った。
つまり、生き延びるためにはクリアするしか方法がない可能性がある。
あくまで仮説だから、普通に脱出出来るならその方が良い。
「やっぱりクリアを目指すにせよ、脱出を目指すにせよ、探索は必要かな」
「ここに留まっても餓死するだけな気がしますしね」
鈴音さんの言葉に、それもあったと思い出す。
学校帰りの私達は、水も食料を持っていない。
一応、剣道部で朝練があったらしい鈴音さんが水筒を持っているくらい。
「あーいや、ここが安全ならそれは多分大丈夫」
「えっ?」
「一応交換で食べ物とかも出せる。毒が入ってないかとか考慮するならやめておいた方が良いかもしれないけど、こんなところにいる時点で今更かな」
変な菌とかあってもどうすることも出来ないし、と蓮弥君は呟く。
「そっか、なら飲食は大丈夫そうだね」
「うん。一応僕が毒見するけど」
どうやら蓮弥君の〈交換〉スキルはかなり有用なスキルみたい。
……あれ?
「ねぇ蓮弥君」
「ん?」
「蓮弥君のスキルって交換、だよね。……何と交換するの?」
さっき石を交換したって言ってたけど、蓮弥君の物が減ってたりするようには見えない。
等価交換じゃなかったりするのかなぁ?
「あぁ、それは気にしないで。色んなものと交換出来るんだ」
帰ってきたのは、ふわふわした返答。
気にしないでって言うけど、気になる。
「じゃあさっきのは何と———」
『やぁ!』
私の言葉は遮られる。
私達全員の前に、映像が現れたから。
浮遊する水色の半透明な薄い板に、映像が貼り付けられているような感じ。
解析の板と同じような物だと思う。
一人につき一枚、それぞれの目の前に浮かんでいる。
そこには、夢でリダと名乗った自称天使の少年が映っていた。
『みんな見えてるかな? あ、そっちからの声とか音は聞こえないから、静かに聞いてね。今から言うのは君達に取って重要なことだと思うけど、一回しか説明する気はないからさ。少し待つから、もし寝てる子とかいたら起こしてあげてね』
そこまで聞くと、蓮弥君はシャーペンとメモ用紙を取り出して、記録の準備を始めた。
一応私もしとこう。
『……そろそろ良いかな? 良いよね?』
数十秒待っていると、リダは待ちきれないと言うように確認する。
こちらの声が聞こえていないなら、確認する意味はないんじゃないかな……。
と言うか、夢の時とテンションが違いすぎない?
気のせい?
……まぁ、いいや。
『それじゃあ、始めるね。まず———2回目になるけど、君達はダンジョンの先行攻略者として選ばれました! ぱちぱちぱち〜。これが嬉しいことかどうかはそれぞれかな? でも、喜ぶのも嘆くのも後にしてね。まず、選ばれた君達にはそれぞれ1~3個のスキルが贈られました! もうほとんどの人が確認してるよね。仲間である同ダンジョン先行攻略者の数とか、今までの行いで個数と内容が変わってるよ。ちなみに、それはダンジョンをクリアすればプレゼントになります』
……と言うことは、ダンジョンはここだけじゃない?
それとも、別の場所にいるのだろうか。
でも同ダンジョン攻略者数、は同じダンジョンなら言わないはずだから前者かな。
そして、人数も場所によって違うと。
スキルが多いってことは、私達は人数的に少ないっぽいね、多分。
『逆にダンジョンをクリア出来なかった場合は没収だから頑張ってね。次に脱出方法だけど、これは誰かがダンジョンの一番奥にいるボスを倒すしかないよ』
ギフトは貸し出しみたいな物なのか。
脱出方法がわかったのは嬉しいけど、内容は嬉しくないね……。
『あと伝えるべきことは……あぁ! 君達のダンジョン攻略は30分後から皆に配信されるからね! 頑張って! それと、クリアしたチームは編集して動画化するよ!』
……これは今の所関係ないかな。
何かあれば後でなんとかすればいいし。
『このくらいかな? 全部教えちゃうのは勿体無いしね。色々検証なり調べ物なりして解き明かしてってよ。伝え忘れたことを思い出したらまた伝えるね。……ああそうだ、折角だから一つヒントをあげるね。「これは君達を殺す目的で行われた物じゃない」 …………さて。それじゃ、良いダンジョン攻略を!』
板が消える。
君たちを殺す目的で行われた物じゃない、ね。
「兄貴、どうする?」
「……まぁ、攻略を目指すしかないだろうね」
メモを書きながら、蓮弥君を見る。
何やら考え事をしているようで、鈴音さんの方を向くそぶりが無い。
「……クリア出来ない難易度じゃない、ってことかな」
そう呟いた蓮弥君は、虚空から刃渡り35cm程の斧を取り出す。
片手で持てる大きさだ。
「うわっ」
「あ、ごめん」
鈴音さんが突然現れた斧に驚き、蓮弥君が謝りながら離れて軽く素振りする。
「スズは刀でいいよね。柊さんは何か欲しいものある?」
これは武器の話かな。
私がナイフとか持ってもどうせ使えないだろうし、要らなさそう。
「大丈夫」
「じゃあ、自衛用に盾でも持っておいて」
そう言って、直径30cm程の白い丸盾を渡される。
「えっと、ありがとう」
「気にしないで。よ……っと」
続いて出てきたのは、刃渡り65cmちょっと、全長100cm弱の、刃が鈍色に光る簡素な刀だった。
鞘はない。
「取扱注意ね」
「任せて!」
二人のやり取りを横目に、渡された盾を見つめる。
やや小さくて頼りないけど、ないよりは大分良い。
『魔鉄丸盾(白):魔鉄製の丸盾。耐久性が高く、壊れにくい。無属性』
魔鉄?
いや、まぁ……今更驚かないけどね。
「鈴音さん、その刀見せてくれない? 私が貰った解析で説明が読めるみたい」
「そうなんですか? はい、先輩。切らないように気をつけてください」
手渡された刀を慎重に動かして、解析を発動する。
『無銘刀:名も無い魔鉄製の刀。耐久性が高く、壊れにくい。無属性。製作者が血を垂らす事で命名することが出来る』
無銘……これだと命名で何が起きるかわからないなー。
微妙に知りたいことがわからない。
「どうだった?」
「無銘刀、名も無い魔鉄製の刀で耐久性が高く、壊れにくい。無属性、製作者が血を垂らすことで命名することが出来る……らしいです」
「スズ、ちょっと借りるね」
そう言って蓮弥君は無銘刀を取ると、左手親指の腹を薄く切り、刀に血を垂らす。
「……スズ、スズも垂らしてみて」
「え? ……わかった」
言われるがまま、怖がりつつ鈴音さんも血を垂らす。
「ありがとう。僕の鞄に消毒液と絆創膏入ってるから貼っといて。……命名〈血雷〉」
刀が淡く黄色に光る。
光が消えると、その見た目が変わっていた。
持ち手部分は薄い黄色と白、灰色、朱色が交わる様な色合いで、刃部分は先程よりも明るい色の灰色。
『血雷:魔鉄製の刀。耐久性が高く、壊れにくい。雷属性。スキル親和性上昇、雷属性親和性上昇、闇属性親和性上昇、血液吸収【所有者:風雪鈴音】【製作者:風雪蓮弥】』
……化けた。