15 長野ダンジョン
クラスメイトとその妹と共に新幹線に乗り、長野に向かう。
ここだけなら、ただの観光旅行に見えるかもしれない。
実際、旅行ではある。
ただし、周囲を私服警官や警備員達に囲まれている点を除けば……だけど。
「そういえば、なんで長野になったの?」
私は行き先を聞いただけで、どう言う経緯で決めたのかを知らない。
別に知らなくても問題はない気がするけど、一応聞いておく。
「先行攻略者の全滅までが比較的遅くて、東京から近いからですね」
……つまり、スキルを期待してってことかな。
近いのは私達、特に蓮弥君の状態を考慮した結果だと思う。
「にしても、過保護過ぎない?」
「あはは……まぁ、一応僕らは要人みたいなものだからね」
鈴ちゃんが私の肩に寄りかかりながら、不満を垂れる。
それに対して言葉を返した蓮弥君も、少し思うところがあるみたい。
「……それに、変な宗教ができてるらしいし」
「何それ?」
んー、もう少し情報収集した方がいいかな?
流石になんとかした方がいいかも。
「なんか、ダンジョンこそ神の作りし試練で、それを突破したものこそ神の子だーみたいなことを言ってるらしいですよ?」
「神の作りし試練云々はあながち間違いじゃないかもね」
実際、ダンジョンの存在理由が地球の生物を強くする為らしいし。
「まぁそんな話はいいんですよっ! せんぱい、せっかくですから観光しましょう!」
「そんな時間あるかなぁ?」
まぁ、こんな機会がなければ長野に来ることなんてほとんどないだろうし、思い出作りはしてもいいかもしれないけどね。
「この渦、間違えて触る人とかいそうだけど」
目的地について、準備を始める。
入り口は私たちがダンジョンから出た時に乗った渦とほぼ同じもので、畑にポツンと存在していた。
今は規制が敷かれていて簡単には近づけないようになっているものの、そんなにすぐにこの状態を確保できるとは思わないし。
「……柊さん、本当に調べてないんだね……。それ、僕らが出てきてから使えるようになったらしいよ?」
蓮弥君に軽く呆れられつつ、それなら犠牲になった人がいるな、と考える。
それとも、動物で試したのかな?
自衛隊とか警察官でも送ってそうだけど。
「……ドローンだよ、人はまだ入ってないみたい」
「そうなんだ」
よほど顔に出ていたのか、蓮弥君から補足説明を受ける。
……なんか、流石におかしい気がしてきた。
病室にいる間はあんまり気にならなかったけど、楽観的すぎるというか。
「……あれ、もしかしてここの魔物も知らない?」
「……うん」
「はぁー……。柊さん、虫、大丈夫?」
え?
……え?
「……その反応を見るに、多分ダメだよね。ここは人間サイズの虫が大量に出てくるダンジョンだよ。僕とスズは虫大丈夫だから問題なかったけど、柊さんも知った上で了承したと思ってたや」
……どうしよう。
私は虫が嫌いだ。
それこそ人間と同じくらい。
だって、あいつら急に出てくるんだもの。
精神が希薄過ぎて、ちゃんと集中しないと感知できないんだよね。
あとビジュアルが生理的に受け付けない。
蟻も団子虫も蜻蛉も蝶も無理。兜、鍬形もNG。
「……どうする?」
多分、最悪待っててもいいよってことだとは思う。
でも、流石にここまできておいて今更は……。
「いや……行くよ。やれることは少ないかもしれないけど……」
それでもないことはないと思うし、足を引っ張るつもりもない。
それに、蓮弥君のスキルは人が多いほど動きやすい力だと思うし。
鈴ちゃんの準備が終わったため、三人で手を繋ぎ、渦に触れる。
手を繋ぐ理由は、少しでも東京の時と状況を合わせるため。
バラバラに触れて、違う場所に送られたりしたらたまった物じゃないし……。
触れた瞬間、糸が切れたように体の力が抜けて、私の意識は沈んでいった。
「……ん」
目を開く。
周りを見れば、座っている蓮弥君と寝ている鈴ちゃんがいた。
ダンジョンの構造自体はあまり変わっておらず、岩が土になったくらい。
「……やぁ、おはよう」
「早いね、どのくらい経った?」
「僕が起きてからそんなに経ってないよ」
そう返す蓮弥君は、顔を青ざめていた。
「……どうしたの?」
「……何でもないよ。ほら、スズも起きたし行こう」
その言葉に振り返ると、確かに鈴ちゃんが起き上がって目を擦っていた。
……。
「わかった。いこっか」
「んぇ?」
明らかに寝ぼけている鈴ちゃんの頭を撫でて、立ち上がる。
もしかして、鈴ちゃんは寝起きが悪かったりするのかな。
体を動かして、問題がないことを一応確認する。
渦に入る前にも確認したから問題はないはずなんだけどね。
「……最初の地点は違うのか。柊さん、魔物がどっちにいるかわかる?」
蓮弥君に言われ、試してみる。
一週間も経てばかなり良くなってるけど、まだちょっと辛いな。
「……んー、ごめん、わからない。多分そこまで近くにはいないと思うけど」
「了解。じゃあ、勘で」
地図を描きながら、ゆっくりと進んでいく。
「……あ、いた」
「どっち?」
「右」
そっと一歩引きつつ、情報を伝える。
現れたのは、ムカデ。
全長8mはあろうかという巨体で、正直こちらに来ている姿を見るだけで逃げ出したくなる。
「〈雷撃波〉!」
鈴ちゃんの魔法を受けたムカデは、数秒動きが止まったものの、まだ生きている。
足が焼けたのか、動きはかなり遅くなってるけど、それでも逃げ出す様子はない。
ムカデの奥に向かって、石を投げる。
「〈交換〉」
「〈雷撃波〉」
石とムカデの位置を変え、距離を離す。
これは蓮弥君と軽く相談したときに思いついた戦法の一つ。
相手が複数いたり、動きが早いとほぼ意味がないだろうけど、今なら結構効果的だと思う。
「……死んだ?」
蓮弥君が呟く。
確かに、ムカデは動きを止めて死んだように見える。
……けど。
「ううん。死んだふり」
「……〈雷撃波〉」
鈴ちゃんの3回目の雷撃波を受けたムカデは、最後の足掻きで突撃するも届かず、今度こそ骸になった。
しぶとい。
「……柊さんがいて良かったよ」
「ちょっと、甘く見過ぎてたかも……」
普通の虫は問題なくても、この大きさのムカデは流石にきつかったのか、鈴ちゃんが顔を青くしている。
私も結構、いやかなりきつい。
もう、目を瞑ってていいかな……?
「ボス前のこれ、ちょっとずつ文言違うんだね……」
目の前には、『この奥ボス』の文字。
ちなみに、東京のダンジョンと近かったのは最初の層だけで、二層目は森だった。
鬱蒼と生えた木々に、小さい川まであったし。
天井がすごく高くて、階段がかなり長かった。
敵で一番辛かったのは蝉で、うるさいし気持ち悪いし急に落ちてくるしで最悪だった。
蛾とかもいたけど、鈴ちゃんの雷撃波に勝手に突っ込んでいくから割と楽ではあった。気持ち悪かったけど。
「これ、ボスなんだろうね?」
「い、いや、ほら、東京ダンジョンも別に蝙蝠とかいなかったけどボスは吸血鬼だったし、関係ない可能性も……」
「まぁ、入ってみるしかないか」
MPが回復するのを待って、ボスのいる部屋に入る。
「……」
……いやでも、寧ろマシかもしれない。
「ミミズ……だよね、あれ」
薄桃色のブニョブニョとした細長い体を持つ、目のない、人が横に4人は入りそうな大きさの魔物。
体は一部しか出ておらず、全長はわからない。
部屋の大きさは東京のボス部屋と大差なく、違うのは全面土だということ。
つまり……。
「……やっぱ潜るのか」
「〈潜伏〉!」
土の中に潜ったミミズに対して、雷撃波とか効くのかな。
「〈雷撃波〉」
「〈狂化〉」
……効いてる素振りはないかな。
少なくとも、動きが止まっていたりはしない。
当たってるかどうかもわからないし、雷撃波が効かないわけではない……と思いたい。
「っ、蓮弥君来るよ!」
「……移動しても見えないのか」
蓮弥君は念の為大きく後ろに翔んで、元いた位置から離れる。
次の瞬間、蓮弥君が立っていた場所には、大きく開いたミミズの口があった。
攻撃が外れたことを理解すると、ミミズは再び土に戻っていく。
「……これ、柊さん頼りだね」
「せんぱい、お願いしますっ!」
二人の声に頷き、集中する。
「……鈴ちゃん、右に避けて!」
「はいっ!」
少し居た位置とズレた位置から斜め方向に飛び出し、鈴ちゃんを捕食しようとしてきた。
翔んで避けていたら口の中だし、左に避けていたらあの巨体にぶつかっていた。
……全長は16mくらいかな。
「壁際はだめ!」
「了解」
「〈雷撃〉!」
蓮弥君は転がることで壁から飛び出したミミズの突進を回避し、そこに鈴ちゃんが攻撃を加える。
赤い血が飛び散り、ミミズの体が二つに割れた。
しかしそれでも動きを止めることはなく、前半身の方は土に戻っていく。
もう片方は動きを止めていることから、こっちは死んでいるのだろう。
「ミミズって、紫外線浴びると死ぬんだっけ」
確かそんなことをどこかで見た気がする。
「鈴ちゃん、次のタイミングで落雷!」
「了解です!」
ミミズの動きをみる。
「鈴ちゃん来る! 右後方に避けて左後方に落雷!」
「〈落雷〉」
掲げた鈴ちゃんの手のひらから光が放たれ、天井で反射する。
ミミズはその光の着弾地点に、自ら移動してしまう。
短くなっていた影響で、少し中心からずれてしまってはいたものの、無事命中。
焼きミミズとなり、動かなくなった。
「……はぁ、良かった」
「僕とスズだけだと無理だったかもなぁ」
蓮弥君も少し疲れたように、苦笑いを浮かべながらそういった。
……これで、2個目のダンジョン攻略だね。