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風雪蓮弥



 風雪蓮弥は狂人である。



 彼はある政治家の息子として生まれた。

 母は金目当て、父は子供に興味がない。

 そんな状態で、愛されるわけもなく。


 彼は数人の家政婦の手で育てられた。

 その家政婦たちの誰も、彼を愛さなかった。

 必要最低限の事はするが、それだけ。


 5歳の頃。

 母親に構ってもらうために、物を散らかして悪い子になった。

 言われた言葉は


 『他人に迷惑をかけないで』

 『他人様に迷惑をかけるな』


 叩かれた。

 勿論手加減はされていたが、彼は痛みを、恐怖を覚えた。



 7歳の頃。

 初めて出来た友達と遊ぶ為、出された宿題を終わらせる前に外出しようとした。

 言われた言葉は


 『言われた事をちゃんとやれ』


 殴られた。

 彼は遊びに誘ってくれた友達まで叱られてしまった事を知り、迷惑をかけないために学校外で遊ばなくなった。



 他にも、些細なことで殴られ、機嫌が悪ければ蹴られ、ストレスが溜まれば叩かれ。

 家政婦も母も父を止めようとせず、いないものとして扱われる日々。


 ある日、彼はテストで満点を取った。

 褒めて貰おうと母、父、家政婦全員に言ったが、誰にも相手にされなかった。



 どうすれば褒めて貰えるだろうと考えた彼は、役に立つことを出来るようになろうと思った。

 ある家政婦に『家事を教えて』と頼んだが、心底嫌そうな顔で断られた。

 別の、ちょうど料理をしていた家政婦に、『どうやって出来るようになったの?』と聞いたが、部屋から追い出された。


 父親に相談すると、スマホを与えられた。

 制限など一切かかっていないものだったが、彼は遊ぼうとは思わなかった。

 また殴られる事がわかっていたから。


 精一杯練習し、ある程度の料理ができるようになった。

 その事を父に報告し、作ったものを渡すと、一口食べた父に『そうか、来週からお前が作れ』と言われた。

 彼は、初めて認められた気がした。


 その週の最後の日。

 あの日、料理を作っていた家政婦から殴られた。

 蹴られた。

 言われた言葉は


 『お前のせいだ』


 暴言を吐かれ、殴られ、叩かれ、蹴られ、唾を吐き捨てられ。

 彼は逃げた。

 自身に与えられた部屋に。

 引きこもった。

 翌日には、家政婦たちはいなくなっていた。



 彼が8歳になった年のある日。

 母の浮気が発覚し、父と離婚した。

 父に引き取られたが、それは世間体を考えてのことだった。

 母と家政婦がいなくなったことで、家事は全て彼が担当することになった。



 彼が9歳になった日。

 父が再婚した。

 父の再婚相手は少女を連れてきた。

 自分より4つ下の義妹。

 義妹は、父親の子だった。

 浮気をしていたのは母親だけではなかった。

 そして、義妹は愛されていた。


 義妹が来てから数日後。

 義妹に、遊んで欲しいとせがまれた。

 彼はそれを断った。

 しなければならない事があったし、忙しかったからだ。

 義妹は泣いた。

 父にそのことがバレ、別室に連れて行かれた。


 たくさん殴られた。

 たくさん蹴られた。

 外から見えないところを。

 身を守ろうと縮こまった彼の腕や足を傷つけてしまった父は、彼に半袖半ズボンを着る事を禁じた。

 言われた言葉は


 『妹に構ってやるのは兄であるお前の役目だ』


 納得はしなかったが、殴られたくなかった彼は義妹に逆らう事をやめた。

 しかし、迷惑そうな顔をすると義妹に泣かれ父に殴られる。

 つまらなそうにしていても義妹に怒られ父に殴られる。

 ルール違反を指摘すると義妹に泣かれ父に殴られる。


 彼は血を吐いた。

 彼は泣かなくなった。

 彼は怒らなくなった。

 彼は笑い続けることにした。


 義妹は天才だった。

 将棋でも、囲碁でも、オセロでも、チェスでも、カルタでも、色々な事で勝てなくなった。

 新しいゲームを持ってきても、数回やれば勝てなくなる。

 しかし、それは悪いことばかりではなかった。

 勝ち続けてしまうと、怒られるから。

 彼は勝つ事を諦めた。

 それを義妹に悟られて、怒られて。

 それを知った父に殴られた。



 ある日、義妹に尋ねられた。


 『おにいちゃんは、なんで、わたしのこと、さんづけするの?』


 彼は言葉に詰まった。

 本当のことを話せば、また怒られるかもしれない。

 しかし、良い方法も見つからず、本当のことを話した。


 『え? おとうさん、そんなこと、いったの?』


 その夜、父に呼び出された彼は、普段の数倍殴られた。

 義妹が父に問いただしたらしい。

 その後、父に『印象が悪くなるような事を言うな』と口封じされた。

 彼は言わなければよかったと思った。

 父に、お前が言われたら印象の悪くなるようなことをやらなければいいじゃないかと思った。

 しかし、なんとなく、本当になんとなく。

 『義妹に聞かれたんだからしょうがないだろ』と言い訳してみた。


 『人のせいにするな』


 と更に殴られた。

 彼は自分を諦めた。


 義妹の母はその光景を見ていたが、何もしなかった。

 彼は義妹の母はそこまで嫌いではない。

 実の母と比べれば家事を手伝ってくれるし、暴力を振るうこともないからだ。



 だが、彼は義妹が大嫌いだった。

 自分から時間を奪う義妹が。

 自分を間接的に傷付ける義妹が。

 才能に恵まれた義妹が。

 周りに愛される義妹が。

 彼は大嫌いだった。


 彼は『言われたこと』以外を基本的にやらなくなった。

 無駄だと思ったから。

 諦めたから。




 風雪蓮弥は狂人である。


 狂人でなければ。

 世界で一番嫌いな人間の前で笑顔を絶やさず。

 年中無休で。

 無償で。

 7年以上もの間。

 世界一嫌いな人間に献身を続けることなど、到底出来ないだろう。



 狂人でなければ。

 大嫌いな人間のために五感の一つを差し出し。

 大嫌いな人間のために寿命を差し出し。

 よく知りもしない謎の力に、自身の全てを賭けることなど、出来ないだろう。






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