11 VSルイナ
血が流れる。
「っ!」
ルイナは血雷をぞんざいに振り払うと、振り返り様の蹴りで蓮弥君を回避させ、距離をとる。
「どうして!? どうして!? 魅了は完全にかかってたっ! なんで私に攻撃出来るのよっ!」
それは、初めてのことで困惑しているような、自信を失って助けを求めるような、誇りを傷付けられて怒っているような、慟哭。
「しかも進化すらしてない人間風情が、この私に傷を負わせた? こんな、こんなガラクタで?」
ルイナがぶつぶつと呟いている間に、蓮弥君と合流する。
蓮弥君は魅了を防いだわけではない。
魅了を打ち消したわけでもない。
「ふざけないで! 私を傷付けたくないとは思わないの!? 守りたいとは思わないの!? 従いたいとは思わないの!?」
「……思うよ。守りたいし、戦いたくないし、世界で一番愛してる。でもそれは、いや……僕にとっては、僕の感情は戦わない理由にならないから」
全てを受け入れた上で、尚。
私たちのために最愛の人を殺す決断に至ったと言うだけ。
「それに僕、一目惚れって信じないんだよね。〈否定〉」
その瞬間、魅了がとけた。
鈴音さんの方も解けてるみたい。
「あんたは、あんただけは許さない! この化け物が!」
ルイナの体が、黒い霧に包まれる。
角が光り、爪が伸びた。
「どちらかと言えば、あなたの方が化け物でしょうに。……柊さん、魔鉄棒貸してくれる?」
「はい」
否はない。
元々蓮弥君のものだしね。
……さて、一応状況は好転した……のかな?
相手に本気を出されたから、むしろ悪化してる可能性もあるか。
それでも、ダメージを与えることはできた。
勝てない相手じゃないはず。
「あは、もしかして私に勝てるとか思っちゃったの!? 状況も理解出来ない馬鹿みたいね!」
蓮弥君が武器を構え直すと、ルイナが魔鉄斧を放り投げながら罵倒してくる。
その直後。
ルイナの姿がぶれたかと思うと、蓮弥君が吹き飛ばされた。
背後で、ドサ、と言う何かが倒れる音が聞こえる。
「蓮弥君っ!」
「だ、い……丈夫」
振り返れば、血を流しつつも起きあがろうとしている蓮弥君がいた。
「〈雷撃波〉!」
後ろでは、ルイナを鈴音さんが足止めしている。
蓮弥君に駆け寄って、あらかじめ持たされていた治癒の丸薬を飲ませる。
「あー、まっず……」
そう言いながらも、真顔を崩さない蓮弥君。
戦況を見れば、剣や魔法を織り交ぜて戦うルイナと、それになんとかギリギリ食らい付いている鈴音さんと言った感じ。
「〈暗黒槍〉」
「〈雷光斬〉!」
ルイナの手から放たれる黒い槍を、鈴音さんは血雷で斬ってなんとか防いでいるけど、それでも完全に対応しきれているわけじゃない。
防戦一方で、鈴音さんには幾つも傷がついていた。
逆に、ルイナの方は首の再生も終わり、ほぼ無傷の状態。
「ねぇ、柊さん」
「何?」
「ルイナの動きを止める方法、ない?」
そう聞いてきた蓮弥君は、一か八かでもし持っていれば、と言う感じではなく。
『持ってるよね?』と言う確認の意味を込めた問いだった。
……ルイナを止める方法は、実はある。
多分、私にしか出来ない。
ただ、これはリスクが大きいし、難易度が高い。
代償も。
「……ある、あるけど」
「なら、お願い出来ないかな。……実は、動きが止められるなら倒せそうなんだ」
考える。
蓮弥君はこの怪我じゃ満足に動けないだろうし、ルイナを止めるためには私も動けなくなる。
……それに、問題も多い。
仮に無事に終わったとしても。
……。
「いいよ」
「……最高。……スズ! 柊さんを死ぬ気で守れ」
「っ!! ……任せて、お兄ちゃん!」
そんなやりとりを聞きながら、意識を集中させる。
ここまでするの、いつぶりだろう。
自分で塞いだ扉を開ける。
自分で封じた鍵を外す。
「ねぇ、ルイナさん」
「……? 何よ」
……一本。
相手の目を見て、ゆっくりと話す。
「超能力、ってご存知ですか?」
……二本。
抑揚を付けて、仰々しく。
「……例えば、物を浮かせる」
……三本。
体の動きも利用して、こちらに意識を惹きつける。
「……例えば、物を創造する」
……四本。
糸を紡いでいく。
より強固に。
壊されないように。
「……例えば、精神に干渉する」
「っ! この!」
「〈雷撃波〉! 〈雷走〉! せんぱいには近付かせませんから!」
……五本。
目を閉じて、糸を動かす。
捻って、絡めて、固めて。
相手の精神を捕まえる。
……7年前、突如現れた正体不明の大量殺人鬼『白き蜘蛛』は、私である。
犯罪が大嫌いだった私は、ある時日本から犯罪を消そうと試みた。
大罪人の精神に干渉し、強制的に心を入れ替える。
そんなことをすれば当然壊れるものもいるし、おかしくなるものもいた。
他にも、罪を犯しても裁かれない人間を裁いたり。
罰の足りない人間に追加の罰を与えたり。
そんなことをしていた私は、いつの間にか自分が神にでもなった様な気がしていた。
周囲の人間を操り、思い通りにする。
そんな日常に浸っていた私は、ある少女と出会ったことで気付いた。
自分が、すごくちっぽけで、空虚な存在だと言うことに。
……だから、やめようと思ったんだけどな。
この〈傲慢〉は私の罪。
神になったと、なれると思い上がった、私の罪だ。
「……さぁ、あなたの罪を教えて? 私は神の代行者。あなたに罰を与えましょう」
——私は、この力が嫌いだ。
だって、自分が酷く醜く、滑稽に見えるから。
……でも。
使うことで誰かを守れるなら。
使うことで助けたい人を助けられるなら。
私はこの力を使おう。
——破魂
「あ、あっ、ああ! あああああぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
ルイナは断末魔の様な叫び声をあげ、倒れ込む。
それを見た蓮弥君が叫んだ。
「僕の全てを捧げる! 楽園の支配者よ! 勇気の精霊よ! 叡智の精霊よ! 希望の女神よ! この一分、力を貸せ!!」
眩い光が辺りを包む。
そして、蓮弥君の目の前が割れた。
空間が、割れた。
何かが落ちてくる。
魂が震える様な感覚。
圧倒的な威圧感を放ちながら現れたそれは、剣の形をしていた。
青白く光り輝く剣。
刃の部分は透き通っていて、美しさを感じる。
「ス、ズ!」
「うん!」
その剣を鈴音さんが受け取り、ルイナの心臓部に突き刺す。
世界が白に染まる。
私が目を覚ました時、既にルイナは消滅していた。
——ダンジョンクリア。
自称天使……リダに、そう明言され。
私たちは、世界で初めて、ダンジョンを攻略した人間になったのだった。