10 魅了
「さて、準備はいい?」
蓮弥君が振り帰って、私と鈴音さんをみる。
一応、すぐにできる範囲ではちゃんと準備したつもり。
蓮弥君が用意してくれたものは三つ。
『雷の護符:身につけている間、雷属性の攻撃を無効化する』
『経験の丸薬:SP100を得る。物凄く不味い』
『治癒の丸薬:治癒魔法Lv3 治癒 と同等の効果を発揮する。物凄く不味い』
治癒の丸薬が何かがあった時用の回復手段、雷の護符がフレンドリーファイヤ対策で、経験の丸薬は私用。
話し合いの結果、魔力操作を取るために貰った。
味は……物凄く硬いゴムに、ゴーヤの苦味をこれでもかと増幅させて味をつけて、そこにデスソースの辛味を混ぜた感じ。
もう食べたくない。
あまりの苦味と辛さに吐きそうになったからね。
うん……。
あとは、鈴音さんのレベルが1上がったのと、私が念のため鉄パイプのような棒をもらった。
『魔鉄棒:魔鉄製の棒。耐久力が高く、壊れにくい』
特に触れるところはないかな。
一応何があるか分からないから、私だけでも攻撃できるように武器をもらっただけ。
これと、あと治癒の丸薬はできれば使わずに終わって欲しいね。
「……じゃあ、行こう」
看板の奥。
両開きの重い扉を蓮弥君が開く。
扉の先は、広間になっていた。
体育館くらいの広さ。
人が5、600人くらいなら入れそう。
その中にいたのは、小さな女の子。
ぱっと見身長140cmくらいで、銀髪の綺麗な髪をツーサイドアップに。
瞳は真紅で、色白な肌によく映えている。
服装は黒と白を基調としたゴスロリファッション。
私たちは武器を構える。
なぜなら、彼女がボスであることを悟ったから。
人ではあり得ない、黒い蝙蝠のような羽。
額から生えた、2本の白い角。
その特徴から連想するのは、吸血鬼。
「あら、やっと来たのね」
「〈潜伏〉」
「〈雷撃波〉!」
「〈狂化〉」
相手が口を開いた瞬間、各々行動を始める。
私はひとまず下がって、後ろからサポートする。
鈴音さんは先手必勝と言わんばかりに魔法攻撃。
蓮弥君は突撃する。
「随分とあんまりな挨拶じゃない? 〈暗黒波〉」
そう言いながら、黒い波で雷撃波を打ち消す。
「〈空白〉」
接近した蓮弥君が斧を振り上げると同時に、魔法を発動する。
屈め
「? ……ふふ、そんな単調な攻撃、当たるわけないじゃないっ!」
一瞬訝しげな表情を見せたが、蓮弥君の連撃を華麗にあしらいながら煽ってきた。
……空白は効いてなさそう。
精神攻撃耐性が高いのかな。
「〈雷撃〉!」
鈴音さんが、蓮弥君に斬りかかる。
「〈交換〉」
刃が蓮弥君に当たる直前、少女と位置が入れ替わる。
少女は驚いたような表情を浮かべると、即座に背面飛びのような体勢で隙間を作り、いつの間にか手に持っていた血色の剣で防いだ。
「それはなかなかいい攻撃ねっ! 〈暴風〉!」
突如、凄まじい風圧がかかり、風が吹き荒れる。
「〈交換〉〈交換〉」
前に出てた二人が巻き込まれかけたけど、私の投げた石と位置を交換してことなきを得る。
……本当にこれ、勝てるの?
「……厳しいね」
有効打がない。
雷撃波が綺麗に打ち消されたのが想定外だった。
避けさせることくらいはできると思ってたんだけど。
相手は格上。
こちらの攻撃に対して上から評価を下している辺り、余裕が窺える。
「随分待った気がするけど、それでも私が一番乗りなのね。運が良かったみたい」
私たちが手を出せないでいると、虚空に向かって軽く話しかけたかと思えば、今度はこちらに向かって呟く。
一番乗り……他の先行攻略者はボスにたどり着いていないってことかな。
「褒めてあげる。私の名前はルイナ・アンネタート。あなた達の言うところの吸血鬼みたいなものだと思ってくれていいわ。……それじゃ、存分に踊りなさい〈魅了〉」
ルイナの瞳が薄桃色に光る。
感じる異物感。
心の内側をぞんざいに触られているような。
そんな感覚はすぐに終わる。
直後、ルイナに対して『可愛い』『綺麗』『守りたい』『尽くしたい』『従いたい』『戦いたくない』といった様々な感情が湧き上がってきた。
それは心の中で膨らんで、私の思考を鈍らせる。
〈精神攻撃無効〉を持っていてこれなのだ。
異性で私より耐性の薄い蓮弥君と、耐性が全くない鈴音さんが抵抗できる気がしない。
実際、鈴音さんはとけたような表情になっているし。
……まずい。
「……あら? おかしいわね……。まぁいいわ、あなた達、私のために殺し合いなさい」
ルイナがその言葉を放った瞬間、止めていた糸が千切れた。
鈴音さんは蓮弥君に刀を向け、蓮弥君は無表情で鈴音さんを見る。
私は潜伏のおかげか狙われてないけど、ルイナからは流石に捕捉されてるから辛い。
「……来い」
一瞬、蓮弥君がこちらを見た。
……わかった。
「言われなくても!」
鈴音さんの攻撃に合わせて、蓮弥君のいる場所に走る。
ただ、近付くためだけに。
「流石」
そう呟いて、蓮弥君は鈴音さんを引き付ける。
ギリギリまで。
避けるのが間に合わないところまで。
今っ!
「〈交換〉、〈交換〉!」
景色が切り替わる。
目の前にいたはずの二人が消え、奥には空間が広がっているだけ。
急いで振り返ると、そこには。
目を見開いて固まっている鈴音さんと、鈴音さんの〈雷撃〉を纏った血雷を、手で切られながらも抑えているルイナ。
そして、ルイナの首に半分まで入った斧を持った、蓮弥君の姿があった。