復讐編16話 復讐前夜Ⅱ
エックス本人やその従者もコテージから退散してもらうことにした。
ここから先の計画に、国王派のシジャク家が関わっていると知られたら厄介なことになりかねないからだ。
なので一旦距離を置いてもらい、全てが終わった後に報告をするという形をとる。
「吾輩のコテージは自由に使っていただいて構いません。ふぉふぉ、破壊したり燃やしたりしても何の問題もありませんからな」
「ああ、恩に着るよエックス」
私は彼の手を取ると、甲の部分にキスをした。
するとたちまちエックスは恍惚とした表情を浮かべるのであった。
「ふぉふぉふぉ、カナデ様。ぜひ今度、時間がある時に、その……」
「わかってるよ。今度会った時は、夜の方も面倒見てやる」
私は若干あきれ顔で言った。
結局のところ、私と彼とのつながりはこれなのだ。
今回のエックスは非常に紳士的に立ち振る舞ってくれたが、それもこれも後のご褒美を期待しての事。
あまり気乗りはしないのだが、私は心を殺し、女に生まれ変わったことをとことん利用して生き抜いてやるつもりなんだ。これしきの事、苦ではない。
「いや、あの……吾輩の夜遊びが、バレそうでしてな」
「──誰に」
「……婚約者です」
「こんやくしゃ!」
ああ、闘技場で一緒にいた女性かな。
四大貴族ハーヴェイ・シジャクとしての彼は、きっと両家の娘を嫁に迎え入れる予定なのだろう。
と、なればあまり揉め事は起こしたくないな。
国王派内部がくだらない事情で荒れるのは勘弁してほしいところである。
「なのでどうか次回は食事を中心にどうかと。ふぉふぉふぉ」
私はにこりと笑って言い返した。
「是非とも。その時はどうか奥様もご一緒に!」
「えぇ……」
あからさまに肩を落とすエックス。
だが嫁にビビっているうちは夜の遊びなどやめておいた方が良いに決まっている。
堂々と浮気できるほどの度量が身に付いたならば、まあ、その時は相手してやるか。
こうして意気消沈気味のまま、エックスはコテージを後にした。
コテージには私とアロエ、ビアンカ親子だけが残される。
今日一日は色々なことがあったからか、私以外は皆眠りこけていた。
私も少しくらい仮眠を取ろう。
流石に、疲れた。
──
─
夜も深くなり、やがてスルガが戻って来た。
人の気配を感じた私は仮眠から目覚め、玄関へ向かう。
スルガはどう見ても寝間着姿で、こっそりと抜けだしてきたのが見て取れる。
彼は私に命じられたことは首尾よく進んでいることを報告し、解毒薬を催促してきた。
ああ、そういう設定になっているのだったな。
私は部屋からポーチを取ってくると、中に入っていた粉薬を湯に溶いてスルガに飲ませた。
「こ、これで本当に大丈夫なんだろうなァ?」
「……たぶんね」
「たぶん!?」
顔色が変わるほどの絶望の表情を浮かべるスルガに、私は黙ってあるものを差し出した。
それを見た瞬間、スルガの手が震えだす。
それもそのはず、取り出したのは前回同様、毒が仕込まれた丸薬だからである。
私は満面の笑みでスルガに命じた。
「飲め」
「ヒィ!?」
そう、スルガの悪夢はまだまだ続くのである。
「前回と違って、遅効性のやつだから半日以上は持つと思う。明日の朝、使者を連れてここに来い。薬湯に解毒成分を混ぜておいてやるから、それを飲むと良い」
「わ、わかった」
そうしてスルガは再びニクスオット家へと戻っていく。
私は計画が思い通りに進行している事を確認し、ほくそ笑むのであった。
ああ、ちなみに私が彼に毒薬だと言って渡しているのはただのサプリメント、栄養剤だ。
たとえ偽薬だとしても、本人がその効果を信じていれば、それは本物の毒薬になるということさ。
解毒薬と言い張っているのも酔い止め薬に過ぎない。
明日の朝、ビアンカあたりからネタバラししてもらうことにしよう。
その時のスルガの表情を間近で見て笑い飛ばしてやりたいが、おそらくそういう展開にはならないだろうな。
──
─
さて、そこからさらに話が動くのは落ちた日が再び昇った翌朝の事であった。
「おねーさん、来たヨ。ニクスオットの使者だ」
朝日が窓から直射日光を浴びせかけてくる中、私はビアンカに叩き起こされた。
大丈夫、人の気配を感じた瞬間に目は覚ましていたからな。
起き上がるのが億劫だっただけだ。
「よっと」
私は体を起こし、ビアンカに指示した。
「ビアンカはシアノと一緒に応対を頼む。できればドアノッカーが鳴らされてから少しの間、玄関先で時間稼ぎをしてほしい」
「わかったヨ。……まあ、その、身支度はしなきゃいけないからネ。デモ急いだほうが良いヨ」
「ん」
僅かに赤面しながら、ビアンカは寝室を出ていった。
私は自分の体に目を落とす。
……何も身に着けていなかった。
なるほど、そういうことね。
「おいアロエ」
「むん……なにぃ」
「敵が来たぞ。起きて支度をしろ」
私はアロエの身体を揺すって目を覚まさせると、彼女の目の前に衣服を差し出した。
彼女にもせめて服だけは着させないと。
万が一帝国派がビアンカの事を信用せず、コテージの中を探索し始めた場合、もしくはビアンカが私を裏切って帝国派に私の事を漏らした場合にはすぐにでもこの場を離れる必要がある。
あるいは見つからないように隠れるか。
どちらにしても私の生存が明るみになった瞬間に現行の策は失敗だ。
次はより強行的で、危険度の高い策に打って出るしかなくなってしまう。
「基本的に寝室から出なければ大丈夫だとは思うが、アロエ、逃げる準備だけはしっかりな」
「ふぁぁ、うん、わかった」
寝ぼけ眼で大欠伸をかますアロエ。
……本当に大丈夫だろうか。
ともかく私達は大急ぎで服を着て、万が一の事態に備えた。
ベッドシーツも綺麗に整え、まだ未使用であるかのように見せかける。
玄関の扉が開いた気配がしたので、私とアロエは息を潜め、無言でベッドの脇に伏せて体を隠す。
扉が開いた時、正面からは死角になる場所だ。
クローゼットの中と少し迷ったが、逃げやすさを重視するならこちらだろう。
「……」
「……」
その体勢のまま数分が経過した。
階下からの物音や声は聞こえない。
中央貴族のボンボンがお忍び用に建てたコテージだから、見た目以上に防音はしっかりしているのだろう。
やがて窓ガラス越しに話し声が聞こえてきた。
続いて正面玄関の扉の開閉音。
こちらも外を介して伝わってくる。
窓枠の縁からそっと様子を伺ってみれば、ちょうど一行が馬車に乗り込んでいるところだった。
ニクスオットの使用人達は何を疑うでもなくそのまま馬車を発進させた。
念のため少しだけ時間をおいて、一階に降りる。
玄関先には一粒の木の実が転がっていた。
これはビアンカから私へのメッセージ、“成功した”という印だ。
「これってさ、上手くいったってことなんだよね?」
私は頷いた。
ニクスオットの従者とビアンカの間で戦闘にならなかった時点で、私はほとんど成功を確信していたがな。
「スルガ様はどうやって実家を説得したのかな」
「さあな。やり方はヤツに全部任せたから、知る由もないよ。だが、これでニクスオットの中で私は死んだことになり、ビアンカも罪を許され帝国派に戻った。出だしは好調だ」
私の描いたシナリオは、こうだ。
私の宿を焼き討ちにしたスルガは、しかし私によってしっぺ返しを食らうことになった。
予想以上に成長した私との戦闘により、スルガもシアノも怪我を負ってしまう。
大ピンチかと思われたその時、陰から見守っていたビアンカが割って入り、私を撃破。
私は燃えて炭になった。
シアノたちの怪我は酷いが、ニクスオット家に運び込もうにもビアンカは追われている身。
仕方なく隠れ家にしていたコテージに二人を運び、治療した。
先に治療を終えたスルガはニクスオット本家に報告にいき、自分たちを助けてくれたビアンカの助命を乞う。
それが叶ったならば、翌朝にシアノたちを迎えに行く算段を付ける。
……とまあ、だいたいこんな感じだ。
「でもこれって、完全に帝国派に優位に働いちゃうんじゃないの? ビアンカさんも暗殺部隊に戻っちゃうわけでしょ」
「ああ。だけど問題ないよ。マイコ・ニクスオットは平気で人間を使い潰す奴だって言うのはビアンカも理解しただろうから、次の計画にもちゃんと乗ってくれる。私に協力したほうが得だからだ」
ビアンカは頭の悪い人間ではないと思う。
どちらについたほうが今後の為になるのか理解しているだろう。
彼女としてはどう転んでも大丈夫なように立ち振る舞うのだろうけど、少なくとも帝国派に心から入れ込むことはもうないはずだ。
「次は、何が起きるの」
「何って、ふふふ」
私はわざとらしく怪しい笑い方をして、窓の外を眺めた。
今日は素晴らしい天気だ。
迎ノ週が過ぎ、世界歴九九九一年の最初の日。
さあ、きっと良い一年になるぞ。
「今日か明日、パーティーが開かれる」
「……はい?」
アロエはきょとんとしている。
ああ、可愛いな。
この顔が見られることが出来るだけでも、幸せを感じる。
本当に、生きててくれてよかった。
「ニクスオット家の戦勝祝賀パーティーだよ。企画立案は、わ・た・し」
「……はい?」




