復讐編12話 シアノとビアンカ
「ふぉふぉふぉ。これはこれは……どういう取り合わせでしょうか。カナデ様……あ、いや、変装なされていないということは、ええと」
「カナデでいいよ。おじさま。急にごめんね」
林の中で身を潜め、日没を待ってから移動を開始した私達は、宵闇の中コテージに到着した。
コテージに控えていた黒づくめの男性に声をかけると、開錠し、室内へ通してくれた。
間も無くしてエックスのおじさまもやってくる。
私といつでも連絡が取れるように、エックスは使用人を常にコテージ近辺に配置していたらしいのだ。本当に助かる。
もっとも、鍵がなくとも無理矢理こじ開けるつもりだったのだがな。
シアノとスルガは岩のような大男に抱えられ、それぞれが大きめのベッドに寝かしつけられた。
ベッドは横並びに配置されており、ホテルの一室のようであるが、ベッド一台はセミダブルくらいのサイズ感がある。
ベッドごと鋼線で縛り付けようと考えていたが、少し大きすぎるな。
ゴツめの枷でも用意するか。
「赤熱せよ」
私は近くで拾った金属塊に熱を加え、ドロドロになったそれを眼鏡橋のような形に整えた。
いつかどこかで見た、金属魔法とかいうやつだ。
それを合計八個作り、ニクスオットの兄妹それぞれの手足にパーツを合わせ、溶接していく。
即席の拘束具の完成である。
枷を何処かに繋ぐのがベストなのだろうが、現状でも動きづらいだろうし、これで問題ない。
「おお、こうしてみるとシアノもなかなかエロいじゃん」
「……手を出したら殺すからナ」
ちょっとしたジョークだったのだが、ビアンカからは殺意の籠った視線を送られてしまった。
本当に、手を出すつもりは、これっぽっちしかなかったんだぜ?
「さて、こいつらの目が覚めるまでは一旦休憩だな。と、言ってもそんなに時間も無いから最悪叩き起こすしかないのだけど」
あまり夜遅くになるとニクスオット本家に怪しまれる。
現時点で捜索の手が入っているのかもしれないが、そこは兄妹になんとか言い訳をしてもらおう。
「カンナ様、吾輩に状況をお教えいただけますか。いきなりの事で状況についていけず……」
エックスが申し訳なさそうに尋ねてくる。
先ほどからビアンカの方へちらちらと視線を送り、気にしている様子だ。
「あたしも是非とも話を聞きたいネ。どうして、四大貴族の一画がおねーさんにこき使われているのカナ」
「貴女こそ何故カナデ様と親しげにしているのです、帝国派の御仁。聞いておりますぞ、帝国派には外国語訛りの小柄な暗殺者がいると。そして、その者が古都入りしていることも聞き及んでいる。貴女で間違いありませんね。……名は確か、ビアンカ・カリーム」
ビアンカとエックスは険悪なムードを漂わせ始めた。
それもそのはず、ビアンカは帝国派貴族の暗殺実行部隊、対するエックスは国王派貴族の重鎮なのだ。
対立派閥の中心人物同士が出会ったとなれば、それはもう一触即発のまずい状況なのは言うまでもない。
通常、暗殺者の素性は徹底的に伏せられるものだと思うのだが、そこはエックスの情報網が凄いのか、あるいは帝国派の情報統制が甘いのか──おそらく前者だが、ビアンカの事はエックスも知っている様子だった。
……ん?
ちょっと待てよ。
先程ビアンカが聞き捨てならないことを言っていたような。
「待って、ビアンカ。今、四大貴族って言った?」
もしかして、エックスの事か?
国王派の重鎮だとは知っていたが、まさか……。
「おねーさん、知らずに付き合っていたのカ? この男は、四大貴族の一画、シジャク家次期当主筆頭のハーヴェイ・シジャクだよ」
「ハーヴェイ……シジャク!?」
シジャク家と言えば、四大貴族の中の国王派の代表である二家系のうちの一つ。
現当主であるトーマス・シジャクの率いる、派閥の中でも特に大きな勢力である。
シジャク家の下にマイシィの家であるストレプト家が付き、さらにその下に位置する有象無象の中にノイド家がいる。
つまり我がノイド家にとっての大ボスと言っても過言ではない訳で。
──私がエックスことハーヴェイ・シジャクの顔を覚えていないと言うことは、それだけで大失態なのである。
うは、やらかした。
いやね、正直とんでもない大物じゃないかとも思っていたよ。
ただしそれが派閥のトップだとは、想定の範疇を大きく逸脱していた。
「はい。吾輩はシジャク家現当主トーマスが長男、ハーヴェイにございますよカンナ・ノイド様。ふぉふぉふぉ!」
エックスは笑ってくれているが、私は内心で焦りまくりであった。
四大貴族のトップクラスの人物を使役してしまっていたなんて。
しかも同派閥内の、直属の上司と部下のような関係。
言ってしまえば、“国王派ホールディングス”の“株式会社シジャク”の“ストレプト部”に所属する平社員たる私が、あろうことか自分の会社の副社長をこき使ってしまっていた、みたいな感じなのだ。
……ああ、そうか。
だからこそエックスは私が尋ねても名を名乗らなかったのかもしれないな。
今の関係性が壊れてしまいかねないから。
きっと、彼は今の私との関係性が気に入っているのだ。
「そうお気になさるな。貴女様は今まで通り、吾輩を頼って頂ければ良いのですよ、カナデ様」
「……かたじけない」
私はエックスに軽く頭を下げた。
気持ちを切り替えよう。
今は裏の世界の会合だ。正式な挨拶は表の世界で会った時に、改めてすれば良い。
「──さて、話を本題に戻しまして。ビアンカ殿、何故貴女がここにいるのか聞かせてもらいたい」
「ふん。何故って、カンナ・ノイドに協力しているからサ。利害の一致、と言えばいいカナ」
「貴女が帝国派と対立することに利があるとは思えませんがね」
「そうでもないサ」
ビアンカは足を引き摺りながら、よろよろとした足取りでシアノの寝かされたベッドに腰を下ろした。
包帯は魔法力場を乱すためだけが目的ではなく、本当に大怪我を負っているのかもしれない。
ビアンカはシアノの方へと身をよじるようにして手を伸ばし、彼女の頭を撫で始めた。
その視線は、とても優しい。
「……これが、あたしがニクスオットを打倒したい理由だヨ。ハーヴェイ殿。シアノは、私の従姉妹なんダ。彼女をあの家から救い出したい、それだけなんだヨ」
本当にそうだろうか。
私は直感で、彼女が嘘を言っていると思った。
しかし、悪い意味ではない。
「なあビアンカ。……包帯を、取って貰えないか」
私はビアンカにそう頼んだ。
目元口元しか見せないビアンカの顔を見たら、きっと確信が持てる、そんな予感がするのだ。
ビアンカはため息混じりに顎にあった包帯の留め具を外す。
するすると、彼女の顔が露わになっていく。
「ほう、吾輩も間近で見るのは初めてですが、これは……」
「やっぱりか」
青みがかった翠色の髪は青色系統の色素を含むニクスオットの縁者の証。
幼いながらも整った顔立ち。
小ぶりな鼻に口、みずみずしく艶めく唇。長い睫毛を持つ紫色の眼。
それらを侵食するように火傷の痕が目立つが、今はそんなものはどうだっていい。
彼女の顔は、目つきこそ違えどシアノにそっくりなのだった。
「なあ、あんた。シアノとは本当はどういう関係なんだ。従姉妹よりも、もっと近しい関係じゃないのか」
ビアンカは自重気味に笑う。
やれやれと肩を竦めてみせると、その重い口をようやく開いた。
「この子は……シアノは、あたしの娘なんだヨ」
──
─
ビアンカ・カリーム。
ニクスオット家の現当主の妹である彼女の母親は、とある使命を受けてカリーム家に嫁いだ。
すなわち、帝国派にとって有用な生体兵器となる人間を作り出すことだ。
しかし、いざ娘が生まれた時、母親は我が子の肉体改造を拒んだらしい。
きっと目覚めた母性が娘を傷つけることを許さなかったのだ。
急に母性が目覚める感覚は、私にも経験があるからよくわかる。
ところがこれを受けて、ニクスオット本家は強硬手段に出る。
娘を誘拐し、母親を殺害したのだ。
こうしてビアンカは母親の愛を受けぬまま、本家の意に沿って馬車馬のように働く“道具”となった。
彼女は生体工学の被験体として非常に優秀だった。
十を過ぎた頃から派閥内の異分子の排除や海外での敵対勢力の暗殺などに携わり、その全てで良い結果を残してきたようだ。
「デモ、一つ問題が発生したのサ。優秀なあたしの因子を本家に持ち込もうと計画が持ち上がったとき、あたしは二十歳を超えていた。だケドあたしは度重なる肉体の改造で、体のサイズが子供のまま止まってしまっていたんダ。妊娠をしても、流産の可能性がとても高いんだってサ。だから──」
私はなんとなく、体外受精で生み出された試験管ベビーを想像した。
だが、そうではなかった。
「だからあたしは、卵巣を摘出してマイコ様に渡したんだ」
「卵巣ごと……!?」
そうだった。
この世界で発達している生体工学というのは、まるで人体を部品のように切り貼りするような乱暴なものだった。
超音波エコーや電磁波を用いた検査の技術が無いため、とりあえず腹を掻っ捌いてどうにかする、なんて方向に技術が進化したんだろうな。
「マイコ様は今、体内に四つの卵巣を持っているのサ。その状態で当主様と交わり、子を成したわけだネ。はじめの子、スルガ様はどう見てもマイコ様似だったケド、シアノ様を一目見たとき、瞬間的にわかったのサ。この子はあたしの血を引いている、とネ」
「だからシアノに執着していたのか」
そして我が子たるシアノの未来のため、より一層帝国派の道具として働き始めたビアンカ。
しかし、たった一度の失敗で、帝国派から見限られることになった。
それがロキの殺害事件だ。
本来の主目的であるクローラの拉致に失敗したばかりか、ロキを死なせてしまった事で王都の混乱を招いた。
このことからビアンカは、不用品として処分されることが決まったのだ。
「マイコ様は言ったんだヨ。あたしが処分されたら、今度はシアノ様を改造して使うから問題ない、とネ。……あたしはそれが許せなかった。何とかして、シアノ様を助けたかった。あたしは隙を突いて人造人間に命じて屋敷を脱出し、帝国派に対抗すべく力を蓄えているであろうカンナ・ノイドを頼ることにしたんダ。結局連れ出せた人造人間はそこにいる“八號”だけになってしまったケド、なんとかここまでやってこれた」
ビアンカはシアノを撫でる手を止め、ベッドから立ち上がると、不自由な体を何とか支えながら私の前に跪いた。
両腕を交差させるように胸を抱き、深く深く頭を下げる。
平伏の姿勢。日本でいうところの、土下座だ。
「お願いしマス、カンナ・ノイド様。どうか、どうか我が子シアノ・ニクスオットだけは命を助けていただけませんでしょうカ。この通り、この通りデス」
母親の愛という奴なのだろうか。
腹を痛めて産んだ子でないにしても、自分の血を引く唯一の存在であるシアノに対する想いは人一倍強いみたいだ。
その想いが彼女にここまで屈辱的な姿勢を取らせた。
うん、感動的だね。
「良いよ。シアノは許してやろう。っていうかさ、私はここで二人の命を取るつもりなんてさらさらないんだけど」
「ありがとうござ……って、え?」
私の言葉に、ビアンカもエックスも驚いていた。
二人とも、私が兄妹を殺害するためにここへ運び込んだと思っていたらしい。
馬鹿だなぁ。
ここで兄妹を殺したところで、帝国派全体へのダメージなんてたかが知れているじゃないか。
「な、なにをなさるおつもりで?」
エックスは恐る恐ると言った感じで尋ねてくるが、少々説明が面倒だし、それはこれからの兄妹たちの反応如何で計画を修正していくつもりでいる。
よって、私の返答はこうだ。
「まだ、秘密。そこの二人次第だよ」
親指で静かに眠っている青い髪の美男美女を示した。
「ま。殺しはしないけど、お仕置きはするつもりだよ。私の世界を傷つけた代償は、少しくらい払ってもらわないと」
仕置きと聞いて、ビアンカが心配そうに私を見上げた。
娘に何をするつもりなのか、気になっているのだろうな。
「あ、そうそうビアンカ。……お前も、お仕置きの対象だからな」
「ハ?」
ビアンカがその真意に気付く間もなく私は仕掛けを解放した。
「昏睡夢魔」
私が技の名前を告げると、私を除く、その場にいた全員が昏倒した。
エックスのおじさまも巻き添えになってしまったが、後で謝っておけばいいか。
「ふふふ、ロキを、アロエを……私の最も大切な“愛”を奪った事への報いは受けてもらうぞ、ビアンカ、スルガ、シアノ!! あはははは!!」




